◆第九章:石田 一俊
「お疲れ様です!戸畑先生!!」
「おう、気をつけて帰れよ宇多田!」
あそこで賑やかにしているのは女子達はバレー部か。
午後八時、学校から部活を終えた生徒が散り散りと帰宅する。
かくいう俺もその中の一人だ。俺は剣道部だがな。
幼い頃から続けている剣道は特別強いわけではない。ただ人並み以上に戦える自信を俺にくれる。
梅雨に入り始めるこの季節を俺は好きではない。この調子で降っていたら明日の清掃ボランティアが中止になってしまうからだ。
はっきりいって俺のように自主的に参加する学生はそんなにいない。
あそこのバレー部の女子生徒のように皆それぞれ自分の時間があるのだ、当然のことである。
それはそれとして最近俺は家に帰るまでの間の清掃活動をしている。
今日も落書きで寂れたシャッター街を訪れた。
人がいなくなったことを見計らうと俺は胸ポケットから白いカードを取り出す。
「上手く使ってください。」
これを渡してきた謎の男の言葉を思い出す。
一週間前に突然現れ突然消えたあの男、何者かはわからないが俺にこの魔法のカードをくれた恩人だ。
カードを落書きにかざすとスッと吸い込まれるように落書きが消える。
そしてもう一度カードを空にかざすと絵は塵となって消えていく。
この瞬間なにか胸がすくような不思議な気分になる。
いいことをするというのは気持ちがいい。
こんな雨の日でも晴れやかな気持ちになる。
俺はカードを手にいれて善行に使おうと決心した。上手く使えとはそうゆうことなのだろう。
どうやったら人の役に立つか色々と考えた。
そして俺のだした答えはこれだ。
落書きを消すことだ。
落書きがあるかどうか、些細なことに感じるかもしれないがこれは重要なことだ。
割れ窓理論と言うものがある。窓が割れているとそこは泥棒の根城になると言う理論だ。
つまり汚い場所があるとそこは管理が手薄いということが周りに知られ、心の汚れた人間が集まると言うことだ。
俺はこうやって日夜落書きを消している。
一つ一つは小さなことかもしれないがいずれ街のみんなが気付く、掃除してまわる誰かの存在に。
そうすると皆が今まで近寄りがたかった場所が減り平和な生活を謳歌出来る。
そうして人々は自分たちで綺麗な街を守ろうという意識が生まれる、大事なのはそこだ。
俺の小さな行動がいずれあとをゆく多くのものの指標になる。
これこそ真に正しい行いなのだ。
帰りの道中、高架下のトンネルを通る。
ここは特に酷かった。街のヤンキー達が我こそはと書きなぐった落書き、見るたびにイライラしていたのだ。
しかしここも昨日綺麗にした。清々しい気分で通ることが出来る。
そう思っていた矢先怪しい人影がトンネルに現れる。
あろうことかその人物は手にスプレー缶を持ち今もなおトンネルに吹き掛けている。
雨が降るこんな日にも関わらずその人影はせっせと文字を書いている。
夜露死苦と汚く文字を書き終えた人影は私に気付いたのかそそくさと逃げ出す。
レインコートを深くかぶりマスクをつけていて顔は見えなかった。
私が綺麗にしたばかりだというのに、なんと無礼なやつなのだろう。
あんなやつらは早く死ぬべきだ。
私はそう思いながら人気のないことを確認し再び文字をカードに取り込む。
「なるほどねー!」
ふと振り替えると先程のフードの人物が現れる。
「な、なんだお前は?」
私は慌てて距離をとる。
「カードにそうゆう使い方があるとは考えたね!」
…こいつはカードのことを知っている!?
「いやー、勉強になったなー!すごいなー!」
おどろおどろしく喋る声の主は男のようだった。
「最近突然落書きが消えるって噂を聞いたからここで文字書いて待ち構えていたけどすぐに会えるとは思ってなかったよ!」
「やっぱり僕以外にも配られている人がいたんだねぇ、楽しみが増えたよ!」
「…お前は何者だ?」
「そうだねぇ…、強いていうなら君と同じ選ばれた人間だよ!」
そういってレインコートの男はカードを見せてくる。
俺は直感的にそのカードが俺の持っているものと同じであると察した。
何故そう感じたのかはわからない、ただ彼のカードは私のものと明らかに違う点がある。
真っ黒なのだ。
「他にもカードを持っている人っているのかなぁ。」
「…俺にはわからん、カードのことを知っているのはお前が初めてだ。」
「…なんだ、知らないのか。」
つまらなそうに男は言うとカードをこちらに向ける。
「ならサヨナラだね!」




