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023 よみがえるトラウマとの戦い

 道中ファンガスを含む敵と何度か遭遇したものの、あっさりと蹴散らした三人。


 最初の頃の絵理とは違い、杏花はすでに剣を使ってファンガスをはじめとするモンスターと何回か戦っていたこともあり、透夜のサポートは特に必要としなかった。


 杏花は道中の戦いの間に、マジックミサイルの使い方もマスターしている。


 絵理も、ファンガスくらいなら剣の力だけでも一対一で、そこまで時間をかけずに仕留められるほどになっていた。


 途中で一度昼休憩をとったあと、やがて地下五階へと下りる階段を見つけ、透夜は絵理と杏花を振りかえった。


「あそこから下りようか」


 絵理、杏花の二人にとっては初の階層となる地下五階。


 透夜は地下五階はもちろんそれよりも下に潜っていた時期があるわけだが、目の前の階段を使うのは初めてだ。その先が未知の空間であることに変わりはない。


 気合を入れなおしていた三人の前に、階段わきの通路から一体の巨大なモンスターが現れた。


「……ひっ!?」


 そしてその姿を見た絵理は悲鳴をあげ、硬直してしまう。それはあの恐ろしい芋虫型の化け物、ワームだったのである。杏花もワームの姿を見たのはこれがはじめてであり、たちまちその顔が青ざめた。


 しかしそれでも絵理の状態よりはまだましだった。絵理は体が震え始め、歯もカチカチと鳴っている。かつての記憶が呼び起こされているのだ。


 先ほどまでの戦いを難なく切り抜けていたのが嘘のように、今では身構えることすら忘れている。


 それを見てとった透夜は二人の前に立って剣を抜いた。絵理と杏花が持つ剣よりも優れた切れ味を持つ、このダンジョン内で拾った片刃刀。


 今の透夜なら、この刀一本でもワームに負けることはない。というかわざわざ剣を抜かずとも、得意のファイアーボールを撃つだけで近づく前に仕留めることすらできる。


 しかしそれでは二人のためにならない。特に、絵理のワームに対する恐怖心が残ったままでは駄目だと透夜は強く感じた。


 前衛に立つのは無理でも、せめて戦いには参加してもらわないといけない。ワームを倒したという記憶で過去のトラウマを塗り替えるのだ。


 左手には盾を構え、透夜は前を見据えたまま声を張り上げた。


「僕がワームをひきつける。二人は魔法のサポートをお願い!」


「わ、分かりました……!」


「……」


 あの巨大芋虫が話に聞いているワームと認識した杏花はそれに応え、絵理もかろうじてコクコクと頷いた。


 透夜は剣と盾を手にして前へと出る。


 体長が4~5メートルはありそうなワームが、透夜を獲物と定めて這いずりよってくる。


 そして牙が生えそろった大きな口を開け、透夜へと襲い掛かった。


「……あ、浅海くん……!」


 絵理が震えながら恐怖の声をあげるが、透夜はあっさりとその攻撃を盾で受け流した。体勢も崩れていない。


マジックミサイル( 魔 矢 )!」


 早くも動揺から立ち直った杏花が魔法を行使した。生まれた魔法の矢が透夜を迂回するように飛翔し、ワームの胴体に突き刺さる。ワームは身をよじった。


(あ、あ、あたしも何かしないと……)


 杏花と同じようにマジックミサイルの魔法を行使しようとする絵理。しかし、絵理から魔法の矢が放たれることはなかった。魔法の文字を正確に描くのに失敗したのである。


 もう一度同じ動作をとる絵理だったが、やはり上手くいかなかった。どうしても指が震えてしまうのだ。


(そんな……そんな……このままじゃ、あたしまた……)


 のたうつワームが透夜に向かって激しく牙を突き立てた。やはりその攻撃を盾で受けた透夜だったが、今度はいくつかの牙が透夜の腕をかすめた。籠手の革でできた部分がえぐり取られる。


(浅海くん……!)


 声にならない悲鳴をあげる絵理。


(しっかり、しっかりしないと……!)


 三たび、マジックミサイルの魔法の言葉を宙に刻もうとするが、やはり駄目だった。光る文字は効果を発揮することなく立ち消える。


「霧島さん! あの杖を使うんだ! あれなら言葉とイメージだけでできる!」


 透夜が目の前の敵を見据えたまま叫んだ。その声は力強くはあったものの切迫感は含まれておらず、聞いた絵理の心が少しだけ落ち着く。


(そ、そうだ!)


 あの杖なら、簡単に魔法を行使することができる。


 そんなことまですっかり忘れてしまっていた。


 絵理は慌てて腰から杖を引き抜く。そして精神を集中した。これくらいなら今の自分にだって出来る!


 ――お願い、浅海くんを守って!


