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011 二人で仲良くポーション作り

 あれからふたたび探索を続けた透夜と絵理だったが、クラスメイトの姿は一人も見かけることなく終わった。道中何回かモンスターと遭遇したものの、すべて既知の敵であったし巨大なワームでもなかったため、絵理も最低限の活躍をする形であっさりと蹴散らせた。


 二人は現在、比較的安全そうな扉つきの小部屋を見つけて中に入り、この日三回目の食事をとっているところだ。おそらくここで就寝することになるだろう。


「誰にも会えなかったね……」


「うん……」


 道中、自分たちによるものではないモンスターの死骸をいくつか見かけた。その多くは剣による傷がついていたため、明らかに人間の手によって倒されていたのは間違いない。


 クラスメイトは見つけることはできなかったものの、朗報もある。それはクラスメイトと思われる死体も同時に見かけなかったということだ。


「もうみんな下の階に進んじゃったのかな?」


「そうかもね。明日もう少しこの階を探索したら、僕たちも下におりてみようか?」


「うん」


 透夜は単独行動を取っていた時、この階よりもずっと下の階をさまよっていたことがある。


 それで分かったことだが、モンスターは下の階に行けば行くほどより強力な存在がうろついているようなのだ。だから可能な限り、下におりる前に絵理の腕前を上げたいと考えていた。


 この地下四階で強敵と言えるのはせいぜいワームくらいだ。絵理にとってはトラウマのような存在であろうし、対峙したらはじめてファンガスを倒した時よりも緊張で動けなくなる可能性がある。


 ちなみにワームは四階に出るまでのモンスターの中では、強さも大きさも外見の恐ろしさも段違いである。だから彼女のクラスメイトがワームを見て逃げ出してしまったのもそこまで不思議ではない。ここより深い階層でも普通に遭遇する。


 とはいえ、そのワームですら透夜にとってはすでにはるか格下の相手であったが。自分がサポートすることで、絵理がワームに立ち向かえるようになってくれたら、というのが透夜の本音である。


 あとはまだ見かけていない、あのワームの死骸を集団であさっていたらしき謎の魔物が少し気になるくらいか。透夜にとっても未知の敵である可能性が高い。


「それじゃあ、マジックポーションの作り方を教えてもらっていい?」


「うん。あと一緒にヒーリングポーションの作り方も教えるね。こっちは肉体の怪我を治すことができるんだ」


「すごいね! じゃああたしも両方覚えるよ!」


「ポーションはまだいくつか種類があるけど、この二つはほぼ必須だと思う」


 絵理は透夜の言葉にこくこくと頷いた。聞くだけでもその二種のポーションの重要さが理解できる。


「それじゃあまずはヒーリングポーションから。こっちのほうが簡単だし、霧島さんももう失敗せずに作れると思う」


 透夜は魔法について書かれた書物を取り出すとパラパラとめくる。そして該当のページのうち二か所に指をはさみ、両方を絵理に見えるよう順に広げた。


「まず僕が実際にやって見せるね。文字はこの『癒』と『水』を使うんだ……いくよ」


 透夜は空のガラスビンを左手に持ち、右手はいつものように魔力を指先に集中させた。


ヒーリングポーション( 癒 水 )


 透夜の魔法は問題なく発動し、空だったはずのビンがたちまち液体で満たされる。


 マジックポーションは青に近い色合いだったが、こちらは水色だ。同じように澄んでいて満たされた液体ごしに向こうの景色が見える。


 絵理はパチパチと拍手した。


「本当に鮮やかだね。あたしも早く浅海くんくらい魔法を完全に成功できるようにならないと」


 絵理はあのファンガスとの戦い以降、魔法を使う機会があったがたまに失敗に終わることがあった。


「何回もやってればいつかこうなれるよ。それに、霧島さんももう魔法を使ってもそこまで疲れなくなってきてるでしょ?」


「うん」


 昨日、ライトを二回使ってすさまじい疲労を覚えたのが嘘のように、絵理は魔法を使ってもそこまで疲れを感じなくなってきていた。いわゆる筋トレ効果が少しずつ出てきているのだろう。


