050 アイテムが出たり、何も起きなかったり、そして……
あのちょっと変わったクレイゴーレムを撃破した後、次のボタンを押す透夜。
やがて近くの壁の一部が小さく開く。ボタンを押した際によく見かけるくぼみのような空間が生まれた。
中にはガラスビンが一つ入っている。やはりと言うか、形は透夜たちがポーション入れに使っているのと同じものである。他には何もないようだ。
「ビンだ。これが手に入るとなんだか凄くうれしいよね」
出てきたアイテムを見て絵理がはしゃいだ。透夜たちも揃ってうなずく。
地味だが、ポーションを入れたり飲み水を入れたりと、透夜たちにとってかなり重宝するアイテムだ。
「杏花さんが持つといいよ。まだ二つしか持ってないし」
自分たちが持つガラスビンの配分を思い浮かべた透夜が、そう杏花に伝えた。
透夜は6本、絵理は3本、ソフィアは4本持っている。順当な提案だった。絵理からもソフィアからも異論は出ない。
「いいんですか? ありがとうございます」
仲間に礼を言って出てきたビンを手にする杏花。
杏花はまだビンを携帯できるベルトは身に着けていないため、背負い袋にそれを収めた。
続いて透夜は隣のボタンを押す。これで三つめだ。
今の透夜たちから見て奥の右手側にある離れた壁が振動し、今度は一画の足元から2メートルくらいの高さに至る範囲が大きく動きはじめた。先ほどのクレイゴーレムのように、何かモンスターが出てくるかもしれない。
新たに開きつつある空間をボタンの側から見据えたまま、身構える透夜たち。間もなく振動も止まった。
しかし、そのまま何も起こらずに十秒ほど時間が経つ。引き続き様子を見る四人。
……やがて一分が経過した。やはり何も変化はない。
透夜たちはお互いに顔を少し見合わせ、再び壁が開いた場所を注視する。
「何も出てこないわね……」
訝しげにソフィアがつぶやく。
「アイテムが置いてあるのかも」
絵理が期待感とともにそう言った。
「どうしましょう。調べに行きますか?」
杏花が仲間を見まわして尋ねる。この位置、この角度からではその空間に何があるのかよく見えない。
「そうだね……見てみようか。警戒だけは忘れずに」
透夜たち四人は武器を構えながらゆっくりと近づき、その開いた空間を正面から覗き込んだ。
出来たスペースは小さく、アイテムもなければモンスターの姿もない。その奥の壁に一枚の石板がある。そこには大きな文字でこう書かれていた。
【常に何かが起きるとは限らないからね】
「……なにこれめっちゃ腹立つ!」
それを見た絵理が大声で叫ぶ。もちろん透夜たちも同感だった。
釈然としないものを感じながらも、隣のボタンの前へと戻る透夜たち。
次は四つ目。先ほど入ってきた部屋の入口のライン上にあるボタンだ。
「じゃあ押すね?」
全員に確認した透夜が壁にあるそれを押し込む。他のボタンと同じく、カチリと音が鳴る。
これまでのような、壁が動き出すといった目に見える変化はない。
皆、部屋の各所へ視線を送るが、何かが動く様子もなければ音が鳴るということもなかった。
さっきボタンを押してでてきた石板に書かれていたメッセージのように、本当に何も起こらないのかと全員が考え始めたその瞬間。
「……!? 危ない離れて!!」
ふと通路の向こうに視線を向けた透夜が突然大声を出した。それを聞いた絵理、杏花がそれぞれ透夜から離れるように飛ぶ。
ただ一人反応が遅れたソフィアの体を抱きかかえ、透夜も今いる場所から急ぎ距離をとった。
それからほんのわずかに遅れて激しい炸裂音と共に、部屋の一画に赤い炎が舞い散った。
透夜がいつも使っているファイアーボールのような火球がそこに着弾し、爆発したのである。
飛びすさった絵理と杏花はもちろん、透夜、そして透夜に抱かれるようになっているソフィアも呆然と焼け焦げた痕が残る壁面を見た。そこは透夜が先ほど押したボタンがある。紅蓮の火球は対面の通路の先から飛んできたのだ。
しばらく部屋の中を沈黙が支配した。誰も何も言うことができない。
「あ、あ、あ、あっぶなーい……」
やがて絵理が冷や汗を流しながらつぶやいた。
「い、今のはさすがに恐ろしかったですね……」
杏花も青ざめた顔で焦げた壁面を見つめている。
「うん……」
「シャ、シャレになってないわね……」
透夜とソフィアも心ここにあらずといった様子で声をもらした。
離れなかったらあの火球の直撃、もしくは爆発の余波を浴びていた可能性が高い。まさに間一髪であった。
やがて透夜とソフィアは間近で顔を向かい合わせ、未だ抱き合っているような形になっていることに気付き、慌ててどちらからともなく離れる。
「す、すみませんソフィア先輩!!」
「い、いえ。いいのよ。助けてもらったんだし。その……ありがとうね」
ソフィアは真っ赤になって視線をそらしながらも、透夜に感謝の言葉を伝える。もちろん赤くなっているのは透夜も一緒だ。二人はその後しばらくの間、心臓の鼓動が激しく鳴っていることを自覚していた。もちろんそれは先ほどの爆発に対する恐怖や緊張によるものだけではない。
……絵理と杏花は複雑な表情を浮かべてそんな二人を見ていた。