033 よく考えてみると、かなり恐ろしい
地下六階への階段を見つけた後、結局広間をぐるっと回り、出てきた既知のモンスターを蹴散らすことしばし。
とうとう透夜たちは壁づたいにあった最後の通路に入った。
ここをチェックし終われば、この広間から延びる通路は全て見たことになる。
しかし今、通路を進んだ先の曲がり角で透夜たちは足を止めているところである。
曲がり角の床の一部が大きく縁どられているのだ。このダンジョンでたまに見かける踏んで起動するタイプのスイッチだったが、さすがにこれは不自然すぎる。
天井から毒ガエルが降ってきたときのように隠されているわけではないので、罠の可能性は低そうだが油断はできない。避けて進むことはもちろんできるが、しかしスイッチを無視するのはそれはそれで気になってしまう。
試しに透夜が頭だけを角から出して向こうを覗き込んでみると、かなり先の方に扉があるのが見えた。
それを確認すると頭を引っ込ませて絵理たちの方へと向き直る。
「通路の先には扉があるだけみたいだね……とりあえずこのスイッチに何かのせてみようか」
「そうだね」
透夜は袋の中から石を取り出し、少し離れた場所からそれを放り投げた。スイッチらしき部分の上に落ちる。しかし何も起きた様子はない。
「しかたない。僕がちょっと踏んでみる。警戒をよろしく」
「わかった」
「気をつけてくださいね?」
透夜は意を決し、四角いスイッチの上に乗った。今度はガタンという小気味のよい音が響く。それと同時に透夜は通路の先へと視線を向けた。先ほど遠くに扉があるのを確認していたが、その扉は今、ゆっくりと上がっていきつつある。
このスイッチはあの扉を開けるためのものであるようだ。
「どうだった?」
「通路の先の扉が開いたけど……」
あることに気付いた透夜は二人にちょっとそこにいてと伝え、スイッチから降りる形で歩を進めた。
するとふたたびガタンという音がなって踏み込まれたスイッチが戻り、今度は先ほど開いたはずの扉が上から降りてきた。やがて閉ざされる。
「やっぱり……二人ともこっちに来ていいよ。スイッチも踏んで大丈夫」
絵理と杏花が透夜のところにやってくる。透夜の言う通りわざわざ避けなかったのでスイッチも踏むことになったのだが、誰かが乗ると扉が上昇し、スイッチが踏まれていない状態になるとふたたび降りてくる。そういった仕掛けであるらしかった。
透夜はさきほど放り投げた石を拾って袋にしまった後、自分の推測を告げる。二人はたちまち困った顔になった。
「つまりあの先に行きたいなら、誰かがこの床を踏んでなきゃいけないってこと?」
「そうなるね……重さだけで判断してるなら、あの青い鎧の残骸をたくさん持ってきて載せたらどうにかなるかもしれないけど」
「……それはちょっと大変そうですね」
あの場所まで戻り、鎧の残骸をかき集めて戻ってくるというのはなかなか骨が折れそうだ。しかもそれがうまく行かなかったら精神的な疲労も大きい。
透夜は少し悩んだ後に改めて口を開いた。
「一応、他に方法がないでもない」
「どんな?」
「まずこのスイッチを踏んでおいて、扉が開ききったら全力で走るんだ。うまくいけば扉が閉まる前に滑り込みで入ることができる。一度その方法でこういった仕掛けを突破済みだ」
「すごいね! その先にはやっぱりすごい宝物とかあったの?」
「いや、滑り込んだ先は落とし穴があってね。そのまま落っこちて死にそうになった」
「それ突破できてないよ! 罠にひっかかってるよ!」
「……その方法はやめておきましょう」
絵理が激しく突っ込みを入れ、杏花は困ったような顔を浮かべて透夜の案をやんわり否定する。
仕方ないので透夜は他の作戦を考え、やがて思いついた別のアイディアを二人に告げた。
「じゃあ一人がスイッチを踏んで、一人が開いた扉の中に入る。もう一人は扉の前で待機して中と外に備えるってのはどう?」
「それが良さそうだね」
「そうですね。一番無難な方法に思えます」
三人は話し合い、透夜が部屋の中に入り、絵理が扉の前で待機、杏花がスイッチを踏み続ける、という役割分担となった。
「それでは、よろしくお願いしますね」
杏花が床スイッチに乗り、扉が開いていく。
透夜、絵理は二人連れだって通路の先へと進む。
扉の前で絵理は立ち止まり、透夜はそのまま部屋の中に入った。幸い、中は小部屋で探索もすぐに済みそうだ。
実際、すぐに探索は終わった。何もないということが分かったのである。
釈然としないものを感じつつ部屋から出てくる透夜。入口の前で待っていた絵理にそのことを伝え、二人は杏花のところにまで戻りはじめた。もういいよという感じで杏花に向けて手を振る。それを見た杏花もスイッチから降りて二人の方へと歩いてきた。
「どうでした?」
「んー……それがただのがらんどうの部屋でね。周りは壁だけだし、アイテムはもちろんスイッチもどこにもなかった」
「よく分からないよね……」
透夜と絵理が二人で首を傾げていると、杏花がなぜか青ざめた顔をしている。
「あの……それひょっとして……扉が閉まったら中から出られないってことじゃないですか……?」
恐る恐るという風情で述べられた杏花の言葉に、透夜と絵理が固まった。遅れて、二人の顔からも血の気が引く。
「そ、その通りかも……」
「こ、怖すぎるね……」
透夜は後ろを振り返り、今は閉じている扉を見た。
金属製だし、かなりの厚みもありそうだ。ファイアーボールを何度もぶつけたとして果たして壊せるかどうか。
透夜が先ほど口にした、似たようなしかけを突破して落とし穴に落ちた時には、その落ちた場所から通路がつながっていたので事なきを得たのだが、今回のしかけはそれに比べてあまりに質が悪すぎる。
透夜は二人に向き直り、ある提案を口にする。
「他の人がひっかかったら寝覚めが悪いし、紙にメモを書いて残しておこうか……」
「そうですね、それがいいと思います……」
杏花が同意し、絵理も力強く何度も頷いている。
透夜は絵理から紙とペンとインクを借りた。自前のものを使わなかった理由は、透夜がかつて荷物のほとんどを落としてしまった時に、それらも失っていたからである。
『この先の扉は中から開けられませんし行き止まりです。部屋を調べるつもりなら誰かがこの床を踏んでおいてください』と書いた紙を床スイッチのそばに置き、荷物の中から石を取り出して上に重しとしてのせる。
「これでいいかな」
「うん。これなら分かってくれるよ、きっと」
誰も犠牲者が出ないことを改めて祈りつつ、三人はこの恐るべき場所を後にした。