034 ある発言により、三人の関係に変化が訪れる
周辺の探索を一通り終えて、水場のある部屋に戻ることにした三人。お腹も空いてきたし、さすがにそろそろ体力的にも気力的にも限界だ。地下六階に下りるのは眠った後になるだろう。
三人は昨日も一夜を過ごした部屋に入ると、さっそく食事をとる準備を始めた。絵理がファイアーフロアの魔法で火を起こす。
透夜は荷物から今夜の食事を取り出した。それはファンガスの肉でもワームの肉でもなかった。
「……それあのカエルの足ですよね? 本当に食べるつもりなんですか?」
「うん。僕はそうするつもり。けっこう美味しいよ。前言ったみたいに足には毒もないし」
「うう……」
「うーん……」
さすがに気乗りしない様子の絵理と杏花。
「まあさすがにこれを無理に食べてくれとは言わないよ。二人はワームの肉でいいかな? それとも今日とれたてのファンガス肉にする?」
「……あ、あたしも挑戦してみる」
「え、絵理!?」
「いいの?」
さすがに予想していなかったのか、透夜も意外という表情をした。
「で、でしたら私も挑戦してみます……」
「きょ、杏花ちゃんも?」
友人を見捨ててはおけないと思ったのか、杏花もおずおずと食べる意思表示をする。驚く絵理に杏花は少し強がりの混ざった笑顔を見せた。
「ええ……ただ、さすがに足一本丸ごとはちょっと……」
「それじゃあたしと半分こしようか?」
「絵理がいいならそれで」
「分かった。じゃあカエルの足を二本焼くことにしよう。足りない分はファンガスかワームの肉で補うということで」
まるで足りないビタミンを野菜で補うかのような透夜の発言だったが、冷静に考えてみるとどちらの肉もじゅうぶん異質なものである。
動くキノコ生物、巨大な芋虫、そして大きな毒ガエル……。
この世界に来てすっかりと異様な食事風景が日常となってしまっている透夜たちであった。
「さあどうぞ」
焼き終わり、切り分けられて渡されたカエルの肉を前に、これまで以上に躊躇する絵理と杏花。そんな二人に透夜はさらりと伝える。
「大丈夫。万が一のために解毒ポーションもあることだし」
「逆に不安になっちゃったんだけど!」
透夜はまるでお手本を見せるかのように、焼きあがったカエルの足にかぶりついた。まるでファーストフードで提供される骨付き肉を食べるような、豪快な食べっぷりである。
その姿に絵理と杏花は覚悟を決め、これまでのファンガスやワームの肉を食べる時と同様に、意を決して口の中にカエルの肉を放り込んだ。
やがて二人は目を丸くして顔を見合わせる。
「……これすごく美味しい」
「ええ……なんだかくやしいけど……」
「でしょ?」
笑顔の透夜を前に、絵理と杏花は自分の前にあるカエル肉へとさらに手を伸ばした。今度は足一本を丸ごと食べてみようかな、などと思いながら。
なお、解毒ポーションのお世話になるようなことは起きなかった。
◇◆◇◆◇
食事が終わり、武器や魔法を使う訓練も一通りやり終え、もう少ししたら寝るだけかという時間。
三人は魔法の炎を囲んでお喋りをしていた。
この世界のことはもちろん、日本での学校生活でのことも含めた取りとめのないやりとり。
ふと会話が途切れた時、杏花が透夜を見据えて言った。
「ねえ、浅海君」
「うん?」
「その……浅海君のこと……今から透夜君って呼んでもいいですか?」
「え?」
「ふえっ!?」
透夜は驚きの声をあげたが、それよりも慌てた声を出したのが絵理である。絵理は透夜と杏花の間で視線を行ったり来たりさせる。
――えっえっ!? ……なになに!? どういうこと!?
そんな絵理に気付いているのかいないのか、杏花は透夜から目をそらさず言葉を続けた。杏花の頬は朱に染まっている。もちろんそれは辺りを照らす炎のせいだけではない。
「それで私のことも下の名前の杏花で呼んでくれたら嬉しいんですけど……どうですか?」
「あ、えっと……その……」
透夜もさすがに赤くなる。そんな透夜をじっと見つめている杏花。
透夜は絵理の方に視線を向ける。絵理は何も言えずに自分の視線を絡ませるだけだ。ややあって透夜は杏花の方に顔の向きを戻し、頷いた。
「う、うん……かまわないよ」
「良かった……それではこれからもよろしくお願いしますね、透夜君」
「うん……よろしく……その、きょ、杏花さん……」
もごもごと、小さめの声で返事をする透夜。にっこりと微笑む杏花。それを見た絵理が突然声を張り上げる。
「あ、あたしも浅海くんのこと透夜くんってよびゅ!」
……が、勢いがありすぎたのか噛んでしまう。絵理は透夜、杏花よりも真っ赤になって言葉を続ける。
「だ、だから透夜くんもあたしのこと絵理って名前で呼んで!」
「……う、うん……分かった……」
絵理の気迫に押され、たじたじとなる透夜。絵理はその勢いのまま、まくしたてた。
「じゃ、じゃあ、今からよろしくね、透夜くん!」
「うん……よろしく……絵理ちゃん……」
――きょ、杏花ちゃんのことはさんづけで、あたしのことはちゃんづけなの……?
透夜の二人に対する呼び方の違いに、激しく頭を悩ませる絵理。
はたしてこれは喜ぶべきことなのかそうでないのか。
絵理は杏花の方へと顔を向ける。視線の先には穏やかな笑みでこちらを見つめている杏花の姿があった。
――うう……ひょっとしてライバル宣言ってやつなのかな……?
杏花の発言から起きたいきなりの関係の変化に、モヤモヤしたものを抱える絵理。
その日の夜、絵理は毛布にくるまってからもしばらく悶々とし、なかなか眠りにつくことができなかった。