正しい世界の壊れた歩き方
望まない世界の形が正しいなら、僕が壊れてしまえばいい・・・。
僕の朝は彼女からの「おはよう」のメールから始まる。このメールのおかげで高校生である僕は無遅刻を継続して通い続けられてる。一つだけ直してほしいのは学校が休みの日でも同じ時間に届くことなんだけど、まあ起こしてもらってる恩義がある以上贅沢は言えない。僕からも、お早うと返したらすぐに返事が来た。
「ちゃんと朝ごはん食べるんだよ( ゜Д゜)」・・二度寝しようと企んでたのにエスパーかよ。驚いたおかげで目が覚めたので、もう一回寝ようと僕を誘惑するお布団に背中で別れを告げて、朝食を食べに行く。
食後に歯磨きと洗顔を済ませて部屋に戻り携帯を見ると彼女からのメールが届いていた。
「私はそろそろ出るからね。ちゃんと遅刻しないで学校行くんだよ!(^^)!」
「僕ももうすぐ出るよ。遅刻なんてしたことないから大丈夫」
昔は遅刻・欠席当たり前だったからなあ・・。彼氏彼女の関係になったのはつい最近だけど、付き合い自体は長いから知られたくないことの9割は知られてる。なんで腐れ縁の女の子と付き合うことになったんだっけなあ・・・。
あれは、中学の終わりくらいだったっけか?方向が同じだから、たまに登下校を一緒にすることはあったけど特に噂になることはなく平穏に過ごしていたから、何故急にこんなことになったのか。卒業も決まって浮かれてる所に騒げるイベントが訪れたと頭にボウフラが涌きでもしたような発想に至ったか、今回見られたのが噂話が大好きな奴だったか・・誰かはわからないけど。朝、僕が登校した時にはクラスの黒板に相合傘と名前が二つ書かれていたし、お調子者タイプの、僕とは一年間ほぼ関わりのなかったクラスメートが待ち構えていたし仲の良いクラスメートは気まずそうに俯いていた。からかってくる奴があんまり好きなタイプの人種じゃなかったからどうにかして黙らせたくて、実は、彼女のことが本当に好きだったこともあって先に来て席についていた彼女のとこに行って公衆の面前で「好きだ、付き合ってくれ」と言ったら一気に静かになった。彼女も僕の意図が分かったみたいで唇の端だけ笑いながら「いいよ。付き合おう」と返してきた。仲の良い友人にだけは好きな人を伝えていたのでごく少数でお祭り騒ぎが始まった。歓声上げて頭くしゃくしゃにしてくる、たぶんビールがあったらビールかけ始まってたと思う。それにこの騒ぎについていけない奴らが黙ってるのが最高だ。まあ、一つだけ困ったのは・・。彼女が僕の意図を理解してのやり取りだった所為で本当に付き合えるのかその場限りの発言だったのか分からないってことかな。
回想しながら歩いてたら通ってる高校が近くなってた。意識が現実に戻ってきた途端に彼女からメール
「そろそろ学校着いた?私はもう着いてるよ」
「僕ももうすぐ着くよ」
僕と彼女は同じ高校に通っている。じゃあ、携帯でやり取りせずにお互い直接話せよと言われそうだが、そこはやむにやまれぬ事情があるので無視しよう・・誰と話してるんだろうね僕は・・。
教室に入って直ぐに席に着く。高校では友達作れていないので誰と挨拶するでもなくずっと携帯をいじっている。彼女以外と会話する必要はない。二言三言会話をしてたら教室に担任が入ってきたので2つある制服のポケットに携帯をしまって朝のホームルームを聞く体制をとる。
ここから先は毎日同じことの繰り返しだ。授業が終わるたびに彼女と携帯で会話をして、お昼ご飯があんぱんと牛乳であることを怒られて(たまに張り込みかよって突っ込まれる)午後も同じルーティンで過ごしてゆく。毎日抱えていても大丈夫なくらいの量の幸せ。これがずっと続けばいいなって本気で思ってる。
午後の授業が終われば自由の身だ。友達がいない僕は誰からも何にも誘われないからすぐに学校を出られる。まあ、誘われても寄るとこあるからって断るけど。そんなことを思いながら廊下を歩いてると携帯が震える。
「今日ももうすぐ会える?」
彼女からのメールだ。顔に笑顔を貼り付けて返事を返す
「ああ、今日も必ず行くよ」
向こうも僕の到着を待ってくれてるらしい。気持ち早足になって目的地に急ぐ。
自宅と学校の間の駅で降りて、途中の花屋で数本のお花を買ってしばらく歩くと目的地の入り口に着いた。僕は今、笑えているだろうか・・それだけが怖い。中に入ってまた少し歩いて彼女の前に到着する。そこでまたメール。
「本当にまた来てくれたんだね。別に毎週来なくてもいいんだよ」
それに対して、僕は自分の肉声で返す
「毎週来るよ、きっと僕は君のことが忘れられないから」
僕の声を聞く人は誰もいない・・しいて言うなら石・・・、より正確に言えば墓石。彼女はもうこの世にいない人。しょっちゅう遅刻していた僕をよく迎えに来てくれてたんだけど、ある雨の朝の日、僕の家に来る途中によそ見運転をしていた車に轢かれて亡くなってしまった。僕は、僕の中で気持ちの整理がつかなくてお通夜や葬式に参加できずネットでずっと調べ物をしていた。昔読んだ小説に死んだ人にメールを送ったら停止してるはずのアカウントに突然届いてしかも返事がくるという物があった。だから、彼女のメールアカウントが使えるようになる会社の物か調べていたんだ。そしたら嬉しいことに彼女のメールアドレスは一定期間が過ぎればまた使えるものになるらしい。僕は親に頼み込んでバイトの許可と2台目の携帯を持つ許可を貰った。そして、毎朝同じ時間に同じメールが来るように設定してアラーム代わりに目を覚ますのが僕の日常・・。そして、それ以外の彼女からくるメールは僕の頭の中の彼女ならこういう風な文章を送るんじゃないだろうかと妄想と構想をして2台目の携帯から送っている。
自分がやばい、壊れているんだろうという自覚はある。でも・・、彼女がいない世界が正しいというのならば、自分が壊れないと会えないじゃないか・・。だから自覚があるまま壊れてるしその上で治す気もない。
「そろそろ帰るね、また来週来るよ。」
残念だけど僕には霊感がないから、彼女が今笑っているのか、泣いているのか、怒っているのかが分からない。だけどこれは僕が望んだ、僕が笑える正しい世界の歩き方・・。
初めましての方もそうじゃない方もお読み頂きありがとうございます。2作目書きました、そら豆です。
自覚の無い気持ちは厄介だ、と聞いたことがあります。僕は、「いやいや、自覚があってそれを直す気が無い奴の方が厄介でしょ?」と思うので、そんな話を書いてみたくなりました。
因みに、作中に出てきた死んだ人からメールが来る小説は、佐野徹夜という方の「この世界にiをこめて」というものです。僕の500倍優れた小説なので、興味がありましたら是非。
後書きまで読んで頂けてとても嬉しいです。まだ書いてみたい話がありますので3作目も頑張ります