020 初めてモンスターの肉を食べる少女たち
三人はこの階で透夜が拠点と認識している場所にまでやってきた。
部屋の一画にはどこからか水が流れてきているのか、人工物で囲まれた小さな泉がある。その水を飲料として利用できることは、すでに透夜も絵理も知っている。
杏花はまずその水をすくって喉を潤す。そして自分の水袋を水で満たし、破れている箇所が特にないことも確認する。
杏花が戻ってくるのと同時に、透夜は魔法を行使して床の一部に魔法の炎を燃え上がらせた。透夜がファイアーフロアと呼んでいる魔法である。
新たな魔法を目にした杏花が目を輝かせた。
「ほんとうにすごいですね。魔法って……」
「うん。杏花ちゃんもあたしといっしょに魔法の訓練をしようよ」
「ええ、よろしくお願いしますね。浅海君、絵理」
「わかった。食事が終わったら教えるよ」
「……」
食事という言葉を聞いた杏花の顔がひきつった。もちろん、今からモンスターの肉に挑戦しなければならないということを思い出したからである。まだ実際に自分で試したことのない絵理も似たような表情を浮かべていた。
「まあファンガスの肉ならそこまで抵抗はないと思うよ? キノコだし」
「普通は抵抗を覚えると思うんだけど……」
「ええ、私もそう思います……」
杏花も戦ったことがあるキノコの化け物を透夜がファンガスと呼称していることは、すでに彼女も教えてもらっていた。
しかし、まさかあれを食べることになろうとは……。毒々しいあの赤い傘が脳裏に浮かぶ。
鉄串に手際よくファンガスの肉を突き刺していく透夜をただ見つめるしかできない杏花。もはや後戻りできないところにまで来てしまっている。もちろん絵理もだ。
やがて透夜から二人に肉が刺さった鉄串が渡された。
透夜は自分の肉を火にかざす。絵理と杏花の二人もそれにならって手に持つ串を火の中にさしだした。
しばらくすると、焼ける音に混じって良い匂いが漂ってきた。こうしてみるとたしかに、キノコを焼いているような感じである。
そう、ただちょっとそのキノコが大きくて自分で動く生物だっただけのことだ。
……と無理矢理自分を納得させようとする絵理と杏花。
「そろそろ大丈夫だよ。熱いのに気をつけて食べてね」
と言うが早いか、透夜は串を手元に引き寄せると、刺さってる肉にかぶりついた。
絵理も杏花も串を手元に引き寄せたものの、まだ食べずに透夜が肉を食べる様子をまじまじと見ている。
絵理はすでにその光景に慣れてはいたが、今から自分がその行動を取ると思うと、なかなか目が逸らせなかった。
――で、でももう食料も尽きかけてるんだし、勇気をもってチャレンジするしかない! それにワームの肉よりは数倍マシだし!
と自分の中の勇気をふり絞り、目をつぶってかみついた。
杏花もあっけにとられるように絵理の姿を見ている。その視線の先で絵理はもぐもぐと口を動かし、やがてごくんと飲み込んだ。
「だ、大丈夫ですか? 絵理……」
「……あ、これ意外といけるかも」
「でしょ?」
「う、うそ……?」
予想外の味に驚いている絵理、そしてにこやかな透夜。杏花は未だ半信半疑だ。しかし結局は自分も食べるしかない。さすがに飢え死にするのは嫌だ。
杏花も目をつぶり、目の前に肉に挑戦した。小さくかじりとり、おそるおそる口を動かす。しばらくして目を開いた杏花は、口の中のものをそのまま飲み込んだ。
「ほんと……キノコみたいで普通に食べられる……」
「うん……塩があるとたぶんもっと美味しくなりそう」
杏花、絵理は先ほどまでの抵抗もどこへやら、無心にファンガスの肉を食べ始めた。すっかり忘れていたが、お腹が空いていたのである。
透夜も満足気な笑みを浮かべて二人の様子を眺めつつ、自分も食べることに専念した。次はワームの肉にも挑戦してもらいたいな、などとある意味おぞましいことを考えながら。