040 扉の向こうにいたのは
通路に落ちていたモンスターの死骸はいくつかあったが、すべてあのクワガタみたいな頭部を持つ巨大虫だった。
死因はどうやら何か細いものに体を貫かれたことのようだ。透夜がやったように投げナイフか何かで仕留めたのだろうか。
やがて通路の先に扉が見える。横に手で押すボタンがあるタイプだ。
「このまま行くよ?」
透夜が確認の言葉を投げかけ、絵理と杏花がそれぞれ頷いた。
扉の前に立ち、ボタンを押す透夜。扉が音を立てて上へとあがり始める。果たしてクラスメイトの誰がここまでやってきたのだろうか。
期待と不安を抱いて扉が開くのを待つ透夜たち。
やがて開いた視界の先にいたのは……。
銀色の髪をツーサイドアップにした一人の少女だった。
身にまとっているものはまさにゲームの中にでてくるような、黒を基調とした色でどことなく生物のような質感を思わせる鎧。首から下、ブーツまでの一式でその体を覆っていた。
両手には絵理が持っている剣よりも長くて厚みのある両刃の剣を構え、正面を見据えている。
銀髪の少女は扉が開く音に気付いたのか、斜め後ろを振り返った。
そしてその目が驚きに見開かれる。瞳の色は青系統の色だった。
少なくとも透夜たちのクラスメイトではない……というか、日本人ですらないようである。
「まさか現地の人!?」
絵理が叫んだ。
正直言って、なんの断りもなしに召喚されたあげくこの危険なダンジョンに放り込まれた身としては、この世界の住民とまともなコミュニケーションがとれるとは思えない。
ある意味モンスターよりも恐ろしいのではないか……絵理をはじめ、透夜たちも反射的に身構える。
その反応に対して銀髪の少女は明らかに狼狽の表情を浮かべた。
「ま、待って待って! 私日本人よ! あなたたち見咲ヶ丘高校の生徒よね!?」
「……は?」
目の前の少女からかけられた言葉に、透夜たち三人は固まった。
彼らはこの地に召喚された時からこの世界の言語が分かるようになっていた。
しかし、この銀髪碧眼でさらに鎧をまとう少女から発せられたのは明らかに日本語だった。しかも流暢な。
「とにかく詳しいことはこいつらをやっつけてから! 協力して!」
少女の要請に透夜たちは我に返る。
「は、はい! 分かりました!」
あまりの衝撃に他のことが認識できていなかったが、彼女が言う通りこの広間には敵がいる。おなじみの巨大芋虫、ワームだ。二体が目の前の少女を餌食にしようと這い寄っている。
しかし驚いたことに、動かずに息絶えているらしい別のワームがさらに二体転がっていた。
少女は見たところかすり傷すら負っていないようだし、一人であれを倒したというのなら、かなりの手練れと言える。
入口から少女の近くへと駆け寄る透夜たち。
共闘体制が整ったからか、少女の顔に余裕が生まれた。その唇が笑みの形になる。
「……あなたたちに、すごいものを見せてあげる」
「え?」
「刮目しなさい! これが魔法によって生まれる光の矢! あなたたちにとって分かりやすく言うならマジックアローよ!」
そう言うと少女は大きな剣を左手だけで持ち、空いた右手で魔法の文字を宙へと描き始めた。それと同時に口から魔法の言葉を詠唱する。
「マジックアロー!」
やがて完成した魔法が銀髪の少女から放たれ、光の矢となって飛翔する。彼女がマジックアローと呼んだそれは、透夜たちがマジックミサイルと呼称している魔法と同じものである。
光の矢は一体のワームに突き刺さった。痛みにのけぞるワーム。
「ふふっ……驚いた?」
自信満々に振り向いた少女が見たものは、ちょうど魔法の詠唱を終えようとしている透夜たち三人の姿だった。
「アイスジャベリン!」
「……は?」
絵理が生み出した氷の槍が、先ほど銀髪の少女が魔法の矢で撃った敵をより深くえぐる。ワームも先ほどより大きくのたうった。
「ウィンドカッター!」
「……へ?」
そこに、今度は杏花から緑色の風の刃が放たれる。えぐられていた箇所をそのまま切断され、ワームは体液をまき散らしながら床に倒れた。
「ファイアーボール!」
「……ほ?」
やや遅れて透夜が残る一体のワームに得意の火球を撃ちこんだ。それは見事ワームの口内に飛び込み、内側からワームを爆裂四散させる。
一瞬の間に、二体のワームが命を断たれたのだ。
呆然と、ワームの新たな死骸と、今それぞれ魔法を行使した三人との間で視線を往復させる銀髪の少女。
そんな少女を透夜たち三人が囲んだ。瞳をキラキラさせている。
「あなたも魔法が使えるんですね!」
「あっ、はい」
「マジックアローって名付けたんですか! あたしたちはマジックミサイルって呼んでるんですけど!」
「ええっと、その……」
「やっぱりあの魔法は基本中の基本ですよね。私も攻撃魔法はあれから始めました」
「……」
実は銀髪の少女が使える攻撃魔法はあの一種類のみ。
彼ら三人にまったく悪意がないことが逆につらい。
いつしか、銀髪碧眼の少女は虚ろな目をしてぶつぶつとつぶやいていた。
「ごめんなさい……私……自分がこのダンジョンを攻略する勇者に選ばれたんだと思ってたわ……でも実際は違ったみたいね……私なんてただの引き立て役だったわ……」
「あ、あの……? もしもし?」
透夜は銀髪の少女の眼前で手を振ったが、しばらくその瞳が透夜を捉えることはなかった。