第2章
<第二章>
彼女はオーダーをする事に興味がないのか、席に着くなり、
「あのプレートの方からの声を聞いたの? 本当? 間違いない?」
矢継ぎ早に攻め立てるように、ぼくに質問を浴びせる。
ぼくは少し落ち着いて欲しかった。何となく注目を浴びてるようだし。
「あのう、プレートは自殺防止の為のものですよね」
ぼくは努めて落ち着いた声で言った。彼女も興奮したことを自覚したらしく、水を一口飲みほし、
「えぇ、そうよ」
「それで声を聞こえた事と、関係あるですか?」
彼女はその問に応えず、
「あなた、何を言われたの?」
ぼくは自分の質問を無視され気分が悪かったが、いまは会話を進める方が先だと思い、
「『こっちに来て』です」
彼女はあからさまに落胆した表情を隠さなかった。その時ウェーターがオーダーを取りに来た。
「ご注文は、決まりましたか?」
「私はブレンド。あなたは? 何を注文してもいいわよ」
と言われたが、見知らぬ人に奢られるのは、気が引けたので彼女と同じものを注文した。
「若いんだから遠慮しなくてもいいのよ?」
ぼくは首を横に振った。それを見てウェーターはこの場を後にした。この時、彼女の胸元に付けているバッチとウェーターの胸元に付けてあるバッチの形が似ていたことに気付いた。「まあ、どこにでもありそうな形だから、偶然なんてよくありそうだな……」とここで思考を強制的に止められた。
「『こっちに来て』以外何か声がした?」
彼女はいきなり本題を進め始めた。
「何も」
「そう、良かったわ」
「すいません、話が見えないのですけど、少しは説明してくませんか?」
彼女は右手で口許を抑え、少し視線を落としながら、まるまる一分程考えこんだ後、
「分かったわ。信じられないかも知れないけれど、実はあのプレートが設置される前から、あの方向から声がして、その声を聞いた人が自殺を図っているのよ。まあ、これは未遂に終わった人からの証言だけど。それであの場所にプレートを設置したという訳。わたしたちも最初は信じなかったわ。でもね、自殺者は増えるし、運よく助かった人たちは判で押したように同じことを言うのよ。何かあると思わざる負えない。それで私たちは総出であの場所を監視しているの。これが顛末よ。何か聞きたいことはある?」
「そんなに自殺や自殺未遂がありましたっけ?」
「それは印象操作されているからよ。ウェルテル効果と言って、自殺報道は自殺の呼び水になるの。この業界では常識よ」
「はぁ」
「私たちとしては、あなたにこのN駅を使用して欲しくないわ。勿論、可能な限りだけど。でも、その制服は……」
「そうです。ぼくはN高の生徒です。このN駅を利用しない訳にはいかないのですが……その、どうしたら良いのでしょうか?」
「そうよね、今から対応策を教えるわ。また声がしたら、このバッチ」
彼女は自分の胸のバッチを指さし、
「私たちの人間なら必ず付けてるわ。私たちに声をかけて。いいわね」
「ありがとうございます」
頭を下げながら礼をぼくが言うと、彼女は財布から千円札を三枚無造作に置き、
「好きな物を食べていきなさい」
席を立ち、ぼくの顔を見ながら確認するように、
「なにかあったら、名刺の連絡先に連絡を入れて。365日24時間体制を敷いているから、いつ連絡しても構わないわ」
それだけは不安なのか、さらに念押しするように、
「何かあったらすぐ連絡を入れるのよ」
とぼくに言葉を掛け、彼女は店を出た。またあの駅で監視をするのだろう。
それからぼくは二杯のブレンドを味わってから喫茶店を出た。今日は隣の駅まで歩き、そこから電車に乗って帰路に着いた。