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見てる人  作者: 三枝京湖
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看板娘アイリーン・ダグラス

今日も街を視察する騎士を見ては、若い女性達は黄色い声を上げる。


「ルーファス様、素敵ね……」


頬を染め囁き合う女性達。


「ねえ、何だかこっち見てる気がしない?」


「本当だ!もしかして……」


何かに気がつき恥ずかしそうに身悶え、キャアキャアいいながらどっちだろうと話し。

そして暫くすると気のせいだったと、落ち込みけれどめげずにまたルーファス様がかっこいいと始める。


何度も見た、何度も聞いた、そして私は同時に思っている。

やっぱり視線を感じる私はどうしたら良いのだろうと……


この街の騎士団で副隊長をしているルーファス・パークス様はかっこいい。

切れ長で夜空のような濃紺の瞳、癖の無い漆黒の髪は腰まで伸びていてそれを下のほうで一つに結んでいる。

細身に見えるのに実は付く所にはしっかり筋肉が付いていて、細マッチョらしいとは鍛錬場まで見学に行った友人からの情報だ。

いつも無表情で笑った顔は殆どの人が見た事が無く『絶対零度の貴公子』などと裏で呼ばれているらしい。

氷で良いんじゃないかと興味本位で突っ込んでみたら、そんな簡単に溶けると思えないから、絶対零度でいいそうだ。


そんなルーファス様なのだが、最近妙に視線を感じるのだ。

誰かに見られていると感じて周りを見ると、大体ルーファス様が居る。

目が合ってもにこりともしないし、視線を逸らす事もしない。

寧ろ居た堪れなくなって私が視線を逸らし、見なかった事にするくらいだ。


最初は自意識過剰で恥ずかしいと思っていたのだが、あまりにもそれが多い。


もしかして何か私に可笑しな所が在るんじゃないかと思って、取りあえず寝癖が付いていないかしっかり確認した。

鼻毛でも出てるんじゃないかと鏡台で確認もした。

肌荒れ?日焼け?お化粧が変?

考え付く事は全てやってみたけれど変化は無かった。


お陰で女子力はとっても上がったと思う……


それでも視線は止む事が無い。

寧ろ一日で感じる時間が長くなったような気すらする。


今日も視線を感じたが、出来るだけ周りは見ないようにして仕事に向かった。


私の職場は街の食堂だ。

旦那さんとおかみさんの二人が料理を作り、私がホールで接客をしている。

いつもお客さんで賑わっていて、楽しい職場だ。


今日も結構な量のお客さんが来ていて、目の回る忙しさだった。


カラン カラン


「いらっしゃいませ!!」


ドアの開く音がして、勢い良く振り返る。

しかし、そこに立っている人物を見て驚いて動きを止めてしまった。

いつもの騎士服では無い、ラフな格好をしたルーファス様がそこに居たのだ。


「リーンちゃん?」


私が中々動かないので、心配したおかみさんに声を掛けられて慌てて我に返った。


「あっ!すみません、お一人様ですか?こちらのテーブルにどうぞ」


私が席に案内すると、黙って後ろを付いてきてそこに座った。

ドキドキしながらも何とか仕事をしなければと伝票を手に取る。


「ご注文はお決まりですか?」


「お勧めは?」


「今日はA定食がお勧めです」


「では、それを……」


「かしこまりました」


いつも通りの定型文なのに、緊張で声が震えたような気がする。

だってあのルーファス様が喋ったのだ!!

喋れない訳じゃないから、喋って可笑しい事は無いのだけれど、声を聞いたのは初めてだったので動揺した。

見た目の良い人って声まで良いものなのだろうか?

透き通るようなテノールボイスが、耳に残ってクラクラする。

ダメだダメだ、しっかり仕事に集中しよう。


しかし、仕事をしている間も視線を感じる……

忙しくて周りを見てはいられないのだけれど、気になってどうにも集中できない。

暫くしてルーファス様のA定食が出来上がった。

運んで行くと、私がテーブルに付くまでずっとこちらを見ていた。


「お待たせしました」


テーブルに並べる間も見ている、カウンターに戻る間も見ている。

やっぱり見てるよね?気のせいじゃ無いよね?

