031 青い鎧をまとった騎士との戦い
先ほどスイッチを踏んで起きたハプニングのせいでうやむやになっていたが、透夜たちは右手側沿いに歩いていた壁に三つ目の通路を発見していたのだった。
その通路へと入っていく三人。やがて新たな広い空間へとでた。
先ほどの大広間のような場所よりは狭いものの四角い大部屋となっており、正面と左右の壁に新たな通路と思しき穴が開いている。それら通路の先は暗くて奥まで見通せない。
……とそこまで確認した三人の背後から、大きな金属音が聞こえた。
慌てて振り返ると、上から下りてきた鉄格子がさっき入ってきた入口をふさいでいたのである。
「罠!?」
「そうみたい……気をつけて!」
それぞれがすばやく身構え、正面と左右にある通路を見つめる。やがて自分たちの方へと近づく影が目に映り、ガシャガシャという金属音が聞こえた。
暗い通路の奥から一体ずつモンスターが現れる。
青い鎧を全身にまとった騎士、といったところであろうか。右手には剣を、左手にはやはり青を基調とした色合いの盾を持っている。
しかしその鎧の下は影法師のように真っ黒だ。兜は目の部分が覆われておらず、その奥から赤い光がらんらんと輝いている。
透夜も見たことのない敵であった。こういう時は、とりあえず自分の全力をいきなり叩きこむに限る。
「まずは魔法で!」
「わかった!」
「ええ!」
透夜は得意のファイアーボールを、絵理と杏花は昨日マスターしたばかりのアイスジャベリンとウィンドカッターをそれぞれ唱えはじめる。
「アイスジャベリン!」
「ウィンドカッター!」
ほぼ同時に完成した氷の槍と風の刃がそれぞれ絵理と杏花の前方に放たれた。
かなりの魔力が込められたそれらは、昨日の練習の際とは比較にならないほどの大きさで青い騎士へと襲い掛かる。
氷の槍が一体の青騎士の胴鎧を砕いて突き刺さり、風の刃はもう一体の青騎士が構えた盾を両断してその腕をも切り裂いた。抉られた箇所から黒い影のようなものがガスのように漏れ出ていく。しかし、まだ倒すには至らない。
「ファイアーボール!」
透夜は全力でファイアーボールを放つ。透夜は最大級のファイアーボールを行使しても、まだまだ魔力には余裕がある。だから後先考えずに本気で攻撃した。
その甲斐あってか、透夜の目の前の青騎士は火球が着弾すると同時に爆発にのまれ、鎧も中の黒い影もバラバラに吹き飛んだ。すくなくともスライムほどの耐久力はなかったらしい。
透夜はすぐさま左右を確認する。
胴体に穴の開いている青騎士が絵理へ、盾を失っている青騎士が杏花へと距離を詰めている。さすがにもう魔法を行使する時間はなさそうだ。
絵理は右手に剣を持ち、杏花は右手にメイス、左手に盾を構えていた。
それぞれ経験を積んでいる二人だが、戦いの構えは杏花の方が堂に入っているように思える。
透夜は愛用の片刃刀を腰から引き抜いて盾も構えると、まずは絵理の前にいる青騎士のほうへと駆け出した。
青騎士は踏み込んできた透夜に向けて剣を振る。それを透夜はなんなく盾で受け流した。
よろけた相手に向かって、右手の剣を真横に薙ぎ払う。
さきほど絵理が魔法で穿っていた鎧の胴部分をさらに透夜の刀が一閃し、青い騎士はあっさりと胴を鎧ごと断たれて崩れ落ちた。中の影法師も空中に消えていく。これで二体目。
残る三体目を求めて透夜、絵理も振り返る。
単独で立ち向かっている杏花のことが不安だったのだが、杞憂だったようだ。
青騎士の斬撃を杏花はメイスと盾でうまくさばいていた。防御に専念しているとも言える。
