003 透夜の行動にドン引きする絵理
透夜たちはダンジョンに放り込まれた時、荷物一式とともに粗末な剣を渡されたものの、着ているものは学生服のままだった。
絵理も兵士たちから支給された大型のベルトを制服のブレザーに無理矢理巻きつけて、そこに剣の鞘などを下げている。しかし透夜はもう制服を身に着けておらず、ところどころが金属に覆われている革を主体にした鎧をまとっていた。
ここに至るまで、絵理のクラスメイトも何人かがこのダンジョンで鎧のようなものを手に入れていた。きっと透夜もどこかで入手したのだろう。
ただ、透夜の装備に関してはむしろその鎧よりも目を引くものがあった。腰のベルトの左右にそれぞれ三本ずつガラスのビンが下げられているのだが、中は水色、青色、緑色といった様々な色彩を帯びた透明な液体が入っているのだ。
まるでジュースのようにカラフルなそれらを指さし、絵理が透夜に尋ねる。
「その色のついた水は何?」
「ああ、これ? ポーション」
「はあ……? ポーション……? あのゲームなんかでよく出てくる?」
「うん。もちろんこれも僕が勝手にそう呼んでるだけだよ」
「そ、そうなの……ひょっとして宝箱から手に入れたり?」
絵理は冗談めかしてそう聞いた。しかし透夜は首を左右に振る。
「ううん。僕が自分で作った。魔法で」
「……はああああああああ!?」
予想の斜め上をゆく答えに、絵理はすっとんきょうな声をあげた。
さっきからついていけない出来事ばかりだ、と絵理は心の片隅で思った。でも仕方がない。先ほどから自分の理解を越えることが起きすぎているのだ。もちろん、そもそも今自分がいるこの世界こそがもうすでに理解の埒外なのだが。
というか、自分はすでに本物の魔法を見ているのではないのか。ワームに食べられそうになったあの時、変な言葉を聞いたと思った瞬間、目の前で爆発が起きた。
「そういえば、さっきワームが吹き飛んだのって、浅海くんが何かやったんだよね?」
「うん。ファイアーボールの魔法を使ったんだ」
「うそぉ……って言いたくなるけど、信じざるを得ないよね……」
先ほど自分が間近で見て感じた爆発の衝撃と轟音、あれは幻覚やトリックなんかではありえない。もちろん現代科学による何かである可能性もあるが、目の前のクラスメイトがそんな兵器を持っているならそれはそれで同じくらいびっくりだ。
「ねえ、ひょっとしてあたしにも魔法って使える?」
「多分使えるよ。というか、おそらくみんな使えるんじゃないかな?」
みんな、というのはもちろんクラスメイトのことである。しかし、その言葉を聞いた絵理の顔が曇ってしまった。先ほどの出来事を思い出したからである。
「あ……ごめん……」
「ううん、気にしないで……」
言葉ではそういうものの、しょげている絵理を見て、透夜は少し考えたあと口を開いた。
「とりあえず、場所を移動しない? 近くに水場もあって比較的安全そうな場所を見つけてるんだ。それにそろそろお腹も空いてきたし」
本当はクラスの皆と合流すべきなのかもしれないが、絵理の身に起きたことを考えるとそれを提案することはできない透夜であった。
「うん。わかった」
「じゃあ決まりだね!」
暗い雰囲気を吹き飛ばそうと、透夜はあえて大きな声を出した。絵理も心の底からとは言えないものの、小さな笑みを浮かべてうなずく。
その表情を見た透夜も微笑み返し、やがてワームの死骸が転がる方へと向き直った。
「さてと……」
腰に下げている大振りのナイフを鞘から抜き、透夜は比較的原型をとどめているワームの側に歩み寄るとしゃがみ込み、その死骸に向かって刃を当てた。
「……? 何をしてるの?」
「……あー」
透夜の行動を疑問に思ったのだろう、その背後に近づいて声をかける絵理。その発言で透夜も我に返る。
つい、単独で動いていた時と同じような行動をとってしまった透夜。言おうか言うまいか迷ったが、どうせすぐばれることになるしと正直に話すことにした。
透夜は一旦ナイフを収めると立ち上がって絵理の方へと向き直る。ただ、その目は少し泳いでいた。
「その……食料の確保……」
「……え?」
「だから……このワームの肉を……食べるの……」
「……えええええええええええええええええええええ!?」
別れていた間に、このクラスメイトに何が起きたのだろうか。
恐ろしいものを目にしたかのように、絵理は軽く四歩は透夜から距離を取った。明らかにドン引きしている。
さすがに透夜も少し傷ついた顔になった。
「だ、だって……その、僕は落とし穴に落っこちてモンスターから逃げたりしている時、食べ物を含めた荷物の大半を落としちゃったんだ。その時はさすがに拾いに戻る余裕はなかったし……」
ほら、食料を失ったんだから仕方ないよね? というニュアンスで必死に弁解する透夜であったが、絵理の瞳は変わらずおびえている。
「ぼ、僕だって最初からノリノリで食べてたわけじゃなくてだね? 必要にかられてしかたなく……」
さらに言い募るものの、理解してもらえないことに気付いた透夜は、やむを得ず残酷な真実を口にすることにした。
「あんまり言いたくないんだけど、全員食料はそこまで持たされなかったよね? だから……」
「……待って。言わないで……」
自分を待つ恐ろしい未来に気付いて、絵理はうつむきながらも透夜に向けて手を伸ばし、それ以上の言及を止めてもらった。
そう。いつかは食料が尽きる。でも生きるためには何かを食べないといけない。ダンジョンのところどころに綺麗な水が湧く場所はあったものの、さすがにりんごやトウモロコシやチーズなんかが床に置いてあるということはなかった。
となると、今透夜がやっているように、モンスターの肉を食べるという結論にたどり着くのは決しておかしくはない。
おかしくはないが……生理的な嫌悪感が先立つのはどうしようもなかった。
そういえば先ほど、ワームを見かけて透夜はこの場所に来たと言っていた。
つまり、彼は食料を求めてワームを追いかけてきたということで、嫌な言い方をすれば絵理はワームの肉のついでに助けられたようなものだ。
透夜はそんな絵理を元気づけようとしてか、なんのことはないという風情で切り札となる言葉を発した。
「その……すでに何度も食べてるけど、慣れればけっこう美味しいよ?」
「なんのフォローにもなってないよっ!!」