そうは思うのだけれど、だからと言って自惚れる事も出来ない。

相手はあのルーファス様だし、声を掛けてくる訳でも無いしただ見てるだけだし。


いっそ何か可笑しいなら教えて欲しい。

そう思って俯いていると急に私の上に影が落ちてきた。


「ねえねえ、仕事何時に上がるの?俺と遊ばない?」


見るからに軽薄そうな男性が、ニヤニヤしながら立っていた。

こういった男性はたまにいる、無視してあしらうのが一番だ。


「仕事中ですから」


「だからその後の話だって、ねえ教えてよ……」


短髪を片手でかき上げ笑いかけてくるが、かっこつけたってこんな所で仕事してると分かってるのに、声掛けてくるような男性絶対お断りである。

またもや無視して伝票の計算をしていたけど、何時までも横に居て何か言ってくる。

話すたびにアルコール臭が漂ってきて臭いし、早く席に戻れと男性の居たテーブルを見れば、同じく酔ったお仲間がこっちを見ながらゲラゲラ笑ってた。


暫く我慢したけれど、もういい加減限界を感じて、強く言ってやろうと振り返る直前にそれは起こった。


物凄い寒気……


目が合ったら殺されるのでは無いかと思うような殺気が、分かりやすく店内を包む。

目の前の男性は青い顔をしてガタガタ震えだしていた。

酔いなんて一発で冷めてしまったようだ。


見てはいけないそれは分かってるの、でも怖いもの見たさってあるじゃない?

寧ろ原因が分からないと尚怖いっていうか……


勇気を出して元凶の方を見た時後悔した、鬼って本当に存在するんだね。

歩くだけで女性を魅了する優美さはどこへやら、物凄くどす黒いオーラをかもし出し、般若とはこれかと納得させてしまうような顔をしたルーファス様がそこに居た。

見ているだけなのは変わらないのに、全然違う……

私を挟んで逆側に立っていた男性は、ルーファス様とばっちり目が合ったまま逸らす事も出来ないようだ。

逃げたいのに逃げられない、そんな気配がひしひしと伝わってくる。

するとテーブルから慌ててお仲間がやって来て、急いで代金を支払うと男性を抱えるようにしてそそくさと店を出て行った。


カラン カランとまた扉の閉まる音がして、すぐに無言の圧力は消えた。

もう一度後ろを見てみたが、そこにはいつも通りのルーファス様がこちらを見ているだけだった。


「おい!ルーファス、やり過ぎんなよ」


沈黙の中厨房の旦那さんが茶化すような声を掛けると、ルーファス様は困ったような顔をして数回頬を搔いた。

そんな旦那さんとルーファス様のやり取りを見て、店の中にドッと笑い声が響き渡る。


随分砕けたやり取りに最初は驚いてしまったが、そう言えば前騎士団に友人が居ると言っていたから、それがルーファス様なのかもしれない。

旦那さんのお陰で店の雰囲気が元通りに戻って、私もなんだかほっとして一緒に笑ってしまった。


その後はどんどんお客様も増え、私も忙しくなり出来たメニューを次々運んだ。

暫くしてルーファス様もやってきたので、会計がてら一言お礼を言う事にした。


「先ほどはありがとうございました」


「いや、大した事じゃない」


いつも表情の変わらないルーファス様が、一瞬照れたような顔をしたのが可愛いと思ってしまい、おつりを渡しながら微笑んで『ありがとうございました』と言うと足早にルーファス様は帰って行った。