マジックシールド( 魔 盾 )!」


 絵理の言葉と共に、透夜の体が光の障壁に包まれた。借り物とはいえ、絵理の力で魔法を発動させたのである。


(や、やった!)


「ありがとう。霧島さん!」


 透夜は満足げな笑みを浮かべた。そこにワームがまたも牙を突き立ててくるが、もはやその攻撃が透夜に対して効果をあげることはなかった。透夜がうまく受け流したのにくわえ、マジックシールドによる光の障壁が透夜の体を守っている。


 そして絵理は気付いた。いつの間にか体の震えも止まっているということに。


 今ならきっとやれる。


 マジックミサイルの魔法文字を正しく宙に描き、魔法の言葉も間違うことなく詠唱した。


マジックミサイル( 魔 矢 )!」


 今度こそ完成した魔法の文字がひときわ輝き、絵理のもとから一本の光の矢がほとばしる。


 四度目にしてようやく、絵理はあのおぞましいワームへと魔法で攻撃をすることができたのだ。


 魔法の矢は見事にワームの胴体に突き刺さる。そこに、遅れて魔法を使った杏花による光の矢も追撃した。


 のけぞるワームに対し、はじめて透夜が自分から動いた。


 もがくワームの横に回り込み、縦に片刃刀を一閃する。


 たちまちワームは胴体を深く切り裂かれる。つづけて返す刀で横にもひと薙ぎ。大きな十字がワームの体に刻まれた。


 体液を巻き散らしながらワームは苦しみにのたうち、やがて床に倒れ伏す。


 巨大な芋虫はしばらくビクビクと動いていたものの、間もなくその活動を終えた。


 透夜たちはワームとの戦いに勝利したのだ。


「ふう……」


「やった……やった……! あのワームを倒せたんだね!」


「こ、怖かったです……」


 剣を収めて戻ってきた透夜。


 絵理は満面の笑顔で、杏花はまだ少しの恐怖と生理的嫌悪感の残るぎこちない笑みでそれぞれ迎えた。


「うん。みんなの勝利だね」


「浅海くん……その……ありがとう」


「……何が?」


 絵理が何についてお礼を述べたのか、もちろん透夜も理解していたが、あえて何も言わなかった。そのことに気付いた絵理の笑みが深くなる。


「えへへ……じゃあ何でもないことにしてあげる!」


「……うん」


 透夜と絵理、二人は微笑んでしばし見つめあう。杏花はそんな二人の微妙な距離感になんとなく気付いていたが、あえて何も言わずに別のことに関して口を開く。


「ところで浅海君、怪我はありませんか?」


「あ、そうだ! ワームに食いつかれてたよね!?」


「ああ、あれくらいなら大丈夫だよ。かすり傷だから」


 心配そうに見つめる二人に、腕を見せながら笑って答える透夜。


「……どう見てもかすり傷ではすまない攻撃に見えたんですけど……」


 とつぶやく杏花であったが、見せてもらった腕も鎧の革部分が少し抉れているだけで出血等はないようだ。


「あのワームを剣であっさり斬り倒したり、やっぱり浅海くんは色々と普通じゃなくなってるよね……」


「うーん、自己鍛錬や経験を積んだおかげだと思うんだけど……二人もいつかワーム相手に剣一本でやりあえるようになるよ」


「ええええ?」


「それはちょっと……」


 仮に剣だけであっさり倒せるようになったとしても、やはりワームのような気持ち悪い化け物には近づきたくないなと思う二人であった。


「さて、と……」


 が、しかしそんな二人とは違い、透夜はステップでもするかのような足取りでワームの死骸へと近づき始めた。その手には早くもナイフが握られている。


 この時点ですでに、絵理は透夜が今から何をしようとしているのか分かっている。杏花もまさかとは思ったものの、恐る恐る透夜にむかって疑問の言葉を投げかけた。


「もしかして……それも食べるつもりなんですか?」


「うん。そうだよ」


 あっさりと返ってきた肯定の返事に、杏花は言葉を失う。昨夜ファンガスの肉を食べた杏花であったが、さすがに巨大な芋虫モンスターの肉となると話は別だ。


「浅海くん、あたしの分もお願いしていいかな?」


「え、絵理!?」


 まさかの絵理の言葉に、さすがに杏花が友人の顔をまじまじと見た。


 透夜も少し驚いたように絵理を見つめている。


 二人に対し、絵理は照れているような表情で答えた。


「その……ワームを協力して倒した記念……みたいな?」


 絵理の言葉を聞いて、杏花はどこかふっきれたような顔を見せた。


「ああもう……それじゃあ浅海君、三人分お願いします」


「きょ、杏花ちゃん!?」


「私だけ食べないのも、仲間外れみたいでなんだか嫌ですから……」


 絵理もあわてて杏花を見つめたが、杏花は色々なものを諦めたかのような笑みを浮かべていた。

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