姉と妹
なんやかんやあって、紬さんの部屋で待機中の私、悠。
この体は十分なのかはわからないが、ぐっすりと眠ったことで今朝感じた頭痛や体のだるさはすっかり消えた。
今あるのは異常なまでの食欲。
ぐう~、くぅぅ~。
空腹を訴えかける音が私のおなかから響いてくる。
今は17時40分、下からはもういい匂いがしてき始めている。
紬さんは料理上手なんだろうか・・・・・・。
そんなことを考えていると、数分もしないうちにバタンッと一階の玄関から音がし、バタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
私はそっと部屋から出て、階段のところまで行った。
あまりいいことではないかもしれないが、聞き耳を立てる。
「たっだいまー!!」「ただいま、お母さん」「ただいま~。はぁ、つかれたぁ」「ただいま、母さん♪」
一階から元気な女の子の声と、控えめな女の子の声がした。
声のトーンが高い。
そして、けだるげそうな女性の声と、弾みのある女性の声もした。
こちらの声のトーンは幾分か落ち着いている。
この人たちが私の姉妹なんだろうか?
私はもともと一人っ子だし、姉妹とか兄弟とかに憧れがあったからなんか楽しみだな。
でもなんでだろ、何とも言えないこの感じ・・・・・・。
そうだ・・・・・・。
私は本当の家族なんかじゃない。
むしろ他人だ。
そう考えだすと足の先から頭のてっぺんまで冷えていく感じがしてきた。
そんな私をよそに、家族の会話が一階で響く。
「みんな、お帰りなさい。手を洗ってきて。ご飯できたわよ」
「は~い!」「は~い・・・」「いってきま~す♪」
「私はキッチンで手を洗ってもいい?」
「もちろん、いいわよ」
三者三葉の明るい声が響く。
暫くすると、みんな手を洗い終え、ご飯の配膳をし始める。
「いいにお~い!!」「ちょっ!?よだれ出てるっ!!」
「今日はお魚の日。楽しみだったの」「そう?私は、明日のお肉が待ちきれないなぁ」
私だけがいない、家族の姿がそこにあった。
そんな時だった。
なんだか空気が変わり始める。
けだるげそうな女性の声が紬さんを呼ぶ。
「お母さん」
「どうしたの?楓夏?」
「一皿、多くない?」
「これは、悠ちゃんの分よ」
「・・・・・・え?」
元気そうな女の子の声がして、怒気を帯びている。
「な、なんで悠の分があるのさ!」
「こ、紅ちゃん・・・。悠お姉ちゃんだよ・・・・・・」
控えめな女の子の声はなだめようとしているようだ。
でも、宥められなかったよう。
「うるさい!あんたはちょっと黙ってて!」
弾みのある女性の声は幾分か落ち着いている。
「私も紅の言いたいことは分かるわ。悠は今日どうしたの?」
「いつもなら悠は私たちの知らない間に、ご飯を食べてるよね」
この雰囲気からして、私の姉妹たちはあまりいい感情を私に抱いていないみたいだ。
「悠は、四年生の時から引きこもって、母さんにお金もらってはゲームばっかりじゃないっ!!あんなのに気を遣う必要はないよ!!」
「紅に同意。だって、あいつは引きこもったときから、母さんのご飯に口をつけたことないよね?それに酷いときは、せっかく作って持って行ってやった飯をお盆ごとひっくり返したりもしてたでしょ?」
元気な声の少女とけだるげな声の女性が言う。
私はというと。
えええええぇぇぇ!?そんなことやっちゃってるんですか!?この子!!
って、今はあたしがこいつだったわ!!
ていうかそんなことしてるなんて!私でも一発グーで殴ってるよ!?
何なのこの子!
