015 絵理、剣を手にしてファンガスと戦う
「きゃ、きゃああああああああ!」
「が、頑張って霧島さん!」
絵理の悲鳴と、透夜の声援が石壁で囲まれるダンジョンに響き渡る。
何が起きているのかというと、絵理がキノコの化け物、ファンガスと一対一で戦っているのである。しかも、剣を手にしてだ。
魔法を使えばもうファンガスは敵ではないことを、すでに絵理は理解していた。
しかし、剣の腕もちゃんと鍛えないといけないということも絵理には分かっていた。
それが理由で、こうして一対一で戦う舞台となっているのである。
絵理の体は、透夜がかけた微弱なマジックシールドによって淡い光の障壁に覆われていた。
透夜の力ならそれこそファンガスの攻撃などなんの痛痒も感じないくらい強固な障壁を張れるのだが、そのような勝ち方をしても絵理のためにならないと判断し、あえて弱くかけたのだ。
というか透夜の本音としては、そのままの実力で戦ってほしかったくらいなのだが、さすがにまだまだモンスターに対する恐怖心が残っている絵理にそこまで求めるのは難しかった。自転車の補助輪のようなものだ。慣れない今だけは必要ということだろう。
両者の戦いは先ほどから一進一退の攻防が続いていた。
絵理の剣は何回かファンガスの体を斬りつけているものの、まだ致命傷には至らない。
逆に、ファンガスも噛みついたり手を振り回したりするものの、腰が引けている絵理にはほとんど当たらず、当たっても大した効果はあげられなかった。
業を煮やしたのか、ファンガスは少し距離を取ると全速で絵理に向かって突進する。といっても、ファンガスはそこまで足の速いモンスターではない。あせらなければ普通に対処できるのだが、絵理は体を硬直させたまま、ろくな防御態勢をとることも避けることもできずにその体当たりをまともにくらってしまう。
「ひぐっ!」
衝撃にのけぞる絵理だったが、身を守る障壁のおかげか痛みもそこまでは感じず、数歩後ずさる程度で倒れることもなかった。
「よ、よくもやってくれたね!」
大した打撃ではなかったからか、絵理の中にある恐怖よりも怒りが上回った。
剣を両手に構え、勢いよく突っ込む絵理。ファンガスは自分が繰り出した体当たりの衝撃から、まだ立ち直っていなかった。
その眉間に、深く剣が突き刺さる。ファンガスはびくんと体を痙攣させると、やがて脱力した。
絵理はおそるおそる剣を引き抜く。支えのなくなったファンガスはそのまま床に崩れ落ちる。すでに絶命しているのだ。
絵理は透夜の方を振り向いた。透夜が自信ありげにうなずくのが見える。
「あ、あたしが倒したの?」
「うん。そうだよ。やったね霧島さん!」
「そ、そうなんだ……あたしが剣を使って一人で倒せたんだ……えへへ」
脱力し、へなへなと床に腰を降ろす絵理。それでも顔には笑みが浮かんでいた。
「ファンガスくらいなら大した相手じゃないって言ったけど、その通りだったでしょ?」
近づいた透夜が、絵理へと手を差し伸べた。絵理は何気なくその手を握り返し、ゆっくりと立ち上がった。
「うん……やってみるもんだね……ありがとう浅海くん!」
お礼を述べた絵理はまだ自分が透夜と手をつないでいることに気付き、少し赤くなりながら手を離した。
透夜も自分が無意識にやった行為を自覚したのか、顔を赤らめている。
「そ、それじゃあ先に進もうか?」
「う、うん」
「あ、でもちょっと待って。ここしばらく食べたぶんくらいの食料は補充しておきたい」
「そ、そっか」
透夜はそういうと床に倒れるファンガスへと近づいた。その手にはすでにナイフが握られている。
「浅海くん……あたしのぶんもお願いしていいかな?」
「えっ? じゃあ霧島さんも?」
予想外の言葉に、透夜は驚きの表情を浮かべて振り向いた。絵理はじっとファンガスの姿を見つめている。
「うん……食べてみる。もう持たされた保存食も少なくなってきてるし、それに……」
絵理はそこで言葉を切り、どこか誇らしげな表情を浮かべて続けた。
「あたしが、この剣で倒したファンガスなんだもの」
「……そうだね」
絵理の言葉に透夜はにっこりと笑った。