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その写真にはきっと  作者: 楓馬知
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青葉さんのこと -1-

 あの人、青葉さんと出会ったのは、岡山県立図書館に本を返しに行った日のことだった。


 いつも通り読み終わった本を返却し、新たに借りた本を入れたリュックを背負う。

 そして、お気に入りの場所に行くのだ。


 図書館北側にある岡山県立図書館のお堀に巡らされている水路。そこを優雅に泳ぐ綺麗な白鳥を見て帰ることが、その頃の日課となっていた。

 外の世界に触れることが少なかった俺にとって、大きな白鳥をすぐ近くで見られるその景色は非現実的なものに思えて、すごくわくわくさせられた。

 ただなにをするでもなく、無為な毎日。小学校で適当に学校生活を送り、周りにいた友だちと話し、時には遊んで、これといって熱中するものもなく、気になった本を読む程度の日々。


 当時はもやもやとしていただけだったが、今ならわかる。ただただ毎日が、どうしようもなくつまらないものに感じていたのだ。

 同じ歳頃の子どもたちは、楽しげに笑い、騒ぎ、はしゃぎ、全身で感情を奮起させている。なんでそんな風に生きられるのか、わからなかった。

 そのころの俺は、興味を示すものが、心を動かされるものがなかった。

 形に残したいとも、留めたいときだとも、懐かしむ思い出さえもない毎日だった。


 そんなある日のことだ。


「わああああ! お兄ちゃんお兄ちゃん! 鳥さん! 白い鳥さんがいる!」


 ぼーっと白鳥を眺めていた俺の隣に、同じ年頃の女の子が元気に駆けてきた。


 白鳥は手を伸ばせば届きそうなほど近くを泳いでいた。近くで女の子が騒いでいるが、人に慣れているのか意に介することなく通り過ぎている。

 誰かが見に来ることは珍しいことではない。俺は大して気にしなかった。

 隣にやってきたのは女の子だけではなく、自分よりもずっと大人な男の人も一緒だった。どうやら兄妹のようで、女の子はお兄さんによく懐いていた。


「あ、あれ? ひ、日宮君?」


 突然自分の名前を呼ばれて振り返る。


 すぐ隣で騒いでいたのは、つい先日新しいクラスですぐ前の席になった、初瀬ほとりという女の子。首から重たそうな大きく黒いカメラを提げ、お兄さんと手をつないでこちらを見ていた。


「ひ、日宮君も鳥さん見に来たの?」


 前後の席になってから何度も話していたのだが、相変わらず初対面のように緊張している姿は今でも鮮明に思い出せる。


 図書館の帰りにいつも見に来ているとありのままを答えると、お兄さんの方が笑った。


「最近の子どもにしては珍しいね。ゲームとかスポーツはしないの?」


 たしかに友だちのほとんどはテレビゲームやスマホゲーム、野球やサッカーなどみんなで楽しげに遊んでいた。けれど俺は、どうしてもそういうことが楽しく思えなかったのだ。


 だから俺は白鳥に視線を戻しながら一言、興味ない、と呟いた。


 視界の隅できょとんと目を丸くしていたお兄さんだったが、途端に大きな声で笑い始めた。


「そうかそうか。興味がないか。だったら、君が興味を持てるものを探しに行こう」


 言いながら、俺に向けられて差し出された手のひら。


「きっと世界には、君が心を動かされる瞬間やきっかけが、たくさんあるよ」


 そして、ほとりと一緒に訪れた後楽園で、俺は心を動かされる瞬間ときっかけに出会い、初めてカメラに触れた。

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