043 お互いの食生活について
――ああああああああああああああああああ。
と一人で内心悶絶しているのはもちろんソフィアであった。
透夜たち三人に背を向け、両手で顔を覆ってうずくまっている。偉そうにワーム相手に魔法を使って見せたことを取り消したい。
小さくなってしまった先輩を囲み、透夜たちはあわてて慰めの言葉をかける。
「その……むしろポーションなしでここまで来れているのが逆に凄いっていうか……」
「そ、そうですよ! だからあまり落ち込まないでください!」
「ええ、ええ、まったくその通りですよ。実は私も絵理も、透夜君に教わるまでは魔法のことすら知らない有様で……」
「……慰めてくれてありがとう……大丈夫……やっぱり私はこのダンジョンを攻略するために選ばれた勇者じゃないんだってことが、再認識できただけだから……」
それからしばらくの間もソフィアは落ち込んでいたが、ようやく気力が回復したのか立ち上がると透夜たちのほうに向き直った。表情も先ほどまでの明るいものに戻っている。
「その……私にもあなた達が知っている魔法のことを教えてくれる?」
「はい、もちろんですよ」
「よかった……それと、これからあなた達と一緒に行動してもいい?」
「僕は構いませんよ。二人もそれでいいよね?」
「……うん」
「……ええ」
絵理と杏花からの返事は肯定だったものの、少し間があった。もちろん、この眉目秀麗な先輩が仲間に加わってしまうことに、多少の心理的抵抗があったからだが。
とはいえ、そんな個人の感情をこの状況で差しはさむわけにはいかない。
「ありがとう。ま、まあ魔法ではあなた達にかなわないかもしれないけど、クロスボウとこの剣だけで大抵の相手なら蹴散らせるわ。任せておいて」
ソフィアの持つ剣はいわゆるツーハンデッドソード、もしくはツヴァイハンダーと呼ばれる種類の武器のようで、両手で振るうのにピッタリの持ち手と長い刃を備えている。
さきほど真っ二つになって床に転がっていたファンガスは、おそらくこの両手剣で断ち切ったのだろう。長い得物を振り回せない時に備えてか、腰にはややしゃれた意匠の鞘を持つ小剣も吊り下げられていた。
「あ、矢を回収したいから少しだけ時間をもらってもいい?」
ソフィアは少し離れた場所に倒れている二体のワームを示した。
「ええ、いいですよ。僕もその間にやることを済ませておきます」
「ありがとう、それじゃちょっと待っててね」
ソフィアが一人ワームの方に歩き出すと、透夜も別のワームに向かって歩き出した。その手にはすでに大振りのナイフが握られている。もちろん、ワームの肉を食料として確保するためだ。
「ちょ、ちょっと透夜くん!」
「うん? どうしたの絵理ちゃん?」
絵理は少し声のトーンを抑えながら透夜をたしなめる。
「どうしたのじゃないよ! あの人の前でワームの肉を食べるのは、さすがにまずいんじゃないの?」
「たしかに……今さらですけど……」
杏花も絵理の言葉に頷いた。すっかり慣れてきているものの、モンスターの肉を食べるという行為ははっきり言って普通ではない。あの先輩が見たらさすがにドン引きされるのではないだろうか。かつての自分たちと同じように。
「でも最初にもらった保存食も尽きちゃってるし……モンスターの肉を食べる以外の方法はないよ。それに、あのソフィア先輩もすでにこういったことをしてるんじゃないかな?」
「う、うーん……」
いつからこのダンジョンにいるのかは分からないが、絵理たちと同じ頃にやって来たのならソフィアの保存食が尽きていても不思議ではない。
透夜の言う通り、モンスターの肉を食べるという禁断の行為に踏み出している可能性は高そうだ。
「さりげなく聞いてみましょうか?」
「……ワームの肉ってクセになる味ですよね、みたいな?」
「それ全然さりげなくないよっ!!」
顔をつきあわせてヒソヒソと相談する三人。
そこに、矢の回収が全て終わったのかソフィアが戻ってきた。
「お待たせ……あら? どうしたの?」
「あ……その……実は、今夜の食事についてちょっと相談してまして……」
絵理がしどろもどろに答える。少なくとも嘘ではない。
それを聞いたソフィアの顔がなぜか曇った。
「ああ……実はその件で、ちょっと言っておきたいことがあるんだけどね……」
「は、はい……なんでしょう……?」
ソフィアは言いにくそうにしばらく口をもごもごしていた。
「その……こう言ったら怖がられるかもしれないんだけど、私もうずっと前に保存食が尽きちゃってて……このままじゃ餓死するんじゃないかって思うようになって……」
透夜たちをちらちら見つつ言葉を続けるソフィア。この時点で、透夜たちは目の前の先輩が何を言いだそうとしているのかなんとなく分かった。
「それで……それでね? 驚かないで聞いてほしいんだけど……それである時、あのオバケキノコの肉が食べられるんじゃないかって思って……焼いて食べてみたの……」
ソフィアからの告白に三人は顔を輝かせた。予想していた通り、すでに先輩はモンスターの肉を食べたことがあるようだ。
「大丈夫です! あたしたちもあのファンガス……キノコモンスターの肉を食べたことあります!」
「そ、そうなんだ? よ、良かった……変な目で見られるとばかり……」
「私も最初はモンスターを食べるなんてありえないと思っていました。でも慣れるとワームの肉もいけますよね」
「……え?」
「そうそう、あと毒ガエルの足の肉も美味しいですよね。先輩的にはどのモンスターの肉が好みですか?」
「……あ、あなた達……」
なぜか、今ではソフィアがおびえた瞳で透夜たちを見ていた。すでに、彼らから四歩は距離をとっている。
予想外の反応に、三人はそれぞれ顔を見合わせた。
「……ひょっとして、先輩が食べたことあるのはオバケキノコの肉だけですか?」
透夜の質問に、ソフィアは泣きそうな表情でこくんと頷いた。