045 情報交換と魔法の鍛錬。そしてワームの肉を食べるソフィア
水場のある部屋に戻ってきた透夜たち。とりあえず、それぞれ腰を降ろして一休みする。
そこで透夜はふと思い出した大事なことをソフィアに尋ねた。
「そういえば、ソフィア先輩もやっぱりクラスごとこちらの世界に?」
いろいろとあってすっかり忘れていたが、ソフィアはクラスどころか学年すら違う。
自分たちのクラスだけがこの世界に呼ばれたと思い込んでいた透夜たちだったが、その認識を改めねばならない事態が起きているわけだ。
「そうね……私のクラスメイト全員がこちらの世界に連れてこられてるわ……他のクラスの人に関しては見た記憶がないけど」
「でもソフィア先輩はなんで一人で行動してるんですか?」
ソフィアの発言に、当然の疑問を絵理が口にする。まさか、目の前の先輩も仲間うちで何かトラブルが発生してしまったのだろうか。
「ええっとね……最初はクラスメイト全員で、少し慣れてからはいくつかのグループに分かれて行動していたわ」
絵理たちは揃って頷く。自分たちも最初はそうだったからだ。
「でも途中で……地下三階あたりかな? 私のグループの中に、これ以上先に進むのが怖い、この場所に留まろうって人が出てきたの。そしてそれに同意する人もどんどん増えていったわ」
そこで言葉を切ると、ソフィアはなぜかキラキラとした瞳を三人に向ける。
「不謹慎かもしれないけど、私はこの世界に呼ばれた時からずっとワクワクしていたの。だから私は先に進むことを主張したんだけど、結局最後は私だけ仲間はずれになっちゃって」
ソフィアは照れくさそうに視線をそらした。
「それで、私がこの迷宮を攻略してあなたたちを救って見せるー、なんて大口を叩いて一人で出てきちゃったわけ」
「け、けっこう無茶なことしてますね、ソフィア先輩……」
絵理が呆れたような、感心しているような声を出した。
「ふふ……本当に、自分が勇者になったような気でいたのよね……今思うと恥ずかしいけど……」
小さく笑みを浮かべるソフィア。
「そんな感じで、いろいろなところを歩いて魔法の文字が書かれた本を見つけたり、武器や鎧なんかも手に入れたわ」
ソフィアは自分が身に着けている鎧、そして剣とクロスボウを見やる。
事の経緯は理解できた透夜たち。透夜たちも自分らのこれまでの行動を簡単に伝えた。
最初はチームで動いていたが、透夜は落とし穴に落ちてそれ以降単独行動をとるようになったこと。そして絵理と杏花は自分が一人になっている状況でモンスターに襲われているところを、透夜に助けてもらったことを。
ソフィアは絵理と杏花の身に起きたことに絶句し、見捨てたり嫌な目で見たりしたという彼女たちのクラスメイトについて怒り、また二人を優しくなぐさめた。
やがて身の上話が一段落したあと、ソフィア以外の生徒をここしばらく見かけていないことも伝える。
「なるほど……やっぱり、先に進んでいる人ってあまりいないみたいね」
「まあ、ただ単に広すぎて会えていないだけかもしれませんけどね……」
このダンジョンはモンスターが闊歩しているし、やたらと広くて道に迷うし、ソフィアのクラスメイトたちがとった行動も理解できる透夜たちだった。
ソフィアは謙遜していたが、一人でここまでたどり着いた彼女の実力に透夜たち三人は驚嘆していた。もっとも、一人でいろいろな危険をくぐり抜けてきたのは透夜も同様ではあったが。
「それで魔法のことなんだけど、やっぱりあなたたちも魔法の文字について書かれてる書物を見つけたの?」
「はい。そうです。僕が手に入れたものを皆で利用しています」
「見せてもらってもいい? 私が手に入れたのはこれなんだけど」
ソフィアが取り出した魔法の本を透夜たちは三人でぱらぱらとめくってみた。その本は透夜が現在持っているものよりも明らかに薄く、書かれている内容も少なかった。
どうやら、本当に基礎的な魔法についてしか載っていないようだ。ソフィアが他の攻撃魔法やポーションを作れる魔法についてすら知らなかったのも無理はない。
「僕たちが持っている魔法の本はこれです。ソフィア先輩もこれを読めばすぐに他の魔法を使えるようになりますよ」
ソフィアはすでに魔法の扱いそのものは熟練している。魔法の文字と発音さえ覚えれば、透夜たちのようにより強力な魔法を使いこなせるようになるだろう。
「ありがとう! さっそく勉強させてもらうわね」
ソフィアは透夜から本を受け取る。その本の厚み、装飾だけでも、自分が使っていた本とは比較にならないものであることが分かった。慎重にページをめくっていくソフィア。
