049 六つのボタン
続いて中央の通路へと入った四人。
通路沿いにしばらく歩いた後、やがて左側に折れ曲がり、やはりまっすぐに続く道を進んで行く。
たどり着いた先は大きめの四角い部屋のようになっていた。入口に扉はない。
入口の対面側にある壁に、ボタンがほぼ等間隔で複数並んでいる。その数は六つ。
部屋にあるのはそれだけで、入口以外は石の壁に囲まれていた。
「また怪しいですね……」
「うん……でも押さないわけにもいかないよね……」
「そうね……」
「人って、なんでボタンを押したくなっちゃうんだろうね……」
全員がすべてのボタンを押す気満々のようである。人は好奇心に勝てないということだろう。それに、これまでボタンを押すことでアイテムを手に入れてきたという成功体験もあるからだ、もっともそれと同じくらいボタンによってひどい目にあったこともあるわけだが。
「どれから押そうか?」
「分かりやすく端からかな。どちらからでもいいわよ」
「じゃあ、左から順に押していきますね。とりあえず警戒は怠らないようにしましょう」
宣言通り、入口側から向かって一番左端のボタンを押す透夜。全員、ボタンのそばからそれぞれ壁や天井などを注意して見ている。
やがて壁の一画が床に面する部分から2メートルくらいの高さまで、音を立てて開いた。開いたのは二か所。透夜たちから見ると右手側と左手側の壁がそれぞれ一枚ずつ。
全員、そちらを注目する。新たな通路のようにぽっかりと開いた空間から、人型のモンスターがどちらからも一体ずつ出てきた。この階で見飽きるほど戦ったあのクレイゴーレムである。ただ、サイズはその時戦った連中よりもさらに大きかった。高さが150センチくらいはあり、もちろんそのぶん体格も良くなっている。
「大したことないとは思うけど……」
「ええ……」
多少巨大化しているとはいえ、少し前に散々撃破した相手である。
ソフィア、透夜が前にでてそれぞれゴーレムの正面に立ち、自分の得物を構えた。その背に気負いはない。
絵理、杏花は後衛から魔法で援護することにした。それぞれ攻撃魔法の動作、詠唱を開始する。
透夜、ソフィアが前に出たこともあり、使う魔法は誤射しないようマジックミサイルを選択した。
「マジックミサイル!」
二人がほぼ同時に魔法を完成させ、光の矢が透夜、ソフィアを迂回し、見事にクレイゴーレムの頭に突き刺さった。よろけるゴーレムたちであったが、さすがにそれだけでは倒れない。
透夜、ソフィアはそれぞれ剣を構え、ゴーレムの土の体へと刃を振るう。透夜は横に、ソフィアは斜めに。
両者の剣は見事に土で出来た頭を叩き斬った。二体の泥人形はその瞬間動きを止め……。
「なんだ、拍子抜けね」
多少大きくなっても、やはりクレイゴーレムはクレイゴーレムかとソフィアは緊張を解いた。
「先輩!」
「!?」
透夜の叫びにソフィアの体が動いた。その誰もいなくなった空間を太い腕が横薙ぎにする。間一髪、ソフィアはその打撃から逃れることに成功した。
「うそ!? 動いてる!?」
先ほどの不意打ちを辛くもかわしたソフィアが驚愕に青い目を見開く。
土人形が頭を叩き壊されて動きを止めていたのはほんのわずかな時間だった。二体のクレイゴーレムは、失った頭のことなどまったく気にしてない様子で腕を振るう。
驚いたことに、その動きは先ほどよりもいくぶん俊敏になっていた。
とはいえ、さすがに不意さえつかれなければ対処することは造作もない。二人は多少余裕を持ってその攻撃を回避し、あるいは受け止めた。
いつの間にか、ゴーレムの胸のあたりに新たな目と鼻、そして頭にはなかったはずの口のようなでっぱりが生まれている。その口元は明らかに嘲るような笑みをかたどっていた。
「な、なんだか凄くくやしいんだけど!?」
「……僕もです」
「透夜くん、ソフィア先輩!」
「大丈夫ですか!?」
さすがに先ほどまでの余裕は吹き飛んだのか、後ろの絵理と杏花も少し切迫した声を出した。
透夜はソフィアと顔を見合わせる。身振りで後ろに下がる意志を示し、ソフィアもうなずいた。透夜は眼前の敵を牽制しながら後ろの二人へ声を張り上げる。
「強い魔法でお願い! すぐに離れるから!」
「わ、わかった!」
絵理、杏花がそれぞれ新しい魔法を詠唱しだす。二人とも、アイスジャベリンを使うつもりのようだ。
詠唱が終わる間際に透夜、ソフィアは背後に飛び退り、そのまま勢いを借りて床に転がった。やがて二人の魔法が完成する。
放たれた氷の槍はクレイゴーレムの胸に生まれた第二の顔に命中した。その一撃は顔ごと胴体を深く抉り、辺りに土くれをまき散らす。
今度こそ致命傷となったのか、二体のゴーレムの四肢は少しずつ崩れ始める。間もなく全ての体が床に落ち、ただの土砂となり果てたのだった。
立ち上がった透夜とソフィア、魔法を撃ち終えた絵理と杏花はしばらく様子を窺っていたものの、もはや動き出す気配がないことを悟るとようやく胸をなでおろした。
「びっくりしたわ……」
「まったくです……」
「ほんとう……終わったと思ってたらいきなり動きだすんだもん」
「さすがに意表をつかれましたね……」
終わってみればやはり大した力量の相手ではなかったものの、インパクトだけは一流の敵だったと思う四人であった。