レッツ!!身体交換!!
気付けば28歳。
小さいころから働きづめの両親をみて育ってきた。
私自身も、身を粉にして必死に働いている。
ここ最近はずっと老後のこと、お金のこと、仕事のことが頭の中にある。
22時を過ぎても一向に仕事の終わりは見えてこない。
~一時間前~
自身の仕事も片付きだしたところ、後ろのデスクから嫌な声が聞こえてきた。
頭の生え際が少し寂しい上司が隣の同僚に話しかける。
「この後、一杯いこうか。」
それを受けて、まんざらでもなさそうな返事を男性社員が返す。
「まず一杯で済まないし、一軒でも済みませんよね~。」
そのセリフ昨日も言ってたよな。
ていうか一昨日も、いや毎日同じ感じでこの人たちは飲みに行くんだ!
この後のセリフは・・・・・・。
「あっ、井上さんも来るよね?」
案の定、今年四月に入社したかわいいゆるふわ系女子に声をかけた。
「行きます~!でも・・・・・・。」
これはとてもよろしくない流れだ。
「あ~、こ・れ・は!よろしくお願いしますね!」
そういって私の机の上に大量の資料が載せられていく。
ドンッ。
「えっ、あの、ちょっ・・・・・・。」
振り向く隙もなく、何も言うことができないうちに、彼らは出て行ってしまった。
他の社員も死んだ魚の目をして、仕事が終わると帰り支度をして早々に飲みに行く人、帰宅する人が会社から出ていく。
そうして私の机には大量の紙束だけが残った。
~~~~~~
思い出しているうちにだんだんとイライラが沸き上がる。
その時、音がかすかに聞こえてきた。
残っているのは私一人・・・・・・のはずだが、扉の向こうからカッカッカッというハイヒールの音が響いて、扉がバーンとあけられた。
「わおっ!今日も、仕事熱心で感心感心っ!!」
黒縁眼鏡で長い黒髪を後ろにまとめている、私の嫌いな奴がやってきた。
「小林、何しに来たのさ?」
不機嫌さ丸出しで私は声を出す。
「そんな顔するなよっ!ははは!」
小林はオタクというよりは色っぽさの方が強くにじみ出ている。
それが黒縁眼鏡と黒髪で緩和されている感じだ。
私が新卒で入社してすぐに小林から気に入られた。
なぜ気に入られたのかは謎だ。
「どれどれ~、ま~ためんどくさいことを押し付けられてやんの。この私が手伝ってやろう!」
隣にイスを移動させてきて、私のデスクに置かれた紙を手にする。
「いや、喋り方もだいぶ色っぽさを薄めてるな・・・・・・」
「ん?何の話?ねぇ、てかさ、これ終わったらさ、・・・・・・ちょっと飲みに行こうよ?」
私のつぶやきに疑問を浮かべながらも、こいつは飲みに誘ってきた。
さっきのやり取りが思い出されてイライラしてくる。
「無理です。嫌です。大体、他部署のあんたがなんでうちの所の仕事をするのさ?自分の仕事は?そっちって今忙しいって聞いたよ」
きっぱりと言い切った。
一応、小林は年上だがあまり気にしない。
「ちぇ~、そんなこと言うんだ!じゃあ、手伝ってやんな~い!」
そう言って、小林は腕を頭の後ろで組んだ。
私は気にせず、資料の入力をしていく。
しばらくの沈黙に耐え切れなくなったのか、小林は話しかけてきた。
「嘘だよ?嘘。ちゃんと手伝うからさ~。なんか喋ってよ!」
隣のデスクトップパソコンの電源をつけつつ焦ったように話しかけてくる。
「何を話せばいいんです?」
「そうだなぁ、どうして私には強く否定できるのに他の人にはできないのか、とか?」
パソコンのログインをしながら私に話しかけてくる。
「それ、前にも言いませんでしたっけ?手伝ってくれるっていうなら黙ってやってください」
「へいへい、仰せのままに!」
~~~~~~
二人で作業をして、結局終わったのは深夜の1時。
小林はこの後もやりたいことがあるからと自分の部署に戻っていってしまった。
忙しかったんじゃん、小林・・・・・・。
悪いことしたかな。
帰りの道中で一人反省会をする。
一人悶々とする中で、アパートについた。
反省会のまとめは、明日小林にコーヒーをプレゼントすることにした。
靴も脱がずに玄関に寝そべる。
「ぬわー。づかれたー」
少ししてから、リビングへと向かう。
スーツのスカートを脱いで、ストッキングとともにそこらへんに掛けておき、冷蔵庫からキンキンに冷えたストワンを取り出す。
ストロングワンを私は日頃から愛飲している。
ソファにドカッと腰を掛けて上はブラウス、下は下着一枚でスマホ片手にストワンに口をつけて一気に胃へ流し込む。
私の趣味は人気のなさそうなスマホアプリを探すこと。
自分だけが知っている、自分だけがプレイしているっていう感覚が好きだから。
独占欲はかなり強い方だと思う。
手にしていたスマホを二回タップする。
あとはアプリショップを開いて、ひたすらスワイプを繰り返し、人気のなさそうなアプリを探す。
スワイプしていた指を止めた。
「身体交換?」
はい、見つけました。
あれですか。
人気になった、某映画の要素があるという感じですか。
一時期有名になった『黄身の名は。』という映画だ。
卵の黄身と白身が入れ替わる感じで・・・・・・。
内容はあまり知らないけど。
タップして開く。
他のアプリ説明と変わらず、短い謳い文句が綴られていた。
『このアプリを起動させれば、簡単な質問に答えるだけで、同じサーバー間で接続している方と身体交換ができます!!新鮮な体験がしたいという方は今すぐインストールを!!※身体交換は一度だけです』
・・・・・・ん~?