そう思いながらも視界がぼやけて、涙が頬を伝った。
自然と私は耳を塞いだ。
そうして紬さんの部屋へと戻った。
私自身は全く悲しいなんて感じないし、申し訳なさを感じる所以もないがそれでも胸がすごく締め付けられる思いだった。
これは・・・・・・この子の体がそういう風に感じさせるのだろうか。
いつの間に来たのかわからないが、紬さんが部屋にいた。
あたたかな湯気が上がるご飯がお盆の上にある。
それを一度、部屋にある低いテーブルに乗せた。
そして紬さんは私に近寄り、私を抱きしめようとした。
私はそれを拒絶した。
「こ、こな、いで・・・・・・」
涙があふれてくる。
それなのに、紬さんは距離を詰めて、私の前髪を掻き上げて額にキスをした。
「あぁ、悠ちゃん、泣かないで?ゆっくり息を吸ってね」
言われるがままに吸った。
ス―
「はいて―」
ハー
「ゆっくりでいいの。繰り返して」
しばらく私の嗚咽交じりの、吸う息と吐く息の音だけが紬さんの部屋に響く。
「な、泣いてない・・・・・・ですっ。グスッ」
抱きしめられながら、ゆっくりと頭を撫でられる。
紬さんは結んでいた髪ゴムを外して、私の髪を後ろでまとめて結んだ。
「さ、悠ちゃん。ご飯食べよっか・・・・・・!?」
言い終わる前に 私は紬さんに抱き着いてまた泣いた。
体だけじゃなく、心まで幼くなってしまったんだろうか。
頭の中はぐちゃぐちゃで目からは涙が止まらないし、私が思っていることとは違う言葉がだんだんと出てくる。
「ご、っっごっめん、なさ・・・・・・」
苦しい、呼吸もそうだけれど、心が。
「あぁ!また呼吸が・・・・・・。ほら、大丈夫だから。謝らなくていいのよぉ」
紬さんは私の背中をゆっくりと撫でる。
私が落ち着くまで、紬さんは抱きしめてくれていた。
「何も考えなくていいの、ゆっくり呼吸して、大丈夫だから・・・・・・」
紬さんの部屋のごみ箱はたくさんのティッシュで埋め尽くされた。
「な、なんか、ずびばぜん・・・・・・。ズビッ」
紬さんの服も私の涙と鼻水でシミができちゃってる始末。
体は違うとしても中身は28のOLだぞ!?
一体全体どうしてしまったんだろうか・・・・・・。
「いいのよぉ。もう、大丈夫?」
「は、はい・・・・・・」
「じゃあ、少し冷めちゃったかもだけど、ご飯食べましょう?」
紬さんは部屋にある、小さなテーブルにご飯を並べていった。
「い、いただきます・・・・・・」
「は~い」
紬さんに見られながらも空腹には我慢できず一生懸命にご飯をかけこむ。
モグモグ・・・・・・。
「お、おいしいです!!っ!?うっ!!」
「あ~!あんまり急いで食べないで、ほらお茶飲んで。」
ゴクゴク。
「ぷっはあっ!おいしい!!」
お茶を飲んでからも勢いよくご飯をかけこんでいく。
モグモグ・・・モグモグ・・・・・・。
あまりにもおいしすぎて、紬さんがそばにいることを忘れてた。
私は口に入っているものを飲み込んでから話しかける。
「つ、紬さんの料理はすごいです。紬さんは、たべないんですか?」
「夜はあまりお腹空かないの」
紬さんは私を見つめてそう答えた。
「そ、そうなんですか」
私は目をそらしながら、他愛のない話を続けようとした。
「じゃあ、えっと、お酒などを嗜んだりするんですか?」
「ううん、あんまり。それより、ほら集中して食べないと、米粒がついているわ。」
そういって私の口元についていた米粒を人差し指でとってくれた。
こういう時は、えっと。
口を開けて紬さんの方を見た。
そして紬さんの指にある米粒を口に含んだ。
ちょっとだけ紬さんの指に口が当たってしまったかもしれない。
「えっ?」
驚いたような声が聞こえてきた。
それに気づいた私は自分がしたことに驚いた。
「わっ、な、なんか思わず・・・・・・。て、手!!洗ってください!!」
「ふふふ、大丈夫。空になったお皿、片づけてくるわね。」
「あ、ありがとうございます。」
そうして部屋から出ていく紬さんを見送りつつも、私はスープに口をつけてまたおいしさに浸っていた私には紬さんのつぶやきは聞こえてこなかった。
「あぁ、もう悠ちゃんはいないのね・・・・・・」




