一難去ってまた一難
紬さんのご飯を食べ終えた私は、紬さんの部屋にある大きめのベッドに仰向けで寝転がっている。
自分の部屋に帰りますといったのだが、紬さんに却下され、歯磨きなどをさせられて今に至る。
歯磨きするときなんて、仕上げまでされた。
「こんなに泣いたら、明日は目が腫れちゃうかもしれないわね~」
そう言って、私の目の上に保冷剤を包んだタオルを載せてくれた。
「はい、忙しい一日ももうおしまい。」
視界は真っ暗で何も見えない。
ただわかるのは音だけ。
紬さんの足音が遠ざかり、衣擦れの音だけが響いてくる。
パチン。
壁にあるスイッチが消された音がした。
「つ、紬さん・・・・・・?」
「さぁ、悠ちゃん。寝ましょうか。」
そう言いながら、次はベッドに近づいてくる足音。
「え!?いっ、一緒にですか?」
友達と呼べる人も碌にいなかった私にはハードルが高すぎる!!
というか、誰かと一緒に寝るような歳でもないし・・・・・・。
「まあまあ、そう緊張しないで。大丈夫。何もしないから。」
ギシッとベッドが軋む音が聞こえたかと思うと、次に甘い花の香りが一瞬で漂ってきた。
「ふわ~ぁ。おやすみぃ。」
「あわわわ・・・・・・。」
どぎまぎする私を置いて、隣からはすぐに紬さんの寝息が聞こえてきた。
緊張していた私も泣き疲れたのか、私もすぐに寝入ってしまった。
~~~~~~
目が覚める。
もう保冷剤を包んだタオルは顔に乗っていなかった。
寝ている間にどこかにやってしまったらしい。
な、なんか苦しっ・・・・・・。
覚醒していく頭で把握できたのは紬さんの胸に顔をうずめているということ。
あぁ、そりゃあ苦しいわけだ。
って、納得してどうする!
いや、でもものすごくいい感じのふわふわ・・・・・・。
あ、首にほくろがあるんだ。
いやいや!何を考えているんだ!
体は身内だが、中には知らない人が入っているわけなんだし。
何よりもこんなこと考えるなんて失礼すぎる・・・・・・。
ふつふつと申し訳なさが湧いてきたため、紬さんの腕の中から抜け出して、起こさないように布団から外に出た。
部屋の扉にたどり着くまで細心の注意を払って起こさないように扉を開けた。
キィッ・・・・・・。
扉を開けた先にはリビングがあってカーテンが開けられ、眩しい太陽の光が降り注いでいる。
そして、紬さんの部屋から出てきた私を見る二人の女の子もいた。
ソファ越しに二人と目が合う。
紬さんの部屋から出てきたところをばっちりみられた。
「はぁ?」
昨日、私に怒っていた子の声だ。
「お、お母さんと寝てたの!?」
控えめな女の子の声。
「おっ!おはよぅござぃま、す・・・・・・」
最後になるにつれて声が小さくなった。
頑張れ私!こんな子に怖気づいてどうするのよ。
心臓がドキドキしだしてきている。
「えと、こ、紅さん、ですよね?」
目を見て話すことに抵抗のある体だが、反応がないため、二人の女の子を見ることにした。
二人とも呆気にとられた顔で私を見ている。
「は、はぁ?こ、紅さんって・・・・・・。」
二人は顔を見合わせて小声で何か話し始める。
「碧唯、こいつ頭でもおかしくなったの?」
「紅ちゃん、悠お姉ちゃんでしょ?でもちょっと、ううん、だいぶ変だね」
自分に話しかけられているわけでもないのに、二人が会話している最中でも、私の心臓はバクバクと早鐘を打ち始める。
「って!今はそうじゃなくてっ!なんであんたが母さんの部屋から出てくんのよ!?」
話の矛先が私に向かってきた。
「紅ちゃんもお母さんと一緒に寝たかったの?」
「はぁ!?ちっがうし!」