簡潔すぎる説明に要領を得ないが、とりあえずインストールすることにした。
「ダウンロード時間結構長いな、まあいいか。」
ストワンを胃に流し入れて、おつまみに枝豆をチンしてきて食べながら、やっとインストールできた『身体交換』のアイコンをタップし、開いた。
数秒のローディング画面が表示され、次に真っ白な背景に似合わない、真っ黒なハムスターが顔を出した。
黒いハムスターに吹き出しがついて、文字が表示される。
『やあ!僕は、黒スターです』
おう。ネーミング・・・・・・。
『今回は身体交換をインストールしてくれてありがとうございます!』
やけに丁寧な口調でしゃべるハムスターだな。
『あなたは記念すべき当アプリの1人目のご利用者です』
まじか!!やった!!一番最初っていいね!
・・・・・・・・・?
「いやいや、でもそれだと身体交換できないじゃん。サーバー?か、なんかで繋がるんでしょ?」
このゲームでキャラクリエイトして、他人とのキャラとばくりっこする的なコンセプトなんじゃないの?
『これから質問をしていきます!!質問に全て答えると身体交換を行います!!その際には、あなたの体は消え去り、存在は忘れ去られます。準備が出来次第、同意をタップしてください!!』
壮大な物語だな。
消え去るとか忘れ去られるとか・・・・・・。
利用規約の文章が出てきたが、私はスルーして同意をタップした。
大抵の人は読まないはず。
『大切な方はいますか?(物・ペット可)』
≪いる≫と≪いない≫の文字が表示された。
大切な方、という文字で両親を思い出した。
両親は仕事ばかりで、一緒にいてくれたことなんてあっただろうか?
答えはノーだ。
起きた時も、寝る時も、ご飯をたべるときも、風邪をひいて熱が出たときも、寂しくて泣いたときも、そばにいてくれていた人は誰一人としていなかった。
それに、小さい頃は今よりも暗い性格で友人などできなかった。
今も結構暗いし人付き合いも苦手な方だけれど。
≪いない≫をタップした。
『理由をお聞かせください(この質問だけです)』
画面に文字を打った。
『親は仕事ばかりで、友人はいないから』
小林のことが頭をよぎったが、友人ではないからエンターを押した。
なんだか、悲しくなった。
『では、次は家族の多いところにしましょう』
ええ・・・・・・。
なんか謎だなこのアプリ。
次、行こう。
次。
こういうアプリは深く考えたら負けだし。
『次の質問です。社会人として生きますか?学生として生きますか?どちらでも良いですか?』
≪社会人≫と≪学生≫と≪どちらでも≫の文字が表示された。
正直にいってしまうと、働きたくはない。
素直に≪学生≫をタップした。
『最後の質問です。男性として生きますか?女性として生きますか?どちらでも良いですか?』
≪男性≫と≪女性≫と≪どちらでも≫の文字が表示された。
男性になりたいと思ったことはある。でも、女性は女性でいいと思う。
≪どちらでも≫をタップした。
『ご協力ありがとうございました!!これから、身体交換を行います』
「は?いや、記念すべきこのアプリ利用者1人目なんですけど!?ゲーム内のキャラで入れ替わりがあるってことなんじゃないの?」
『あなたには、この世界で希望を失くした方になってもらいます』
唐突に意識が朦朧としてきた。
今日はよく働いたし、ストワンが効いてきたのかな・・・・・・。
このアプリ、インストールしたの失敗だったかも・・・・・・。
もっと別の面白いアプリが・・・・・・。
寒気が襲ってきて、『レッツ!身体交換!!』という画面に表示された文字を最後に、意識が遠のいていった。