その日の仕事は忙しかったけれど、幸せな気分で終える事が出来た。

会計を閉めるのがいつもより時間が掛かり、外は真っ暗になっていた。

それでも気分が良いし、星も綺麗に見えるからと空を見上げてゆっくり帰路を歩く。

すると後ろの方で酔っ払いの声が聞こえてげんなりしてしまった。

せっかく気分が良いのだからこのままご機嫌で帰らせて欲しい。

しかし、視線を落とした先を見て早く帰らなかった事を後悔した。


「あっ!あいつ!!」


顔から血の気が引いていくのが自分でも分かる、背中には冷たい汗が流れ足は今にも震えてしまいそうだ。

それでもここで立ち止まる訳にはいかない、私は急いで後ろを向くと一気に走りだした。

遠くで『待て!』とか言ってるけれど、待つなんて出来る訳が無い。

無我夢中で走りまわって、どこをどう走ったのかさえ覚えていない。

それでも一度止まったらもう走れなくなりそうで、ひたすら走り続けた。


ある一定まで走ったら、声と追いかけてくる気配が無くなっている事に気がついた。

もう止まっても大丈夫だろうか?

さすがに疲れて限界だった私は足を止めた。


「やっと諦めてくれた?………ッ!!」


ほっと息を撫で下ろしていたら、肩に手を置かれ驚きで息を呑んだ。

恐怖で手足が震える中、恐る恐るその手の主を見たが、そこで私はまた目を見開く事になった。


「……ルーファス様?」


そこに居たのはさっき見た普段着のままのルーファス様だった。


「大丈夫か?」


心配そうにこちらを見るルーファス様の瞳に、さっきのお店での事を思い出し、私は安心して脱力してしまった。


「大丈夫……です……」


「危ないッ!!」


そんな私が倒れないようにと、ルーファス様は咄嗟に手を差し伸べ支えてくださった。

優しく触れるその手が暖かくて……

私はそのままルーファス様に寄り添うように倒れると、その背にそっと手を回した。

一瞬ルーファス様も驚いたのか、ビクリと肩が揺れたれどその手を振りほどこうとはしなかった。

だからそのせいと言い訳して、暫く私はルーファス様の優しさに甘えさせてもらった。

お気に入りの人形を抱えているような安堵感に包まれて、私は暫く目を閉じじっとしていた。

しかし、どのくらいだろう、私にはかなりの時間が経ったと感じてた時、不意に我に返ってもう一度上を見上げた。

私を見つめる瞳があまりに近くにある事に今更気がついて、真っ赤になると急いで距離を開ける用に腕を押した。


「ご…ごめんなさい!!私ったら……」


それでも女の腕では男性それも騎士様の力には敵わず、強く抱きしめ返されてしまった。

慌てふためいていると、急にその腕の拘束が緩みルーファス様は私をそっと立ち上がらせると、家まで送ると手を取った。

私も顔に集まる熱は引かなかったけれど、それでも黙って頷くとそのまま自宅に送ってもらった。

アパートまでの道のりは思ったより遠くて、結構な時間歩いていたけれど、その間もルーファス様はじっと私の方を見つめていた。


あの事件から数日、私は今日も平和に暮らしている。

食堂にはあれから例の酔っ払い客は誰も来ていない。

ルーファス様からは相変わらず視線を感じるが、最近はそれに気付くと会釈しあうくらいの仲になった。


ちょっと仲良くなったみたいで嬉しい。


しかし、最近気になっている事が一つある。


「ううーん」


朝の日差しを浴びて、ベットの上で上半身を起こすと両手を上げて背を伸ばす。

直ぐ隣に設置された窓のカーテンが風でかすかに揺れた。

窓の外は快晴で、今日も一日良い天気になりそうだ。


「うん!?」


そんな事を思っていると、また視線を感じて慌てて窓の外を見てみた。

しかし、まだ早い時間なので外に人の気配は無い。


「やっぱり気のせいか……自意識過剰なのかな?」


どうにも最近部屋に居ても、たまに人の視線を感じるのだ。

そのたび確認しているが、いまだその視線の原因は掴めていない。

ここまで来るとルーファス様の事も、やっぱりただの自意識過剰なのかもしれない。


少し恥ずかしくなって頬を染めると、朝ごはんの用意をする為ベットから立ち上がった。


窓の外では、向かいに立つアパートのカーテンだけが揺れていた。


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