「うわあ、見たことのない文字ばかり……本当に私が知っていた魔法は初歩の初歩だったみたいね……」
手の中の本に書かれている膨大な知識に、ソフィアは感嘆の声をあげる。しばらくはその本にかじりついてふむふむと頷いていた。
「ありがとう。あとは頑張ってこの知識を覚えていくしかないわね。ただ、ポーションの作り方は実際に見せてもらってもいい? なんだか少しイメージしづらくて」
「いいですよ。まずは空のビンをこうして左手に持って……」
試しにヒーリングポーションを目の前で作って見せる透夜。
ソフィアも続いて実践する。
魔法に慣れていることもあり、あっさりと水色のポーションを作ることに成功するソフィアであった。
◇◆◇◆◇
しばらく魔法の勉強と訓練を行なっていたソフィアだったが、さすがに集中力も切れたのか借りていた本を透夜に返した。しかし学習の甲斐あって、知らなかった魔法を複数会得することができた。
今ソフィアのベルトには四本のガラスビンがささっている。自作のポーションで満たされているのはその中の三本だ。残りの一本は飲み水を入れたままにしておいた。もちろんソフィアも水袋は別個で持っているが、念のためである。
ソフィアと共に透夜たちもそれぞれ魔法の鍛錬などをして過ごしていたが、透夜たちが昼食をとった時から、ずいぶんと時間が経っていることに気付く。
「それじゃあそろそろご飯の用意をしようかな」
「そうだね。お腹も空いてきたし」
透夜の言葉に絵理が何気なく同意する。それを聞いたソフィアの顔がひきつった。絵理、杏花からすると少し前の自分と同じ反応である。
「その……あの時言ってたことは、本当なのよね?」
「ワームの肉とかのことですか? ええ、すでに何度か食べてますよ」
「そ、そうなの……」
さらりと答えた透夜。まだキノコの化け物、透夜たちがファンガスと呼ぶモンスターの肉しか食べたことのないソフィアは、いまだに信じられないような表情をしている。
「大丈夫ですよ先輩。あたしたちも最初は怖かったですけど、慣れれば普通にいけますから」
「ええ、それは私も保証します。だから先輩も一度挑戦してみましょう」
「わ、分かったわ……」
そもそも、ソフィアもすでにファンガスの肉は食べているのである。それは彼女が別れたクラスメイトたちから見ると、明らかに異常な行為だ。もっとも、彼女のクラスメイトたちもおそらく持たされた食料はもうなくなっているはずだが……。
あのキノコの肉もいい加減食べ飽きていたし、ちょうどよいと前向きに考えようとするソフィア。というかそう考えないと、巨大芋虫の肉なんて口に含みたいとすら思えない。
杏花が魔法で床の一画に火をおこし、透夜が手際よく鉄串にワームの肉を刺していく。
その肉の色あいに巨大芋虫の姿を思い出し、さきほどの決意が揺らぐソフィアであったが、そんな彼女に構わずちゃくちゃくと食事の準備が整っていった。
そして透夜から串を渡されるソフィア。もちろんそれにはワームの肉が刺さっている。
「ちゃんと焼けば大丈夫ですから」
「そ、そうね……」
透夜たちにならい、ソフィアも燃え盛る火の中にワームの肉を差し入れた。
しばらくして頃合いと見た透夜が自分の串を手元に戻した。肉の具合を確認してうなずく。
「そろそろ良いみたいです。召し上がれ」
「あ、ありがとう……」
ソフィアは自分の串肉をしげしげと見つめている。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
「いただきます」
透夜をはじめ、三人は食前の挨拶をした。それぞれ己が持つ肉を食べ始める。
「……いただきます」
その光景を見たソフィアも覚悟を決め、ついに焼けたワームの肉へとかぶりついた。
しばらく口を動かしていたものの、やがてごくんと喉を動かす。その表情はとても意外そうなものであった。
「あ……たしかにこれは悪くないかも……」
「でしょう?」
ファンガスの肉を食べ飽きているということもあるかもしれないが、独特の味がクセになりそうな感じだった。
ソフィアは先ほどまで嫌がっていたことも忘れて二口目を口内に運ぶ。もはやその顔に抵抗はない。
機会があれば透夜が言っていた、毒ガエルの足の肉とやらも試すべきかもしれない。毒というところには引っかかるが、先ほど解毒ポーションの作り方も覚えたことだし。
……などということすら考えているソフィアであった。
やがてお腹も膨れ、四人はいろいろおしゃべりしたり、鍛錬の時間を過ごした後、それぞれ寝具を取り出して眠りについた。