「じゃああたしもやってみる……ビンを持って、と」


 絵理は自前の空き瓶を取り出した。


「すうはあ……ヒーリングポーション( 癒 水 )


 透夜がやって見せたように、精神を集中し、魔力を込めた指先で宙をなぞる。同時に魔法の言葉をささやいた。


 やがて魔力で描かれた文字が輝いて消えると、たちまち絵理が持つからっぽの瓶は水色の液体で満たされた。無事、ヒーリングポーションを作るのに成功したのである。


 今度は透夜がパチパチと拍手をする番であった。


「おめでとう。もう初心者は卒業してるんじゃないかな」


「ありがとう浅海くん……そうだ」


 絵理は手に持つポーションをずいっと透夜に差し出した。


「浅海くん、これ飲んでもらっていい? ほら、今日はずっと前で戦ってたし、それにあの時ファンガスに噛みつかれてたし……」


 とはいえ、ファンガスとの戦いでは本当に傷ひとつ負っていないのだが……やはり絵理には負い目があるのだろう。


 透夜はその気持ちをありがたく受け取ることにした。


「……うん。ありがとう。じゃあいただくね」


 絵理から手渡されたポーションをごくごくと飲む透夜。


「ごちそうさま。はい、お返しします」


 透夜は飲み干したポーションの空きビンを、絵理に返した。


「お粗末さまでした……それじゃ、いよいよマジックポーションの作り方を……あっ」


 ビンを受け取った絵理は何かに気付いたかのように、そのビンの口をあてるところを見た。


「……どうしたの? ……あ」


 絵理が見ているビンの口部を見てまもなく、絵理が何に気付いたのか透夜も気付いてしまった。


 そう、今透夜が口をつけたビン。これを使って絵理がマジックポーションを作って飲むと、それはいわゆる間接キスとなるのだ。


 しばし沈黙が流れた。絵理の顔は赤らんでいる。


 ただ冷静に考えてみると、絵理はすでに透夜と間接キスをしていた。もちろん昼間のファンガス戦における、透夜作のマジックポーションを飲んだ時である。


 ――も、もう済ませちゃったんだし、今さらそこまで気にしなくてもいいよね? ひ、非常時だし……。


 と自分を納得させようとする絵理。


「じゃ、じゃあご指導よろしくお願いね。浅海くん」


「う、うん。分かった」


 どうやら、絵理はうやむやのままにしようと決めたようだ。透夜もその案にのることにした。もちろん透夜の顔も少し赤くなっている。気にしないように努めようとしても、やはりお互いを意識してしまう透夜と絵理であった。


 透夜はせわしなく書物のページをめくる。


 動揺を吹き飛ばそうと、少し深呼吸をしたあとに語りだした。


「マジックポーションはヒーリングポーションと違って三つの文字を利用するんだ。だから、霧島さんがこれまで使ってきた魔法に比べると難しいと言える」


「うん」


「使うのは『魔』と『癒』と『水』の三文字。ただ、やり方そのものはこれまでと一緒だから心配しないで。今回も僕がまずやって見せるよ」


 透夜は自前の空いているビンを取り出し――つまり昼に絵理が口をつけたもののことだが――その時のことを思い出してふたたび顔を赤らめながらも、なんとか意識を集中しだす。


マジックポーション( 魔癒水 )


 透夜の魔法が発現してたちまち青色の液体がビンを満たす。体内の魔力を回復させる、マジックポーションが作成されたのだ。


「最初は魔力を控えめにやってみて」


「うん」


 絵理も自分のビンを片手に、精神を集中させる。そして宙に三つの文字をすべて描き、三つの言葉を力強く発音する。


マジックポーション( 魔癒水 )


