024 地下五階。どちらの道を進もうか
ワームの解体と肉の補充も完了し、透夜たち三人は地下五階へと下りてきた。
ちなみに透夜は念のためにワームの肉を多めに確保していた。
透夜は地下五階という階層自体はすでに経験済みだが、それは別の階段を使って下りた場所にすぎない。今いるエリアに関しては未知の領域だったからである。
階段を下りた先、しばらくまっすぐの通路を歩いた透夜たち。
やがてたどり着いた先に広がっていたのは大きめの部屋だったものの、正面は石壁が連なっており、左右の壁の中央が開く形で道が伸びていた。
気になったのは正面に並ぶ石壁の一画が、大きなパネルのように磨かれた石板となっていたことだ。そこには何か文字が書かれているように見える。
透夜たちはまず最初にその綺麗な石板部分の正面に近づいた。一枚板には大きな文字でこう書かれている。
【右と左。好きな方を選んでよ】
それを見た透夜が呆れたように吐息をもらした。
「やっぱり、このダンジョンはよく分からないね……」
「そうだね……」
絵理が言葉で、杏花が首肯で同意する。
ここに来るまでの階でも、同じような石板とそれに書かれている文章を見たことが何回かある。
それらは場所の名称を示すような内容だったり、宝が隠されていることをほのめかす内容だったり、危険に対して忠告するような内容だったりした。
ただそれらと同じくらい、書かれた真意がさっぱり分からないような内容のものもたびたび見かけた。透夜が溜息をついた理由はそのことを思い浮かべたからである。
「普通に考えるなら、この左右の道を好きに選べってことなんでしょうけど……」
杏花が石板に背を向け、部屋の両側から伸びる通路の入口ふたつの間で視線を往復させた。
「わざわざ石板に書かなくったって、選ぶしかないのにねえ」
呆れたように笑う絵理。三人は石板が示しているであろう、左右の通路がよく見える部屋の中央へと移動する。
その場所からそれぞれの通路を見てみると、どちらも同じような道がまっすぐに伸びている。通路の幅は広く、三人が横に並んで武器を振るうこともできそうだった。
「どっちに向かおうか?」
透夜の問いかけに考える二人。といっても、その問いへ自信を持って返せる答えなど持ち合わせていない。
「こういう時は、あれやってみる?」
「あれ?」
新たに発せられた透夜の言葉に、絵理が首を傾げた。その『あれ』というものがまったく想像できない。杏花も顔に疑問をはりつけて透夜を見ている。
「ほら。棒を立てて、倒れた方に向かうってやつ」
「ああ、なるほど。それはいいかもしれませんね」
得心がいったらしい杏花が微笑み、小さく手をうった。
「じゃあ、あたしがやってみていい?」
絵理が自分の腰に下げている剣を示して言った。
「うん、それでいいよ。僕の剣は片刃だからちょっとやりづらそうだし」
「えへへ、それじゃ……っと」
絵理は腰から両刃の剣を引き抜き、その尖った剣先を床にそっと突き立てた。そして柄を持つ手をぱっと離す。やがて剣が音を立てて倒れたのは……。
先ほどの石板がある側、一面の壁が広がる方向だった。
「……」
しばし、気まずい沈黙が訪れる。
「ま、まあ、その……やっぱり自分たちの意志で決めようか?」
「そ、そうですね……未来は自分で切り開くものですし」
「う、うん! そうしよう!」
絵理は照れ隠しに早口でそう喋りつつ、拾い上げた剣を鞘に収めた。
先ほどの行ないが初めからなかったかのような態度で、三人はもう一度左右の道の先を見てみる。しかし、やはり大した差があるようには思えない。
「どっちも同じに見えるし、右から行ってみようか?」
「ええ、そうしましょう。どちらが正しい道かなんて分かりませんし」
床や壁を見てみても、何かが移動したかのような形跡はあるようなのだが、それは左右の道どちらも大差なかった。危険度もあまり変わらなさそうである。
三人は頷きあうと、透夜を先頭に右側の通路へと入っていった。