透夜、絵理がその戦いに割って入るとあっさりとケリがつき、三体目の青騎士も派手な音を立てて床に倒れた。透夜たちの勝利である。
「ふう……」
「杏花ちゃん、怪我はない?」
「ええ……大丈夫。でもさすがにちょっと緊張しました……」
「ごめん、一人で任せる形になって」
メイスと盾があるとはいえ、杏花は身を守る鎧を身に着けていない。敵の剣を受けたらさすがにただではすまないであろう。
しかし杏花は透夜の謝罪の言葉に首を左右に振った。
「ううん、さっきの状況は仕方ないですから。それに私だって戦えるんですし、自分の役目はこなさないと」
そう言って両手のメイスと盾を示した。
透夜たちが入口を見てみると、いつの間にか鉄格子が開いていた。どうやらここから出ることはできそうである。青騎士を全て倒すことでトラップが解除されたということだろうか。
ただ、念のため青騎士が出てきた暗い通路の先も調べることにした。普段一定の明るさで保たれているこのダンジョンだが、それらの場所は見通せない闇で満たされている。
透夜は左手に盾を持ち、右手では魔法の文字を描く。
「ライト」
言葉と共に、透夜の持つ盾が明るい光に包まれる。ライトの魔法は空間だけでなく無機物にもかけることができるのだ。
盾を持って慎重に、暗い通路へと歩を進める透夜。絵理と杏花は念のため部屋の中央に残っている。暗路は数歩歩くとすぐに行き止まりに突き当り、透夜はふたたび二人の前へを姿を表した。続いて他の通路へ同じように足を踏み入れる。
やがて三本の通路をすべて調べ終えた透夜が、右手に先ほどまでなかった物を持って戻ってきた。最後に調べた通路の奥の壁にくぼみがあり、アイテムが安置されていたのである。
「それは?」
絵理が尋ねると透夜はそれを二人に見せる。
「ナイフだね。形からすると投げて使うものだと思う」
透夜が身に着けているスローイングナイフとは少し形状が違うものの、たしかに透夜の言葉通りのもののようだ。それが二本。
「投げナイフ……そういえばいつか浅海くんがやってたね。大きな虫をシュッ……って一撃で倒しちゃったんだよね」
「霧島さんもやってみたら? 練習しておいて損はないよ」
「う……たしかに、またああいった虫が出てきた時に便利そうだね……じゃああたしがもらってもいい?」
「ええ。私もそれで構わないですよ」
尋ねた絵理に杏花も笑顔で答える。透夜は手に入れた二本の投げナイフを渡した。絵理はそれを受け取ると嬉しそうにベルトに差す。
「でもなかなか鎧は見つからないね……」
絵理が少しだけ残念そうな口ぶりでつぶやく。
投げナイフという武器が増えたのは嬉しいが、やはりいつまでも鎧が制服のブレザーというのは心もとない……というかそもそも鎧と呼ぶことさえ無理がある。杏花もしっかりとした鎧を身に着けていれば、先ほどの青騎士との闘いも普通に一人でケリをつけていた可能性が高い。
「鎧か……そういえば……」
透夜は自分たちが倒した青い騎士たちの残骸を見た。
床には青い鎧の各パーツがひしゃげ、散らばっている。中身だったらしき黒い影はもはや一分も存在しないようだ。
透夜が何を考えているかに気付き、杏花は慌てて口を開く。
「もうしわけないけど、さすがにそれは遠慮したいです……」
「うん……あたしもちょっと嫌かな……」
「あ、やっぱり?」
もちろん透夜は、ひょっとしたらこの青い鎧を身に着けることができるのではないかと思ったのだ。
ただ本人たちが嫌がっていることもあり、無理強いすることはやめておいた。
それにひょっとすると呪いのアイテムのようなものかもしれないし。
三人は転がる鎧のパーツに手をつけることなく、この部屋を後にした。