004 巨大キノコの化け物と遭遇する
「こっちだよ」
透夜に先導される形で絵理は石壁に囲まれる通路を歩いていた。
あたりをこわごわと見まわしながら、絵理はふと透夜に尋ねる。
「浅海くんって、ずっと一人で行動してたんだよね?」
「うん」
「その……寂しくなかった?」
「そこまでは。僕、単独行動は嫌いじゃないし」
「そういえば学校でもそうだったね」
絵理から見て、透夜は暗い人間というわけではないが、他の男子生徒といっしょにいる姿を見た記憶はほとんどなかった。
「実際、クラスの人間の顔と名前がまだ半分くらいは一致してないよ」
「ええ? もうひと月以上経ってるのに?」
透夜と絵理は高校一年生である。お互い、四月に初めて知ることになったクラスメイトの方が多い。一応、絵理は彼にとって顔と名前が一致する存在ではあったようだ。思い出すまでに少しの時間がかかったとはいえ。
「僕がクラスの全員を覚えるには、二学期のはじめくらいまでかかってたよ、いつも」
「それはさすがにちょっと呆れるかも……」
透夜は軽くごまかし笑いをした後、言葉を続けた。
「だからかな、このダンジョンを一人で歩き回ってた時も、そこまで怖いとか寂しいとかって気持ちはなかったんだ。むしろ心のどこかで楽しんでたんだと思う」
「そうなんだ……私にはちょっと無理かも……」
「それに子どもの頃はよく一人ダンジョンごっこで遊んだりしてたし」
「なにその一人ダンジョンごっこって?」
聞いたこともないごっこ遊びの名を耳にし、絵理は透夜に疑問を投げかける。
「一人で真っ暗な押し入れに入ったり、一人で真っ暗な物置小屋に入ったりすることだよ」
そして返ってきた言葉は絵理によく理解できない内容だった。おずおずと再び尋ねる絵理。
「……そこでなにをするの?」
「押し入れの中の毛布にくるまって過ごしたり、物置小屋の壁の隙間から入ってくる外の小さな光を眺めて過ごしたりする」
「な、なんだか闇を感じるんだけど……」
「大丈夫。子どものころの話で、さすがに今はもうやってないから」
「今もやってたらびっくりだよ!!」
「……霧島さん、ちょっと止まって」
突然透夜が立ち止まるとともに腕で絵理を制した。その顔からいつの間にか先ほどまでの柔らかい表情が消えている。
「!? ……ど、どうしたの?」
「何かいるみたい」
「……!」
身をすくませ、口も閉じる絵理。透夜も一言もしゃべらず、耳をすますように通路の一点を見つめている。十字路となっているところだ。
やがて、絵理にもペタペタという足音が聞こえた。だんだん近づいてきている。
正面にある十字路の横から、足音の主がひょっこりと姿を見せた。
「ひっ……!」
絵理は小さく悲鳴をあげた。
でてきたそれは、一言で言えば手足の生えた大きいキノコだった。体長は1メートルあるかないかといったところ。
頭には赤くて毒々しい傘があり、その下のいわゆる柄の部分は太く、そこに目と大きな口も備わっていた。今、そのギョロリとした目は透夜と絵理を見据えている。
絵理もここに至るまでに目の前の化け物キノコの姿は何度か見たことがある。もちろんそれ以外のモンスターの姿も。しかし、そんな今でもモンスターと対峙すると体がすくみあがってしまう。
「僕がやる。霧島さんはここにいて」
そう言うが早いか、透夜は腰に下げている剣を鞘から引き抜いた。このダンジョンに放り込まれた時に現地の兵士から押し付けられた粗末な両刃の剣とは違う、片刃で厚い刀身を持つ剣。
「ま、待って……あぶな……」
絵理が言葉を言い終わるよりも早く、透夜は石の床を蹴って駆けた。対するキノコの化け物も透夜へと向かってくる。
おびえながら見守る絵理の前で、あっさりと決着はついた。
透夜が剣を一閃すると、キノコの化け物はあっさりと胴体を断たれたのである。断末魔の叫びをあげる時間すら与えられず、大きなキノコは真っ二つになって床に転がった。
「……え?」
これに一番驚いたのは絵理である。武術だか剣術だかに熟練していないと有り得ないようなことだったからだ。キノコの化け物の体は斬られた後も少しびくびくと動いていたが、やがて完全に停止した。
「う、うそ……」
絵理も腰に剣を下げてはいるが、まだ実際にそれを使って戦ったことはなかった。もちろん仮に使ったとしても、今のような動きが出来るとは思えない。
「ふう」
小さく息を吐いた透夜が、何事もなかったかのような表情で絵理のもとに戻ってきた。歩きながらチン、と軽い音を立てて剣を鞘に戻す。さきほどの剣術もそうだったが、何から何まで堂に入ったような動作だった。
「もう安全だよ。霧島さん」
「あ、ありがとう……って、いったいどういうこと!?」
「? 何が?」
絵理が何に驚いているのか分からないといった風情で透夜は首を傾げる。ひょっとしておかしいのは自分の方なのだろうかと疑問に思いながらも、絵理は言葉を続けた。
「だだだだだって浅海くんってあたしと同じ普通の高校生だよね!? なんであんなにあっさり化け物をやっつけちゃうの!?」
「……慣れ、かなあ」
「慣れであんなに出来るものなの!?」
「たぶん……だって僕も、最初あいつと戦った時はここまで簡単にはいかなかったし……」
「そ、そう……」
「それにあいつはこのダンジョンのモンスターの中でもかなり弱い部類に入ると思うよ。霧島さんも一度戦ってみるといいよ」
「ええええ?」
クラスメイトたちとはぐれた後、彼はいったいどのような時間の過ごし方をしていたのだろうか。
魔法のことといい、ワームの肉のことといい、今の剣技のことといい、目の前の男子生徒とは別れてまだそこまでの日数は経っていないはずなのに、ものすごく遠いところに行ってしまったように感じる絵理であった。