プロローグ
そこは、閑散なる大都市であった。突如世界中に発生、蔓延した新型病原菌「バズナウィルス」。中国のとある都市を中心に、彼奴らは数ヶ月間で爆発的に世界中に広まり、歴史的なパンデミックを巻き起こした。
感染した者は、数日間に渡り四十度を越える高熱に苦しめられ、幼児、高齢者に至っては二分の一。成人に至っては三分の一の確率で、感染者を死に至らせる悪魔の如き「デスウィルス」であった。
そして・・・一人の男が歩を進める、この大都市。
三日前、政府により「緊急ロックダウン」が発令されたばかりの街であった。市民の半数以上がバズナウィルスに感染し、その内の七割が死亡する結果となった。
政府の強制執行より三日。外部からの進入者は勿論の事、全ての交通機関や施設も封鎖され遮断され、すでに街は無人化の状態となっていた。
大きく広き幹線道路を、一人の男が歩いていた。真っ直ぐに前へ前へと男は歩を進める。無論、道路には一台の車も走行していない。
男はジッと前を見据え、両の拳を固く握り締め、アスファルトを強く踏みしめ、歩き続けるのだ。自分以外、生物が存在していないかの如き、薄き雲に覆われたこの街を。
柴賀ヒカル。それが男の名であった。
長身で筋骨隆々の、一見プロレスラーにも見える程の、堂々とした体躯の持ち主であった。セミロングの金髪を後ろ髪に束ね、太い眉毛に野獣のような獰猛なるその瞳。
もみあげと繋がる豊かな顎鬚を蓄え、分厚きその唇は、鉄の如き意志の強ささえ感じさせたのだ。
襟に毛皮を縫い付けた漆黒のスウェットシャツと、同色のスウェットパンツに身を包み、彼はオレンジのコンバットブーツでアスファルトを踏みしめ、ボクサーの如くバンデージを巻いた両の拳を、固く握り締める。
ーこれは、「浣腸天武」なる超絶の秘拳を継承せし、一人の男の激しき死闘と、哀しき恋を描いた、狂なる物語・・・。