103 戻ってきた日常
キーンコーンカーンコーン。
透夜は、ハッとなって顔を上げた。
視界には見覚えのある光景が広がっている。
見咲ヶ丘高校の教室だ。
透夜が呆然としている間に、一斉にざわめきが起こり、勢いよく席を立つ音が無数に響き渡った。
教壇に立つ教師はぽかんとしている。チャイムは鳴ったが、まだ授業の終わりを告げた覚えはない。
「生きてる?」
「元の世界……なのよね? ……日本なのよね……!?」
「俺たち……帰ってきたんだ!」
「お、お前たちがやってくれたのか!?」
口々に騒ぎ始める教室内の生徒たち。
その顔は笑みやあふれる涙でくしゃくしゃになっていた。
教師はわけもわからず戸惑うしかない。
「ど、どうしたんですかあなた達!?」
そんな大声を張り上げるも、それに反応できる生徒は一人もいなかった。
透夜、絵理、杏花もだ。泣きじゃくる他の生徒たちに囲まれてされるがままになっている。
あまりの騒ぎに、隣のクラスからも多数の生徒が押し寄せた。
そして同時に、二年生と三年生のあるクラスでも、同じような騒動が起きていた。
その日の見咲ヶ丘高校は、学校中が蜂の巣をつついたような大騒ぎとなったのであった。
◇◆◇◆◇
透夜たちが元の世界に戻ってきてから一週間ほどが経った。
結局、あの日各学年の一クラスずつで起きた騒ぎは、一種の集団ヒステリーとして結論づけられた。
それも当然だと透夜は思う。
異世界に召喚されてダンジョンに放り込まれ、モンスターたちを相手に生きるか死ぬかの戦いをし、最後にそれを作り出した一人の少女を倒して戻ってきたなんて言っても誰も信じるはずがない。
しかも、異世界に召喚されたはずの透夜たちは、この世界で行方不明になったりもしていなかった。
あのダンジョンでは十日以上を過ごしたと記憶しているが、こちらの世界では一秒も経っていなかったのではないだろうか。
他の人間からすると、それこそ白昼夢を見たのではないかと思うのが正常だ。騒ぎを起こしたクラスが一丸となって一芝居をうった……などと考えるほうがまだ筋は通る。
だが透夜は確信を胸に己の手を見た。
剣を持ち、魔法を描いたこの手。そしてあの世界が夢や幻であるはずがない。
たしかに、ダンジョンもモンスターもあの場に存在していたのだ。
人柱という悲しい宿命を負わされて復讐の鬼となった少女マキナも、手に持つ剣で妹を妄執から解き放ったお姫さまマリアも。
そしてあの最後の時にその手を握った、ある少女との絆も。
透夜はカバンから一枚の手紙を取り出す。
今日、下校しようとしたとき、靴箱に入っていたものだ。
書かれていたのは『放課後、教室に残っていてほしい』という内容だった。
それで透夜はすでに誰もいなくなった教室で一人、窓の向こうを眺めながら待っていた。外からは部活動のものらしき元気のよい声が響いてくる。
そんな透夜の耳に足音が聞こえる。
透夜はゆっくりとそちらへ振り向いた。
この手紙を靴箱に入れた人物であり、そしてあのダンジョンが崩壊する時に透夜がその手を握った相手である、一人の少女がそこに立っていた。