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010 放たれる光の矢

 透夜と絵理のもとに迫ってくるキノコの化け物。透夜がつけた名前はファンガス。


 透夜は一人、絵理に近づかせまいと彼女から離れてファンガスの前に立ちふさがる。


 見た目とは違い、毒はないと思われる生物だ。透夜視点で見ると、たいした強さもないうえに、肉の味はそれほど悪くないというありがたい存在。


 とはいえ、モンスターであることに変わりはない。絵理はもちろん、透夜も初めて対峙した時は怖かった。


 しかし何度も戦い、勝利してきた今ではもうこのファンガス相手に恐怖を覚えることはない。結局、慣れるしかないのだ。


 ファンガスは足もそこまで早くないので逃げるのは簡単だし、透夜は昨日やってみせたようにファンガス程度なら一太刀で始末できる。でもどちらの選択も透夜は選ばなかった。


 もちろん絵理のためである。


 先ほど透夜が絵理に言ったように、この程度のモンスターは一人で倒せるようにならないと、きっとこのダンジョンでは生きていけない。


 今は透夜が側にいるからいいものの、かつてひっかかったように透夜が落とし穴に落ちたりして、二人が離れ離れになる可能性はつきまとう。そうなると絵理はこのダンジョンを一人でさまようことになる。もしその時にモンスターに出会ってしまったら……確実な死が待っている。


 だから絵理には最低限の実力をつけてもらうためにも、少々きついハードルを超えてもらわないといけない。でも一度それを超えられたら、ずっと超えられるようになる。


 透夜はすべてを絵理に託し、自分はひたすら目の前のファンガスが絵理の方に向かわないよう対処していた。


 絵理はなんとしてでも魔法を発動させようと、先ほど覚えたばかりの文字の形とその発音の仕方、そして光輝く矢のイメージを頭の中に思い浮かべる。


マジッ()……っ」


 だが絵理は動作も詠唱も途中で中断した。指先から魔力の光を生み出せていないし、集中そのものが上手くいっていない。


 ――は、早くしないと!


 絵理はもう一度最初からすべてをやり直す。


マジック()……ああもう!」


 しかし気持ちはあせるばかり。


 今度は指先に魔力を集めることができ、文字を描くこともうまくいっていたが、途中で詠唱に失敗して魔法を完成させることはできなかった。魔法は発動せず、魔力だけを失ってしまう絵理。


 昨日ほどではないにしろ、疲労感が絵理を襲った。


 そんな絵理の耳に、戦いにふさわしくない明るい声が届いた。


「霧島さん! 落ち着いて僕をよく見て! ファンガスなんて本当に大した敵じゃないんだ。ほら」


 その呼びかけでハッとしたかのように、声の主へと視線を向ける絵理。さきほどまでは魔法を完成させることだけに必死になるあまり、視界に入っていたはずの戦う相手をちゃんと認識できていなかった。そしてその戦う相手をひきつけているクラスメイトのことも。


 絵理が見たのは場違いなまでの笑顔を浮かべ、こちらに手を振る透夜の姿だった。


 透夜の左腕にファンガスが噛みついている。いつの間にやら透夜はすでに盾すらその腕から外しており、完全に無防備だ。だがその噛みつきは透夜の身を守る鎧によって完全に防がれているのか、透夜に苦痛の表情は微塵もない。


「ぷふっ……な、何やってるのよ浅海くん!」


 あまりにも戦いにそぐわない光景に、つい絵理はふき出す。


 でも透夜の言うとおり、本当にあのファンガスという化け物は大した相手ではないらしい。


 ならば、そんなに焦る必要はないのではないか。じっくりと精神を集中して、正確に文字を描いて正確に言葉を発音し、最後にその力を解き放てばいいのだ。


 今度こそ上手くいく。その自信と共に、絵理は指先に魔力を集めた。光る指で二つの文字を描くと同時に、魔法の言葉を高らかに叫んだ。


マジックミサイル( 魔 矢 )!」


 ついにその魔法が顕現する。絵理の叫びに応えるように空中に浮かぶ魔力の文字がひときわ輝き、その場から光の矢がほとばしった。


 それは狙い過たず、透夜を迂回してその目の前にいるファンガスの傘の部分に突き刺さる。


 ファンガスは小さな悲鳴をあげ、後ずさった。


「やった!」


 絵理は喜びの声をあげる。ようやく上手くいったのだ。


「霧島さん、その調子! 続けてお願い!」


「うん!」


 気持ちは高ぶるものの、魔法を使った疲労感はとても重い。透夜から渡されたマジックポーションを床から拾い、フタを開けると中の液体を飲み込んだ。水とは違う甘美な味わいが絵理の舌と喉とを通っていく。


