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見てる人  作者: 三枝京湖
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ルーファス・パークスと言う男

騎士団の副団長を務めるルーファス・パークスは美丈夫である。

毎日の厳しい鍛錬を終えても、大量の職務をしていても、街で黄色い声を掛けられても、全く表情が変わらない所から『絶対零度の貴公子』などとも呼ばれているほどだ。

数ヶ月前まで彼の部下達もそう思っていた。

しかし、今は違う何故なら今そのルーファスは、一人の女性を見詰めたまま全く動こうとしないのだから。

ルーファスが見詰める彼女の名前はアイリーン・ダグラス。

食堂で働いている女性だ。

彼女の職場は元騎士団員の夫婦が営むもので、現騎士団員達も休みの時など良く利用していた。

ルーファスが初めて彼女に会ったのもこの食堂で、騎士団の古株が退団する事となり皆で送別会を行った時だった。

沢山の団員が詰め掛けた為、店は空きが無いほどいっぱいで、キッチンはまるで戦場のようだった。

勿論アイリーンも食べ物を運んだり、飲み物を運んだりと忙しく動き回っていたのだが、その姿がまるでクルクルと踊るように軽やかで、ルーファスは彼女から目が離せなくなってしまったのだ。

それからもルーファスはアイリーンを見つけると、ひたすら見詰めてしまうようになった。


「……もう、彼女居ませんよ。そろそろ行きませんか?」


毎回の事ながら呆れた声で部下が声をかける。

いずれ正気に戻るのは分かっているのだが、声をかけないと永遠に続きそうで不安になるのだ。


「……まだ、二キロ先に居る」


(見えるのかよ!?)


必死に目を凝らしてみたが、米粒大にすら見えなくて上司の視力が怖くなった。

暫くするとルーファスは黙ってまた歩き出した。

恐らく彼の目でも見えないほど遠くまで、アイリーンは歩いて行ったのだろう。

妙な疲れを感じて彼の部下は溜め息を吐くと、諦めたように上司の後を歩き出した。



ルーファスは異常なほど出来る男だった。

こんな職務に支障をきたしそうな行動をしていても咎められないのは、ひとえにその為といえる。

何せ彼は、頭まで筋肉で出来ていそうな団長の変わりに、団長職・副団長職の書類仕事を一手に引き受けているのだ。

しかも山のように詰まれたその書類を、毎日時間内に終わらせて帰っているのだから尚恐ろしい。

それだけの仕事が出来る人間はこの街、いや国を探してもそう何人もは居ないだろう。

そういった訳で多少の怠慢には目を瞑られている。



そんな彼には日課がある。

今日も執務机で書類を片付けていたルーファスは、不意に時計を見ると立ち上がった。


「時間だ、見回りに行って来る」


机の横に立てかけてあった剣を手に、彼は颯爽と詰め所を後にした。

部下達はその姿を黙って見送る、全ては騎士団の平和の為に。


数時間毎に行われる見回りは、少し前まで持ち回りだった。

しかしある時、ルーファスが急にこの時間になると落ち着かなくなったのだ。


理由は、またしてもアイリーンがらみである。


アイリーンの職場である食堂は七時を過ぎると酒場に変わる。

まだ歳若いアイリーンが働くには少々危険だからと、店主夫婦の意向でアイリーンは食堂の仕事が終わると帰路に着くのだ。

ある日その事実を知ったルーファスは、日も落ちかかった時間にアイリーンが一人自宅に帰る事が心配で仕方が無くなってしまった。


心配で心配で手元の書類も全く進まなくなってしまい、自分でもどうにかしようと思ったのだろう、気晴らしをしてくると部屋から出て行ったのまでは良かった。

しかし、そのまま訓練所に行きたまたまそこに居た団員に片っ端から相手をさせ、皆潰してしまった為翌日三分の一にもなる団員が使い物にならなくて、騎士団は騒然とした。


このままでは大変な事になると相談した結果、毎日七時はルーファスの見回りと決まったのだ。

そのかいあって、今では書類も滞りなく進み、要らぬ怪我人も出ていない。


今日も恐らく見回りをしながら、アイリーンが無事自宅に帰り着くのを見守っているのだろう。




そんなある日、ルーファスが唐突に引越しをすると言い出した。

何か規定がある訳でも無く、どこで誰が住もうと場所が分かるよう申請だけすれば良い。

だが、先週休暇を取ったばかりで書類が溜まっているのだけが問題だと告げられると、彼は神速と呼ぶに相応しい速度で書類を片付け初めた。

あれだけの速さで書類を片付けておきながら、まだ上が有ったのかと唖然とする部下達を尻目に、さっさと仕事を片付けたルーファスは、明日休むととだけ告げて帰宅した。


もう誰も何も言えなかった……



朝の清々しい風が窓辺のカーテンを揺らす。

道路の向かい側に立てられたアパートのカーテン越しに、小さな影が揺れ動いた。

ルーファスはそれをコーヒーを飲みながら眺めていた。

そのカーテンに影の手が伸び、開こうとした瞬間強い風が吹き、ルーファスの視界を遮る。

次に視界が開けると、カーテンを閉めながら部屋に戻るアイリーンの横顔だけが見えた。


休暇の一件でアイリーンを近距離で見てしまってから、ルーファスは遠距離で見る詰めるだけでは満足出来なくなっていた。

勿論アイリーンを追い掛け回した不埒者どもは、そうそうに仕置きしておいたので彼女に危害を加える事はもう無いだろうが、それとこれとは別である。

道路の向こうが近距離に入るかは怪しいが、数百メートルの距離から見ていたルーファスには十分らしい。


満足気に口元を綻ばすと、またカーテンを見詰めた。


絶対零度の貴公子が微笑む事は、まだ誰も知らない。

そして、引越しの数日後、騎士団の事務員が彼の新住所を知って、息を呑んだのも誰も知らない。


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