fin 新たに始まる二人の物語
透夜が待っていた少女――二年生であるソフィア・ユーリエヴナ・セレブリャコワは、一学年下の教室へ足を踏み入れる。
「その……久しぶりね、透夜」
「ええ……ソーニャ先輩」
この世界に戻ってきてから、透夜はソーニャと一度も顔を合わせていなかった。それどころか透夜は、同じクラスの絵理と杏花の二人とすらほとんど会話をしていなかった。
集団ヒステリー扱いされた事件で周囲からの視線が多かったことや、まだ全員心の整理ができていなかったのが主な理由だ。
ただ、透夜とソーニャがお互いに会おうとしなかったのは、それとはまた違った別の理由がある。
もちろんその理由とは、あのダンジョンが崩壊するその時、透夜がソーニャに手を伸ばして彼女の手を掴んだこと。そしてソーニャもまたその手を握り返したことである。
二人は教室内で、いつの間にか手を伸ばせば届く距離にまで近づいていた。まさにあの時のように。
しかしお互いの視線が交わることはない。どちらもチラチラと相手を窺い、目が合いそうになるとその視線をそらしてしまう。両者の頬はいつの間にか赤く染まっていた。
それに透夜は制服姿のソーニャを見るのはこれが初めてだ。鎧と共に凛々しさをまとっていたあの時とは違い、今の先輩はまさに可憐な美少女という表現しか思いつかない姿であった。
「その……あの時のことなんだけど……」
「は、はい……」
年上の矜持か、ソーニャが口を開いた。ついに、透夜の顔を正面から見つめる。透夜もその瞳を見つめ返した。透夜の目の前で、青い瞳が様々な感情に揺れている。
「あの時私の手をとったこと……そ、そういう意味と考えていいのよね?」
「は、はい……そ、そういう意味で間違いないです……」
言質をとったソーニャの顔が一瞬喜びに満ちた。しかし、すぐに冷静さを装った表情になる。
「うん……その……でも、私の勘違いという可能性もあるかもしれないから、今、透夜の口からはっきりと聞かせてほしい……!」
「……はい……わかりました、ソーニャ先輩」
胸に手を当ててそう言ったソーニャの前で、透夜はすう、と大きく息を吸い込んだ。もう、瞳を逸らすこともない。
「ソーニャ先輩のことが……、す……好きです……! 僕の恋人になってください!」
自分の想いをついに伝える透夜。その言葉を聞いたソーニャが、瞳を大きく見開く。
「ほ、本当に私でいいの……? 絵理でも杏花でもなく、私を選んでくれるの……?」
「はい……ソーニャ先輩じゃないと駄目なんです!」
その口上が最後の一押しとなり、ソーニャはついに透夜のもとへと飛び込んだ。透夜もその体を抱きとめる。
「嬉しい……私も、透夜のことが大好きよ」
あのダンジョンを一緒に攻略している間に、透夜の中でソーニャはかけがえのない存在となっていた。そしてそれはソーニャも同様だった。もはや、透夜がそばにいない生活など考えられない、考えたくない。
透夜の胸に手を置いたまま、ソーニャは体を離して透夜を見つめた。
「これから、二人っきりの時はソーネチカって呼んでほしいの。これはソーニャよりもさらに親しみが込められた愛称よ」
「わ、わかりました……じゃあ、ソーネチカ先輩……ですか?」
「あ、それと敬語で喋るのも先輩をつけるのもやだ」
まるで子どものようなおねだりをする年上の少女に、透夜は小さく微笑んだ。
「はい……じゃなかった。うん……ソーネチカ……これでいいかな?」
「よろしい。透夜、あなたはもう私のものなんだからね? 誰にも渡さないんだから……」
そう言うと少女は、自分のものであるという証を刻み付けるかのように透夜の唇を優しく奪った。
――終わり――
これにて完結となります。
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