 するとたちまち自分の中にあった疲れが癒えていくのを絵理は感じた。飲む前は半信半疑だったものの、本当に消費した魔力を回復させる力があるのだ。


 ――これならいける! 待ってて浅海くん!


 ふたたび精神を集中させ始める絵理。さっきは発動させることを優先していたあまり、威力がおろそかになっていたが、今回は違う。あのキノコの化け物を一撃で倒せるほどの魔力をイメージし、指先と言葉とに込める。


マジックミサイル( 魔 矢 )!」


 さきほどよりも大きな光の矢が、再度絵理のもとから放たれた。


 今度もファンガスに向かって飛翔し、それは化け物の目と目の間に突き刺さる。


 ファンガスはびくんと一瞬硬直し、やがて石の床へと倒れ伏した。もはやぴくりとも動かない。


「……や、やった……の?」


「うん。霧島さん一人の力でこのファンガスを倒したんだ!」


「ほ、ほんと……?」


 絵理は恐る恐るといった風情で透夜と、倒れているファンガスのもとへと近づく。


 透夜に隠れる形でキノコの化け物の様子を窺うも、たしかにもはや身動きしていない。自分の力でこの化け物を倒したのだ。ようやく絵理はそのことを実感できた。


「やった! やった! ありがとう浅海くん! 浅海くんのおかげだよ!」


「どういたしまして。でも実際に倒したのは霧島さんだから、もっと自信を持っていいよ」


「うん! これでようやくあたしも足手まといにならずにすむよ! ……あ、あれ?」


 ぐらり、とよろける絵理。透夜は慌ててそれを支える。


「大丈夫? 霧島さん」


「うん……平気……魔力をたくさん使ったから疲れちゃっただけだよ」


 まるで抱き合うような形になっている今の二人。


 そのことに気付いた絵理は慌てて離れた。その顔はわずかに赤くなっている。もちろん透夜もだ。


「さ、さっきのマジックポーション、もう一本飲んでいい?」


「う、うん。どうぞ」


「あ、ありがとう!」


 照れを隠すように絵理は小走りで床に置いたままのマジックポーションを取りに行った。さきほどと同じようにフタを開けて飲み干すと、絵理の中の疲労感がたちまち消えていく。絵理は空のビンふたつを手に、透夜のもとに戻ってきた。


「ごちそうさま。このマジックポーションって、本当に凄いのね。びっくりするくらい疲れがとれちゃう」


「どういたしまして。ポーションは他にもいろいろ種類があって、どれも便利だよ」


「うん。あたしも作れるようになりたい。それに、この前言ってたよね。ひたすらマジックポーションを作っては飲んだって。それあたしもやってみたいな」


 目の前の透夜が魔法を使って疲労困憊している姿を絵理は見たことがない。かつて自分が苦行と評した行いをすることで、それだけの力が手に入るならやってみて損はない……というかむしろ積極的にするべきだろう。


「そうだね。たぶん効率的に魔法の腕も上がるし、魔法を使った時の疲れもだんだん感じなくなるからオススメのやり方だよ。自己流だけど」


「本当に筋トレみたいね。そういえばその方法って無限にできるの?」


「残念だけど無限ってわけじゃないかな。例えて言うなら、100の魔力を使って90の魔力を回復するポーションが作れる感じだよ。だからいつか限界が来る」


「そうなんだ……ちょっと残念」


「まあちゃんとぐっすり眠れば魔力も回復するし、寝る前とかに試すのが一番いいかもね」


「わかった。じゃあ今日の夜はマジックポーションの作り方を教えてね」


「うん」


 透夜は快活に答え、絵理もにっこりと微笑んだ。

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