「し~。紅ちゃんうるさいよ」
二人の声が遠くなっていく。
心臓の音しか聞こえない。
「あ、え、っと・・・・・・」
視界がかすんできた。
「悠お姉ちゃん?」
優しい声の少女が私を心配する声を出す。
茶色の髪を肩まで伸ばした女の子が、私のそばに寄ってくる。
考えればすぐにわかることだ。
昨日、紬さんと話しただけで呼吸が苦しくなるような体なのにいきなり二人と話すなんて、難易度が上がりすぎだ。
なんて、冷静に頭では考えてはいるけれども、体が言うことを聞かなくなってきた。
そのまま床にうずくまってしまう。
「ゆ、悠・・・・・・?」
元気そうな声が心配するものに変わり、ウェーブのかかった茶色の髪が視界に入った。
いま、目を合わせられるのはつらいかも・・・・・・。
「ヒュー、ヒューッ」
「ゆっ、悠っっ!」
「お、お母さん!!悠お姉ちゃんが!!」
あまりはっきりしない意識の中でも二人の心配してくれている声が聞こえる。
「ゆ、悠ちゃん!?」
ドタバタと後ろの方から足音が聞こえて、抱き寄せられた。
「っつ、む」
「大丈夫っ、吸って」
スー
息を吸って
背中を撫でられる。
「吐いて」
息を吐いて
ハー
また吸って、吐いて。
何度繰り返したかわからないが、いつも通りの呼吸ができるようになった。
「す、すみません。」
俯きがちに伝える。
私の言葉に紬さんが返してきた言葉は優しいものだった。
「謝らなくていいし、頑張らなくていいのよ。焦らないで、もっとゆっくりでいいの。」
「だ、大丈夫?悠お姉ちゃん?」
紬さんよりは小さな手が私の背中を撫でた。
紬さんは私から離れ、優し気な女の子の名前を口にした。
「碧唯ちゃん、悠ちゃんのことギューッと抱きしめてあげて?」
そして、謎の指示も。
「え?な、なぜ・・・・・・抱きs」
ギューッ。
「う、うおぉ・・・・・・」
「悠お姉ちゃん、私すっごくびっくりしたよぉ!!」
そう言って、私の膝の上に跨り、真正面から抱き着かれる。
待って、この子超力強いんですけど?
めちゃくちゃ絞めてきてるんですけどぉ!
ちょ、ちょっと、ギブギブっ!!!
「碧唯。悠が苦しそうだから、そのへんにしな」
私が死にかけていたのを見かねてか、紅さんが止めに入ってくれた。
抱き着くのをやめた碧唯さんは私の膝の上に乗ったまま、私の体を触ってくる。
二の腕を触られたかと思うと次はお腹、脇腹、という風に機械の精密検査のようにくまなく触られた。
そして最後はさっきよりは緩やかな抱擁をされる。
「私は碧唯。悠お姉ちゃんは碧って呼んでね。」
口調は優しいが、有無を言わさぬ強い圧がある。
「は、はい。碧ちゃ・・・・・・。あ、碧」
ちゃんをつけようとしたら、さっきの倍の力で抱き着かれた。
な、なんだか、とんでもない子だな。
一方、紅さんは黙ったままでいる。
紬さんは腕に着けていた髪ゴムを使って、後ろでまとめて結った。
「みんな、お腹すいたでしょう?朝ごはんつくろっか?碧唯ちゃん、手伝ってちょうだい。」
「うん。わかったよ。」
私の膝からスクッと立ち上がって、碧は紬さんのそばに行った。
「あ、紅ちゃんは悠お姉ちゃんと一緒にいてあげてよ。」
碧の言葉にまた紅さんの顔は険しくなる。
「は?なんでよ?あんたが一緒にいてあげればいいでしょ?」
「いいから、ほら、いくよおか~さん!」
碧は紬さんを強引に引っ張る形で一緒に一階へと降りて行った。
碧ちゃん!!どうしてお姉さんをこの子と二人きりにしたの!?
お姉さん、この子とは相性よくないと思うんだけどぉ!?
私の心の声は無情にも碧には届かなかった。




