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第3章

<3章>

 

 彼女の忠告を受けた次の日、火曜日は、このN駅のホームに立っている時はかなり緊張したが、もう翌日の水曜日になると、ぼくはあっさり日常を取り戻した。月曜日に体験したことは、日常という波に押し流され、あっさりぼくの中で遠い過去になっていた。

 あれから一週間後、今そんな日常は簡単に崩れた。ぼくはまた「こっちに来て」という声を聞いたのだ。このN駅のホームで。

 ぼくは一瞬呼吸が止まったのかと思う程驚愕し、恐怖した。すぐに彼女の言葉を思い出し、彼女が教えてくれたバッチの人物を捜し始めた。意外な事に、捜し人はあっさり見つかった。彼女が居たのだ。

 ぼくが血相を変え、彼女の処に行くと、彼女は怖ろしいくらい真剣な表情で、

「聞こえたのね」

 ぼくは無言で頷いた。

「そう……、付いてきて」

 彼女はぼくの背中を押し、ホームにある乗口マークが描かれている処まで誘導した。

「電車に乗るのですか?」

「こことは違う処に行って貰うわ」

「解りました」

 そうぼくが応えると、彼女は、

「少しの間、目を瞑っていて。目を開けては駄目よ」

 彼女の言う通り目を閉じた。すると彼女は小さな声で呟きはじめた。

「神よ、我らの魂を救い給え。神よ、我らの魂を導き給え。神よ、我らの贄を受け取り給え」

 彼女は呪文のようなこの言葉をずっと繰り返していた。ぼくは彼女の異様な雰囲気に対して段々と恐怖を感じ始め、ついに目を開け、彼女の方を見やった。

 彼女と目が合う。

「目を開けたのね。まあ、いいわ。おめでとう。あなたは神に選ばれた素晴らしい贄です。我らの神の贄に選ばれた事を誇りに思いなさい」

 ぼくが「何を言ってるんだ、この人?」とポカンと口を開けていると、突然、周りの人に体や腕を抑え付けられた。

「何すんだよ」

 と抵抗したが、所詮は多勢に無勢。(くだん)の「あなたの電話を待っています」と書かれた小さなプレートが見える処まで連行された。そして気付いた。ぼくを拘束している連中の胸には、あのバッチ、彼女がしていたバッチが付けられていたのだ。

「神よ、我らの魂を救い給え。神よ、我らの魂を導き給え。神よ、我らの贄を受け取り給え」

 彼女は恍惚した表情しながら尚も奇妙な言葉を繰り返す。

 ぼくは暴れながら大きな声で、

「やめろ、誰か助けくれ」

 と怒鳴り叫んだ。すると彼女は蠱惑的な笑顔を見せながら、

「我らが贄、心配ないわ。この駅にいるのは、我らの神を信じる同士だけ。この神聖な儀式に参加できるのは、我らの神を信じる同士だけなの」

「こんな連中に関わるのは御免だ。逃げ出したい」ぼくは何度も叫び暴れた。しかし誰も助けてはくれなかった。涙が出た。それでも叫び暴れた。無我夢中になって叫び暴れた。

 本当に誰も助けてくれない……、ぼくは世界に見捨てられたような絶望感に覆い尽くされた。こんな理不尽なことあるものかと思った所で状況に変化はない。絶望感は生の執着をはぎ取り、代わりに無気力とも思える程、状況を受け入れてしまう。それでも僅かに残った生への執着が言葉を噤む。

「助けて」と。

 ぼくの声は世界に届く事もなく、連中の大きな掛け声と共に、ぼくはホームに入ってきた電車に向かって投げ捨てられた。

「神よ、我らの魂を救い給え。神よ、我らの魂を導き給え。神よ、我らの贄を受け取り給え」

 この忌々しBGMを耳にしながら……

 


<エピローグ>


 凄まじい衝撃を感じた瞬間、黒い大きな手が伸びてきて、ぼくを掴んだ。

 助けられたのか……

 死んでしまったのか……

 

 いや、誰かの声が聞こえた。

「こっちに来て」


  了

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