035 翌朝、意識してしまう透夜たち
「おはようございます、透夜君」
「お、おはよう……わ……杏花さん」
苗字で呼ぼうとした透夜であったが、慌てて名前で言いなおす。杏花は満足気ににこりと微笑んだ。
「おはよう、透夜くん!」
負けじと同じように透夜を名前で呼ぶ絵理。
「お、おはよう……絵理ちゃん」
透夜から返ってきた挨拶とその呼び方に、絵理も笑顔を浮かべて頷く。
が、しかしそのあとしばらく不自然な沈黙が続いた。やはり、三人がそれぞれを意識してしまっているのだ。
「……と、とりあえず出発しようか」
「そ、そうですね」
「う、うん!」
透夜のよびかけにややうわずった声で同意する杏花と絵理。とはいえ落ち着かない気持ちなのは透夜とて同じだが。
まずは朝の習慣であるクレンジングの魔法を全員が使い、すっきりとした顔になる。
やがて全ての道具を片付け、水の補給も済ませると、部屋の扉を開けて外にでた。
◇◆◇◆◇
部屋を出た三人はすぐに目的地である地下六階への階段前にたどり着いた。
最初はぎこちなかった三人だったが、ここに来る途中に襲ってきた敵と戦い、それを撃破した後からはこれまで通りのやりとりができるようになっていた。
もちろん、その心の奥底にはこれまでと違う感情がひっそりと隠れているのだけれども。
目の前で大口を開ける階段をしばし見下ろした後、絵理が透夜の方へと顔を向けた。
「透夜くんは地下六階にもいったことあるんだよね?」
「うん。もちろん別の階段を使ってだけどね。一人でさまよってた時はちゃんと計測したわけじゃないけど、地下七階か八階くらいまではたぶん行ったことがあるよ」
「階段があっちこっち多すぎだよね……」
「ほんとう、いったいどうなっているんでしょうね、この迷宮は……」
絵理の言葉に杏花も同意する。
上下に行き来できる階段が複数あるうえに、その階層内の通路がつながっていたりつながっていなかったりする。
この地下五階で透夜たちが踏破した部分も、はたしてこの階層の全体像から見たらどれほどの範囲があるものなのか。
結局あれから他の誰とも遭遇していないが、こんなに広ければ無理もない。
「それじゃあ下りようか」
「うん」
「ええ」
地下六階は、この五階よりもおそろしい魔物がうろついている可能性が高い。
新たに気を引き締め、透夜たち三人は一歩一歩注意深く階段を下りて行った。