その場にあった呼び方と話し方とは?
紬さんと碧が行ってしまい、二階のリビングに残された私と紅さんの間で気まずい沈黙が流れる。
何処を見ればいいのかわからず、結局床を見つめることにした。
あ、とっても奇麗な床。
「いつまで床に座ってんの?」
現実逃避する私に紅さんから話しかけてくれた。
よろよろと立ち上がり、ソファに移動する紅さんの後ろを静かに追いかける。
目は紬さんと一緒のたれ目なのに、目線は鋭いし、口調は強いし・・・・・・。
はっきり言って紬さんに似ていない。
碧ちゃ~ん!!戻ってきて~!!
無理だよぉ。怖いよぉ。
心の中で悲鳴を上げながらも紅さんについていき、ソファに座った。
フカッ。
「っ!?」
紬さんの部屋のソファもフカフカだったが、リビングに置いてあるソファも雲に乗っているのかって程フカフカだ。
これはすごくいいソファに違いない。
熱心にソファを見つめて感動していたら、横から鋭い視線を感じる、気がする。
そーっと目線を端に寄せると。
紅さんにじっと見られている。
目を合わせるのは怖いため、名前を呼んでみる。
「こ、紅さん・・・・・・?」
「ねぇ、あれって何なの?」
あれとは何のことか。
「あ、あれって・・・・・・?」
「あの、呼吸が変になったやつ」
「あ、あ~、な、んでしょうね?」
チッ。
こ、紅さん!?い、今舌打ちをされました!?
そんな、凄まれても私にも何なのか正直わかっていない。
加えて、自分の体であって自分の体ではないようなものだからわかるはずがない。
などと長考していると視界に腕が映った。
もちろん自分の腕ではない。
正面を見ていた私の顔が紅さんの手で挟み込まれ、無理やり紅さんと目を合わせさせられる。
私の目が泳ぎまくる。
この年でその圧?
大人になったらいったいどうなっちゃうの?
黙っているともっと睨まれた。
うぅ、まじでキレてる。
怖い。
何か言わなきゃ。
「か、過呼吸ってやつじゃないですか?きょ、極度の緊張とか、ストレスとかで、なるやつ?でも、私もよくわからないから・・・・・・」
「いつからなの?今は?あたしに緊張してる?」
知識として知っていることを話しただけで、私はこの体の子がいつからこうなったのか、過呼吸になるきっかけになった事件も知らない。
知らないけれど、紅さんとは目を合わせても大丈夫になったみたいだ。
「さっきよりは、いいかもです」
「ふぅ。」
一度目を閉じて、紅さんはため息をついた。
そして、私の顔を挟んでいた両手を下ろして、そっぽを向いた。
「つ、次ああいう風になったら、私が助けるし・・・・・・。あと、紅さんは普通にやめて。碧唯と一緒で紅って呼び捨てでいいし。」
今まで、会話してきた中で一番やさしい声色だった。
紅の耳が心なしか赤みを帯びている気がした。
「あ、ありがとうございます。紅」
「うん。それでよし」
腕組みをして満足そうにしている。
私は感動した。これが仲良し姉妹の関係なのかと。
しかし違ったようだ。
紅は腕組みをやめ、すぐにまたさっきのしかめっ面になって私を見た。
「名前はいいとして、次っ!」
ビシッと音が聞こえそうなほど勢いで、指を差された。
「はっ!はいぃ?つ、次!?」
「あんたさ、変なのよ!」
いきなり人のことを変とな!?
「一体、どこが変なんですか!?」
「名前にさん付けするところに、みんなに敬語。お母さんに向かって紬さんなんて変以外に言いようがない。引きこもる前は母さんって呼んでたし。あんたはもっとふてぶてしかったし、そんなに弱そうでもなかった!!」
同一人物なのか疑うほど切り替えが早くて驚く。
「そ、そんなの知りませんよ!?」
「ほら!また出た敬語!」
私もだんだんイライラしてきた。
何のいわれもないのにどうしてこんなに責められなければならないのか。
「おとなしく聞いていれば!さっきは、『私が助けてあげる・・・・・・』なんて言って、うわ、この子なんていい子なの?なんて、思っていたのに私のこと変だとか言って。敬語ぐらい、いいじゃないですか?大人になって社会に出れば、毎日敬語なんですよ!それに子供にも社会はあります!学校だって小さな社会だし、言ってしまえば、家族ももっと小さな社会みたいなもんです!というか、あんたとかっていう呼び方の方が変ですよっ!なんで、紅みたいな人の近くにいて、碧はあんなにやさしいのか・・・・・・こ、このツンデレがっっ!!」
「・・・・・・」
沈黙がまた流れた。心なしか気温も下がったような気がする。
うわぁ!!かんっぺきにやっちゃった!!
