◆第十六章:戸畑 峯子
「…先生、今日の放課後時間をいただけませんか?」
そう言ってきたのは宇多田小町。私が顧問を勤めるバレー部の一年生だ。
といっても試合の同伴をするくらいで練習を積極的にみてやっているわけではないわ。
そもそも残業代も出ないのにそんなことをしなければならないのがおかしいのよ。
それでも私は人気の顧問よ。
こんな田舎のむさ苦しい教師に囲まれながらも一人健気に咲く若き女教師なのよ、当然だわ。
「どうしたんだ宇多田?」
「…相談があるんです。」
宇多田は何を話すかは教えてくれなかった。
仕方なく私は放課後に生徒指導用の教室を借りて宇多田の話を聞くことにした。
「それで相談ってなにかしら?」
「…先生は溜め池の噂をご存じですか?」
生徒達が最近話しているあれか、なんでもブラックバスだけ死んだとかいう。ニュースでも取り上げられていたっけ。
「勿論知っているわ。」
「…私がやったんです。」
…はぁ?
「どうしたの小町ちゃん?」
「…私がやってしまったんです。」
夢見がちな思春期はこれだから困るわ。
「夢でも見ているんじゃないの?」
「本当に私がやったんです!!」
そこまで言い張るのだから根拠があるのだろうか?
「これが原因なんです。」
そういうと彼女は白いカードを取り出していた。
「…なにかしらこれ?」
「…見ていてください。」
彼女がカードで私達の間にある机に触れると一瞬で机はなくなる。
「…え?」
私には何が起きたのかわからなかった。
「このカードはなんでも吸い込めるんです。」
そういって彼女はカードを見せてくる。さっきまで真っ白だったカードに机が描かれている。
宇多田の話をまとめるとこうだ。夏休みのある日怪しい不審者からこのカードをもらって使うようにそそのかされた。
実際に使ってみると今机を消したようになんでも消したり出したりできるらしい。
最初は面白半分で使っていたがある時どれだけ大きなものが入るか試してみたくなりあのため池に近付いたのだそうだ。
ため池にいってみるとブラックバスの放流禁止の看板がたっておりブラックバスは悪い魚だから退治しなきゃと思ったらしい。
そして実際にカードを使うと気付いたら池が干上がっていたようだ。
何もない空間でブラックバスだけがピチピチと跳ねていたという。
あまりの光景に暫く棒立ちになり、気付いたら魚の死骸が一面に落ちていたのだ。
そこで正気を取り戻し怖くなって池を元に戻したのだ。
「気付いたら魚が死んでいたのも怖かったんです。…でも違うんです、池を戻そうともってカードを出したら手が震えて…、空中に池を戻しちゃったんです。…そしたら急にバケツをひっくり返したような水が池に流れ込んで魚の死骸が混ざり合うように泳いでいたんです…。」
「それで怖くなって私に相談しに来たの?」
「いいえ、まだ半分です!」
彼女は震えていた。
「先生も知っているでしょう!夏目さんが消えたこと!」
夏目花梨。彼女もこの学校の一年生でサッカー部のマネージャーだ。昨日から消息不明らしい。
「夏目さんが消える前にSNSにこの写真をあげていたんです!」
そう言って彼女はスマホの画面を見せてくる。
そこには銅像をずらす夏目花梨の姿があった。
…トリックアートだろうか?
そう思ったがよく見ると彼女の手には宇多田と同じカードが握られていた。
「夏目さんはこれを投稿した直後に消えたんです、きっとこのカードが関係しているはずです。」
彼女は不安そうな顔をする。
「…私も消されるのかなと思うと怖くなって。」
今にも泣きそうだ。
「前に三年生の石田さんが消えたって話も無関係じゃない気がするんです!」
確かに三ヶ月前から石田とかいう生徒も消えている。
警察が何度か学校にきたがなんの痕跡もなかったらしい。
「警察に言うのも私が犯人じゃないか疑われるかもしれないし夏目さんのことがあるんで先生に相談しようと思ったんです…。」
…私にどうしろってのよ。
「小町ちゃんはどうしたいの?」
「…わからないんです、…とにかく怖いんです。」
そういって彼女は泣き出してしまった。
可哀想な娘…。
私は机に置かれたカードに手をとる。
真っ白なカードはどこか怪しい魅力を帯びている。
なんだも吸い込めるか…、お金を出すカードだったらよかったのに。
話を聞いて使い方はわかった。
彼女はこの不思議なカードの力を恐れている。
確かに最近生徒からおかしな噂をよく聞く。
このカードはなんでも出したり消したりできる。
これが関わっているという彼女の考えは頷ける。
今二人の生徒が行方不明になっている。
そう言えばうちのクラスの静海も家出していたっけ?
…もしかしてそれもこのカードのせいなの?
行方不明、カード、なんでも出せる…、なんでも消せる…。
カードを持っている人が一人じゃないとしたら?
何枚かこのカードがあるとしたら?
なんでも消せてなんでも出せる。
このストレスばかりの職場も、…面倒な生徒も好きに消せる。
将来が安定していると思って始めた仕事だけど割に合わないといつも思っていた。
特にこの学校はむさ苦しいおっさんばっかりで出会いもない、仕事がかさむばかりで時間だけが過ぎていく。
…このカードがあれば私は変われる?
その時私は二人の生徒が消えた理由を理解した。
「…小町ちゃん、怖かったわね。」
彼女は泣いている。
「この事は他の人には?」
「…言っていません、先生が初めてです。」
もう二人消えているし三人消えても問題ないわよね。
「先生はいつも優しいから信頼できると思って…。」
ありがとう小町ちゃん。
「安心して小町ちゃん。」
私にチャンスをくれて。
「このカードは私が貰うわ。」
驚いて私を見る彼女にカードを向ける。
「え?」
生徒がいたその場所にはもう誰もいない。
「この子は適当なところに隠さなきゃね。」
驚いた女の子が描かれたカードが私の手元にある。
「とりあえずうちに閉じ込めとこうかしら、聞きたいことも一杯あるし。」
彼女の荷物をとり私は席をたつ。
「高い家賃を払って防音防犯のアパート暮らしでよかったわ。」
「まずは静海、あのこが怪しいわね。」