 特にミスはしなかったはずなのだが、残念ながらビンは空のままだった。単純に魔法の発動に失敗したということだろう。透夜も経験が不足していたころはよくあった。


 これまで使った魔法に比べて大きな疲労感が絵理にのしかかってきた。魔法の文字を三つ行使するというのは、たしかに透夜が言った通り難度の高いものであるようだ。


「こ、この魔法……けっこうきついね……」


「うん……どうする? このマジックポーション飲む?」


「ううん。もう一回くらいはやれそうだから、このままやってみる」


 絵理はぐったりとなりかけた気持ちと肉体とを奮い立たし、背筋を伸ばした。もう一度、意識と魔力を集中し、魔法を発動させるための動作を行なう。


マジックポーション( 魔癒水 )


 今度は上手くいったようだ。絵理が描いた魔法の文字が光り輝いたと思うと、左手にもつビンが青い液体で満たされた。


 絵理は脱力感と満足感に大きく息を吐く。


「やったあ……」


「うん。大したものだね。霧島さん」


「えへへ、嬉しいな。じゃあさっそく飲んでみよっと」


 ごくごくと勢いよく中身を飲み干す絵理。


「どう?」


 そう尋ねた透夜に対し、絵理が浮かべた表情はまさに微妙という言葉がふさわしいものだった。


「うーん……たしかに少しは疲れがとれたけど、なんだか物足りない。昼に飲んだ浅海くんのマジックポーションに比べると全然効き目がないよ……」


「魔力を控えめに作ったんだからそんなものだよ。それに、霧島さんの最大魔力もかなり上がってるはずだからね。大して回復した気がしないのはそれもあると思うよ」


「なるほど……」


 少し考えた絵理は、透夜の顔を見つめて言った。


「浅海くんがさっき作ったマジックポーション、もらってもいい? もう少し練習したいの」


「うん。いいよ。これは全力で作ったわけじゃないから、昼間のマジックポーションほどの効果はないかもしれないけど」


「じゅうぶんだよ。ありがとう」


 絵理は透夜からビンを受け取り、さっそく飲み干した。間接キスに関しては努めて意識しないようにしている。


「きくぅーーーーーーーーーーーーっ!」


「あはは、何それ」


 まるでビールを飲んだ大人のような声を出した絵理に、透夜は笑って応えた。


「だって、あたしが作ったのと比べてぜんぜん違うんだもん。あたしも早くこれくらい効果があるものを作れるようになりたいな」


「ひたすら練習あるのみだよ。もうしばらくやってみる?」


「そうする……と言いたいんだけど、ポーションを飲むのはあと一、二回が限界かも。もうお腹がタプタプに……」


「ああ……」


 ポーションが液体である以上、胃袋に入る量には限界がある。さすがに飲みすぎると肉体的に苦しい。


「あと気付いたんだけど、ポーションって喉の渇きは癒せないんだね……」


 ヒーリングポーションやマジックポーションは甘味があって美味しいが、まるで海水を飲むかのように渇きには一切効果を発揮してくれなかった。むしろ魔法を使ったことにより、先ほどまでに比べて喉の渇きは大きくなっている。


「うん。そうなんだよね。だから水は常に確保しておかないといけないし、水場がどこにあるのか覚えておくのも大事だよ」


 ガラスのビン以外にも、透夜と絵理は革製の水袋を携帯している。絵理は腰に下げているその水袋から水を飲んで喉を潤した。


 幸いこのダンジョンは綺麗な水が湧く場所がこれまで発見しただけでもいくつかあり、二人はそういった場所で飲み水を定期的に補給していた。


 今日の就寝場所と決めたこの部屋には残念ながら水場はない。


 明日は探索を行なうとともに、水場に行って水を補給しておいたほうがいいだろう。


 透夜は今後に備えて有用なポーションを作り、絵理は可能な限り魔法の練習を行なった。


 また、透夜のアドバイスのもと、剣の素振りも多少行う絵理。せめて、あのファンガスくらいはいつか剣で倒せるようになりたいと考えている絵理であった。


 それが終わると二人は昨日のようにそれぞれの寝具を用意し、やがて静かな眠りについた。

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