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016 獣の集団に囲まれていた少女

 ――……シャン。


「ん?」


 歩きながら絵理と雑談をしていた透夜は、ふいに立ち止まった。


「……? どうしたの浅海くん?」


「しっ。今何か聞こえたような気が……」


 人差し指を口の前にかざした透夜は耳をすます。


 絵理も口を閉ざし、透夜にならった。


 ――ガシャン! ガシャン!


 今度の音は透夜だけでなく絵理にもはっきりと聞こえた。金属か何かが激しくぶつかって音を立てているような感じであった。それだけでなく、人の声のようなものも聞こえた気がする。


「誰かが戦ってるんじゃないか?」


「そ、それなら早く助けにいかないと!」


 以前クラスメイトから見捨てられた絵理だったが、今もし誰かがモンスターと戦っているというのなら、やはり駆けつけて手助けしたい、という気持ちが自然と湧き上がっていた。……それが以前組んでいた仲間たちだったら、複雑な気持ちにはなるかもしれないけれど。


「うん……こっちだ。行こう!」


 透夜、絵理は慌てて駆けだした。


 通路を走る途中、様々な道具や口から水をあふれさせている水袋が転がっているのを見かけた。絵理が所持している荷物と同じものである。つまり、トラブルに巻き込まれているのはやはりクラスメイトの誰かであろう。


 そして落ちているものが拾われていないということは、何かから逃げていたということだ。


 走る透夜と絵理は通路の角を曲がると大きめの空間に出る。まず視界に入ってきたのは四足獣の群れだった。


 多くの獣が一方を見据え、それぞれ吠えたり唸り声を上げたりしている。


「こ、こないで……」


 それとは対照的な弱々しい人の声が、獣たちが見据えるほうから聞こえてくる。しかも激しい金属音はそちらの方から鳴っているようだ。今も断続的に続いている。


「霧島さん。僕はファイアーボールを撃ったあと突っ込む。援護をお願い!」


「わ、わかった! じゃああの杖を使うね!」


 透夜はうなずくと、ファイアーボールの魔法を撃つために精神を集中しはじめた。


 絵理も腰のベルトにさしている杖を抜き、発動の言葉を詠唱してその魔力を透夜へと使う。


 杖は即座に反応し、マジックシールドの光が透夜の体を包んだ。光の強さから判断するに、なかなかの魔力が込められているようだ。


ファイアーボール( 爆火球 )!」


 やや遅れて透夜のファイアーボールが完成する。


 透夜から放たれた紅蓮の火球は四足獣の群れへと飛翔した。


 その中の一体に着弾した火球は、瞬く間に轟音と衝撃とを巻き散らす。


 着弾地点の近くにいた獣はすべて、その一瞬で絶命する。範囲から離れていた獣は何事かとそちらを振り返った。


 そこに透夜が石の床を蹴って駆ける。右手にはすでに片刃刀が、左手には盾が握られていた。


 透夜は手近な獣に剣を一閃させる。その斬撃はあっさりとモンスターの胴を割った。


 この四足獣は、おそらくあのワームの死肉をあさった連中だろう。透夜たちの世界で言うならハイエナのような生き物なのかもしれない。そうあたりをつけた透夜。


 手ごたえからすると、一体一体はそこまでの強敵ではないようだ。四足獣という見た目の予測から反して身のこなしもやや鈍重だった。しかしさすがに数が多い。


 先ほどから金属音がしていた方をちらりと見ると、鉄格子によって隔てられた部屋があり、その向こうに人影が見えた。


 どうやら、逃げ込んだ人間をこのハイエナもどきが取り囲み、鉄格子に体当たりをしていたということらしい。すくなくとも、現状はその人に関する安全は確保されていると言えそうだ。


「今助けるから! そこで待っていて!」


 透夜はそう叫び、新たな敵に向けて剣を振り下ろした。狙われた獣は頭を真っ二つにされて絶命する。


 透夜の背後からも、魔法の矢が飛んできて一体のハイエナもどきに突き刺さる。絵理がマジックミサイルを使ってくれたのだろう。


 絵理の方に獣が逃げていかないように気をつけつつ、透夜はひたすらに剣を振るった。


    ◇◆◇◆◇


 戦いはそこまで時間もかからずに終わった。マジックシールドの効果もあってか、透夜はほぼ無傷といっていい状態だ。


 透夜は背後を振り返って手をふり、もう安全だということを絵理に伝えた。


 絵理もほっとした表情を浮かべ、小走りに透夜のもとへとやってくる。


 そして絵理も奥に鉄格子があることと、その向こうに誰かがいることを確認した。


 鉄格子の向こうの人物は、絵理と同じ制服のブレザーを身に着けているようだ。女生徒らしい。


「モンスターは全部やっつけたから! もう安全だよ!」


 安心させようと、絵理は声をかけた。


 透夜はその間に鉄格子を開ける方法を探し、それがよく見かけるボタンで開閉するタイプであることに気付いた。


 あのハイエナたちが届かないような高いところにボタンがあったことが、この女生徒にとって幸いだったようだ。


「扉を開けるね」


「……はい」


 透夜の呼びかけに、まだ呆然としているのか力のない声が返ってきた。無理もない。あんな獣の大群に囲まれるなんて、今まで体験したこともない恐怖だっただろう。


 透夜がボタンを押すと、耳障りな音を立てながら鉄格子が上へとあがっていく。ずいぶんと体当たりされたようだが、機能に支障はないようだ。


 やがて透夜と絵理の前に一人の女生徒の姿が完全に現れた。未だ腰をぬかしたように、床の上にぺたんと座っている。透夜たち二人を見上げる少女がその唇を動かす。


「……絵理? それにひょっとして……浅海君……?」


「きょ、杏花きょうかちゃん!?」


 そこにいたのは透夜と絵理のクラスメイトであり、クラスで一番……いや、同学年で一番人気があると評判の女生徒、渡良瀬わたらせ杏花きょうかだった。


「………………渡良瀬さん……だっけ?」


 そんな同学年でトップクラスの有名人を前にしても、やはり名前を思い出すのに時間がかかったらしい透夜の様子に絵理はなぜかホッとし……。


 それと同時に、なんだか自分の時よりも思い出すまでの時間がワンテンポ早かったような気がして、モヤモヤしたものを抱えるのであった。

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