002 いきなり放り込まれた異世界ダンジョン
「その……ありがとう……」
「どういたしまして……立てる?」
「うん……大丈夫……」
まだ心ここにあらずといった感じの絵理だったが、何とか透夜の手を借りることなく立ち上がる。もう体の痛みもほとんどない。何気なく辺りを見まわした絵理は、視線の先で巨大芋虫の残骸が散らばっているのを再び目の当たりにし、透夜の背に隠れるかのようにその場から飛び退った。彼の背後から透夜に問いかける。
「その、一体何がどうなってるの?」
「どちらかというと僕がそれを聞きたいんだけど……他のみんなは?」
絵理の方に向き直った透夜が何気なくその言葉を発すると、彼女の顔が大きくゆがんだ。つい先ほど、自分がクラスメイトに見捨てられたことを思い出したのである。
「ど、どうしたの?」
「あたし……見捨てられたの……」
「え!?」
再び涙がこみ上げてきた絵理。どうすればよいか分からずおろおろとする透夜だったが、やがて絵理がぽつりぽつりと先ほどの出来事を語り始めた。
大きな広間で一休みしていた時、先ほどの巨大な芋虫が突然、開かないと思っていた木の扉をぶちやぶって現れたこと。
そして一瞬でパニックに陥った仲間――クラスメイトたちに見捨てられたこと。
「なるほど……僕は遠くからワームの姿を見かけてたまたまこっちに来たんだけど……助けることが出来て良かったよ」
「ワーム?」
「ああ、この芋虫みたいな化け物のこと。僕が勝手にそう呼んでるだけだから、正式名称は知らないけどね」
透夜は先ほどワームがぶち破ったという木の扉を振り返った。絵理から見ると、透夜はこの木の扉の向こうからワームを追う形で現れたことになる。もちろん透夜はここに来るまで絵理の身に危険が迫っていることなど知る由もなかったが。
「それで浅海くんはいったいあれからどうしていたの? いつの間にかいなくなっちゃったけど……」
絵理は最初に尋ねようとしていたことを改めて問いかけた。絵理をはじめとするクラスメイトの視点から見ると、透夜は数日前から行方不明状態となっていたのである。
透夜は単独行動を好む性格が災いし、クラスメイトたちと一緒に探索を行なっている最中、休憩時だったというのに一人で遠くを歩きまわり、その時に落とし穴に落ちてしまっていたのだが……。
「うん。実は落とし穴に落ちたんだけど、幸い下にクッションがあってね」
「そ、それは確かにラッキーだったね」
「まあそのクッションって、たまたま落下地点にいたモンスターのことなんだけどね。そのあとそいつにめちゃくちゃ追いかけ回された」
「……」
ラッキーでもなんでもなかった。と思う絵理であったが、透夜は気にせず続ける。
「それでそのモンスターからもなんとか無事に逃げて、あとはいろいろさまよい歩いて、ようやくこうやって霧島さんと合流できたわけだけど……」
かなり大雑把な説明を終えた後、透夜は周囲を見まわした。
「ところで、ここって地下何階? ずっと迷ってたせいでよく分からないんだけど、三階か四階あたり?」
「そうね。あたしたちが無理矢理放り込まれたところを地下一階と仮定するなら、ここは地下四階かな」
浅海透夜と霧島絵理は見咲ヶ丘高等学校の一年生。
透夜と絵理を含む彼と彼女のクラスメイトは、ある日突然、日本からこの異世界へと召喚されたのである。
それはおおよそ歓待という言葉から程遠いものであった。彼らはろくな説明もされず、やがて周囲を取り囲む完全武装した兵士たちの手で最低限の装備を持たされると、今二人がいるこの石造りの迷宮へと放り込まれたのであった。