036 地下六階。投げナイフを初めて実戦で使う絵理
地下六階に下りた透夜たちの前には大きな空間が広がっていた。
先ほどまで透夜たちがいた地下五階の大広間ほどではなく、形も完全な正方形の部屋だった。
正面はすべて壁に覆われているものの、左手側の壁に三本の通路が、右手側の壁に一本の通路がある。
気になるのは、透夜たちが下りてきた階段がある壁に沿う形で、離れたところにもう一つの上り階段があるということだ。
普通に考えるならこれも地下五階に上がる階段だろう。
透夜たちが進まなかった道を選んでも、そちらからここへたどり着くことはできたようだ。
「さすがにまた五階に戻るのもあれだし、左の三つの道から進んでみようか」
「うん」
「そうですね」
透夜たちは三つの通路の一番手近な入口へ入っていく。
やがて彼らの前に、通路の前方から飛んでくる二体のモンスターが見えた。
地下四階で透夜がナイフを投げてしとめた、あのクワガタっぽい頭部を持つ大型の虫である。
「う……」
昆虫に対する苦手意識に小さな悲鳴を漏らす絵理。
「絵理ちゃん、投げナイフだ」
そう言う透夜の手には、いつの間にかベルトから引き抜いたスローイングナイフが握られていた。
「あ、そ、そうだね!」
絵理がナイフを引き抜く前に、すでに透夜は自前のスローイングナイフを投擲していた。
先頭を飛んでいた巨大虫は一撃で頭部を貫かれ、床へと落ちる。
「……すごいですね」
透夜の実戦における投擲技術を初めて目の当たりにした杏花が感嘆の声をあげた。
遅れて、絵理も後続の虫へと投げつけた。
自己鍛錬により、ナイフを投げる動作は様になっている。
しかしそれは肝心の敵には当たらず、乾いた音を立てて床に転がった。
「くっ……」
慌てて二本目のナイフを投げつける絵理。
それは透夜ほど鮮やかではないものの、胴体に命中してその一部をえぐり、虫の体勢を乱すことに成功する。
巨大な虫はそれでも透夜たちのもとに向かって飛んできたが、自慢のアゴを彼らにくいつかせることは出来なかった。
透夜が新たに投げた二本目のナイフが、その命を速やかに終わらせたからだ。
頭にナイフを埋めた虫は無念そうに床へと落下する。
そんな光景を見て絵理はがっくりと肩を落とした。
「うう……やっぱりあたしはまだまだだね……」
「最初はそんなものだよ。慣れればすぐに一撃で仕留められるようになるさ」
「そうですよ。絵理も二発目は当てたじゃないですか」
「ありがとう……もっと訓練して次こそは一発で倒してみせるね」
透夜はしとめた虫の残骸へと近づき、ナイフを引き抜く。虫の体液にまみれたナイフ二本を布でぬぐった。
絵理も自分が投げたナイフを二本とも回収する。うち一本が虫の体液で汚れているのを見てしばらく硬直し……。
「……クレンジング」
自分の魔力を使って投げナイフを綺麗にするという選択肢をとるのであった。