*** 4日目 ***
作中にはリアリティー追求の為、一部実在の設定・名称に基づく表現を使用しておりますが、こちらの物語は作品全体を通してフィクションです。
その次の日、東間は昨日より僅かに寝過ごした。
夜更かしをした覚えはないのだが、目覚まし時計は役目を全うしてくれなかったようだ。
こういう時は、気持ちだけが急く。
けれど、その理由は人とは違った。
「これじゃあ、一本遅れるかもしれない」
彼が焦るわけは、ただ一つ。
「あの子に、会えない……」
結局、東間はいつもより一本遅い電車に乗った。
それでも混雑する時間帯には違いないのだが、比較的少ない人の波に揉まれながら、軽い放心状態で目的の駅への到着を待つ。
飽きもせず外を見ていたのは、いつもの流れで最後尾の開閉口に立ってしまったことと、彼女も乗り遅れたりしていないか等という微かな期待があったから。
だけど、そんなに上手い流れが出来る訳がない。
ここは物語の中ではない。人によっては理不尽ばかり経験するような、そんなどうしようもない現実世界なのだ。
「はあ……」
彼はただ溜息だけを吐く。期待する自分が、ひどく滑稽に思える。
カタカタと目の前の開閉口が振動し、その音に自然と反応して顔を上げた。
反対車両が迫り、そして、現実味に反しゆっくりと通り過ぎていく……。
「…いた。……いた!」
思わず声になる。そのことに遅れて気付き周囲を窺えば、幸い小声で済んだのか誰も自分を見ていなかった。
東間はホッと一息ついて、先ほどの一瞬を脳内で再生させる。
反対車両の最後尾。
すれ違うその瞬間、彼女の姿を見た。
例え車両が変わっても彼女の存在感は変わらないのか、半円状の間隔はそのままである。
「ああ、今日も美しかった……」
残念な始まりに思えた朝、すれ違いの一瞬で彼の今日の運勢は決まった。
***
今日、七時四十五分。
八千種 百栄は寝坊した。
昨日読み終えた本を前に、不明な部分や自己解釈できる部分を更に増やそうと、つい夜更かししたのだ。
いつもなら六時には必ず起床し、朝食を済ませた後は出発時刻の七時五十分まで出来る限り本を読むか、もしくは持っていく本の厳選をするのだが。
今日はそういう訳にもいかず、仕方なく朝食を抜きそのまま駅に向かった。
時刻は、午前八時。
最寄駅へは十分ほどで着くのだが、それでも朝食を抜いた寝起きの体では少しばかり動きが鈍くなる。
午前八時十五分。
彼女はいつもより、一本遅い電車に乗った。
百栄の乗る方面は、一本遅れたくらいで混雑具合が変わるわけではなかった。
だが、それが問題なのではない。
そもそも人に揉まれるという経験を、これからもすることはないだろう彼女に、その心配は無意味だ。
なら、何が問題なのか。
それは寝坊したことにより、朝の恒例行事の一つである本の選別を怠ってしまったこと。
それが今日この瞬間の隔絶から、程遠くさせていたのだ。
百栄は、全ての作品に対して平等に目を通せるよう、毎日入れ替えている。
昨日読み終えた本は習慣として既に棚へ戻してしまったし、朝の楽しみとしているそれが出来なかったことで、彼女は周囲を切り離せずにいた。
ーーいろいろな意味で、習慣というのはコワいものだ。
その時だ。彼女が乗った車両は、反対車両との風圧により揺れた。
昨日と同じく、ガタガタと。
そして彼女は軽くバランスを崩し、そのことで顔を顰める。
今日からは絶対に夜更かししないよう気を付けよう、と百栄は静かに誓った。
試しに読んでくださった方も、ブクマしてくださってる方も、ツイートから飛んできてくださった方も、読了ありがとうございます。
重ねてお疲れ様ですm(_ _)m