いい年して、こんなに小さい子にまくし立てて、最低すぎる。
紅からは何の反応もない。
反応がないのも怖いが、なにか返事が返ってきても怖くて顔を上げられない。
とにかく謝らないと!!
「す、すみm」
「っぷ、ははは!!早口できっも!!」
謝る前に笑われた。悪口もセットで。
「えっと・・・・・・」
「あんたは何て呼ばれたいの?」
「ま、またあんたって!!じゃあお姉さまって呼んでください!」
紅はそれにも吹き出してしばらく震えていたが、落ち着いてきたのか目に浮かべた涙を指ですくいながら、私を呼んだ。
「悠姉」
それを聞いて、耳が熱くなって、頬も熱くなるのを感じた。
なんだか紅にずっとそう呼ばれてきた気がする。
「紅、それでいいよ!やればできるじゃん!!」
嬉しくなって大きな声が出た。
「悠姉もね。敬語なくなったじゃん?」
私たち二人は見つめあって笑いあった。
そんなやり取りを繰り広げる私たちに遠慮がちな声がかかる。
「え~っと、紅ちゃん、悠お姉ちゃん、もういいかな?」
後ろから急に聞こえた声に驚く。
「あ、碧唯!!いつの間に!いつからいたの!?」
紅は私よりも驚いている。
「あ~、ん~と。悠お姉ちゃんが紅ちゃんよりも私の方が優しいって、早口で語ってたところぐらい?えへへ」
あ~、碧ちゃんはなんてかわいいんだろう?
でも今は別のセリフを言ってほしかったよ?お姉さんは。
ほら、紅ちゃんがこっちを睨んでる。
私が言った悪口、かはわからないけれど内容を思い出してしまったようだ。
「ど~せ、私は碧唯に比べて性格悪いし、きついし、いいところなんかないわよっ。あんたなんか碧唯と仲良くしてればいい!!」
紅は私に体当たりしてから、どすどすと足音を響かせて下の階に行ってしまった。
私はオロオロするばかりで呼び止められなかった。
「まさか紅ちゃんとあんなに早く打ち解けるとは私も思ってなかったんだよ」
碧が何かを言っていたが聞き取ることができなかった。
「え、な、なんて?聞き取れなかった・・・・・・」
「ううん。それよりほら!ご飯!悠お姉ちゃんはまだ一階では食べれないと思うからって、お母さんが運ぶようにって!スープはわたしが作ったんだよ?」
碧はテーブルに温かな湯気が立ち上る料理を手際よく置いて行った。
「それじゃあまた後でね」
「あ、ありがとう。碧」
そう声をかけると優し気な顔で微笑んでくれた。
「うん。碧って呼んでくれるのすごく嬉しいよ。それに敬語じゃないのはもっといい!」
そう告げて一階へと降りて行った。
私は考えることをやめて、フカフカのソファに座り込み並べられた料理をまじまじと見つめた。
目に映るのはおいしそうなソーセージと目玉焼きにつやつやの白ご飯。そして、碧の作ってくれたスープ。
食欲をそそる香りに負け、早々に箸を手に取りご飯をかけこんだ。
目玉焼きは半熟で色は綺麗でつやがあって、ソーセージは蟹の形になっている。
緑がみずみずしいレタスと、彩りを工夫して皿の端にプチトマトが置かれている。
ふんわりとした卵が入ったスープはしょっぱすぎない、まさに碧みたいに優しい味だった。
OLの時は休日に食べるご飯なんて、コンビニのおにぎりか菓子パンだった。
それを思い出すと困惑や驚きの気持ちはあれど、これはこれでいいのではないかと思ってしまう自分がいた。




