022 とりあえず地下五階を目指す
「クレンジング」
眠りから覚めて寝具から起き上がった透夜たち三人。
やがて三者三様に魔法の文字が描かれ、詠唱の言葉と共に魔法が発動した。
透夜、絵理はもちろん、もうすっかりクレンジングの魔法をマスターした杏花を含む三人の体と衣装からたちまち汚れが落ち、綺麗になった。
杏花もすでにいくつかの魔法文字の知識は頭に叩きこんでおり、絵理と同程度の魔法はイメージできるようになっていた。もっとも、実際に使ったことがあるのはまだライトとクレンジングだけだ。
「今日はこれからどうするの?」
絵理は二人をそれぞれ見ながら声を出す。透夜は少し考え、杏花の方に顔を向けた。
「昨日のことだけど、僕たちはある程度探索が済んだら地下五階に下りようと思っていたんだ」
「その前に杏花ちゃんを助けられたのはラッキーだったね」
絵理は自分を捨てていった仲間にはまだ会いづらいだろうし、杏花も不快な目で見るようになった男子生徒たちにあまり会いたくはないだろう。もう破れていた衣服は元に戻っているとはいえ。
杏花は地下三階から四階に下りてきたと言っていたから、やはりこのまま先に進んだほうが良さそうだというのが透夜の中に生まれた結論であった。
とはいえ、下の階に進むというのはより大きな危険が伴う。杏花もそれは分かっているはずだが、先ほどの透夜の言葉に同意するように頷いた。
「先に進むのは構いません……立ち止まってるわけにもいきませんから」
「そうだね……そういえば、渡良瀬さんは何か特別なアイテムとかは手にいれなかったの?」
杏花も絵理と似たような格好をしている。制服のブレザーの上からこの世界でもらった大きめのベルトを無理に巻いて、そこに剣やら水袋やらを下げているのだ。
他の荷物に関してもやはり絵理と似たような初期装備のままであった。幸い杏花もガラスビンをひとつ持っていたので、今では絵理が作ったヒーリングポーションが入っている。
「その……やっぱり男子が前に立って戦うことが多くて……だから強そうな武器はもちろん、鎧や盾なんかも男子が優先になってしまったんです」
「うん……うちのチームもそうだったよ」
「そういえば霧島さんも、助けた時は初期装備のままだったね……」
「まあ、今はこれがあるけど」
絵理は腰にさしている小さな杖を引き抜いた。あのマジックシールドが魔力消費なしに使える杖である。
「それは?」
尋ねる杏花に絵理はそのことを説明する。
「へえ、そんなアイテムもあるんですね……すごく便利」
「とりあえず地下五階には下りるとして……探索を行ないながら先に進もうか。この杖みたいに、誰も見つけてないアイテムがまだあるかもしれないし」
「そうですね」
「あたしも賛成。広いもんね、このダンジョン」
絵理はしみじみと思う。
地下一階はそうでもなかったが、二階から広さを感じるようになり、三階と四階はそれ以上の広さだった。おまけに早くも二階から下に向かうための階段がいくつも見つかるようになり、結果的にチームが分かれるきっかけになったわけだが。
地下五階以降もさらなる広い迷宮が待ち受けていても不思議ではない。そしてそれは、他の仲間と合流できる可能性が低いということも示していた。
悲観すべき事実のはずだが、そのことを残念だと思わなくなっていることを、絵理は自覚した。