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 *** 回想と独白 ***

作中にはリアリティー追求の為、一部実在の設定・名称に基づく表現を使用しておりますが、こちらの物語は作品全体を通してフィクションです。



「どうしたんだよ、気持ち悪い顔をして」


 いやだ。違う。だって、ここで俺はーー「いや、実は3世紀に一度と言っても過言じゃない程の、超絶美人な女子を発見してさ」と答えていた。


 けれど重なるように聞こえてきたのは、生気のある声。


「いや、なんか背筋が寒くてさ。もしかして変な霊とか憑いてんのかな……?」


 それに対して聞いたことのある同級生の、聞いたことがある返事。


「はは、大げさだろ」

「いや、もしかしたら本当に……」


 やはり重複している声は、自分のものではない。


 本当だって……。なあ?


「はいはい。俺には分からんがなー」


 その言葉に対してだって、俺は「見たら絶対に惚れるぜ」なんて言って笑い返していたのだから。


 それが6日前のこと。





 5日前の朝だって、俺は会話していた。


「おまえ、また気持ち悪い顔をさせてるぞ」



 え……?と思い水溜りを鏡代わりに覗き込むと、明らかに《自分のものではないように》青ざめている顔が映る。


 あの時、心配してくれたのは俺に対してじゃなかったのか……?



 同日の昼には、


「おい。おまえ大丈夫か? 顔色悪いぞ、保健室行けよ」


 そう気遣ってくれるからと、「分かった。ちょっと休んでくるよ」と言って教室を出たのだ。


 しかし東間は知らない。彼が教室を出た後に、その同じ場所で行われた会話を。


「は? おれ、どこも悪くないけど?」


 そう話す声は、間違いなく東間の声に重複していたものだ。その子は確かに白肌が際立ってはいたが、それでも頬には血色があり瞳には活力が宿っている。


 そういう子が、東間がそれまで座っていた正にその席で、明るく声を出し周囲と話していた。


 そして、快活そうにしている子の顔色を、信じられないものでも見るかのように集まった同級生たちは、それぞれ言葉を溢す。


「……本当みたいだな」

「今さっきまで、顔色凄く悪そうだったぞ」

「まさか、おまえ本当に憑かれてんじゃないの?」


 その中の一人が両手を前に突き出し、目の前で力を抜いてぶらつかせた。




 保健室から戻った東間は、自席を既に埋める存在には気付かない。


 教室に入ると、もう担当教師が黒板と向かい合って今日の課題を書いていた。

 幸いにも教室の後方に席をおく東間はこそこそと自席につくが、《教師が気付いている様子はない》。


 それも、そのはず。東間の席は、この世のどこにも無いのだから。


 未だ無自覚の東間は、隣席の同級生が視線を向けてきたことに気付き、小声で文句を言った。


「おい。おまえが保健室行けって言ったんだから、迎えに来いよ」


 あの時、そう軽く睨みつけた俺に、向こうは悪いと感じたから顔を顰めたんじゃなかったのか…?





 4日前のこと。


 俺は確かに、前日よりも《寝過ごした》。

 夜更かしをした覚えはなかったし、《目覚まし時計が役目を全うしてくれなかった》せいだと思っていた。


 そもそも、と東間は耽りながら考える。幽霊というものは、物質に直接的な影響を与えられるものだったろうか?


 本当にあの日、目覚まし時計が偶々おかしかったのか。それとも、起きられなかったことに、何か異質さがあったのだろうか?


 今でも、それは謎のままだ。





 3日前にした朝の会話を、思い起こす。


「おい、おまえ日に日に《顔が酷く》なってるぞ」


《おい、顔真っ青だぞ》


 これまでよりも更に語気を荒げた同級生に、俺は本気で自分の体調がおかしいのだと思っていた。

 だから保健室に行ったし、その時だって一応は保険医と話している。


 暫くして、いつの間にか戻ってきていた保健医と、カーテン越しではあるけれど話しているのだ。


 その時に調子を聞かれ、その返事には「大丈夫」とだけ言った。

 それでも《返事はなかった》ことに関して、俺は本当に何とも感じていなかったのだ。





 つい2日前。


 ある問題が起こった日。東間にとって良くないことが起こった日。


 俺の横を通り過ぎていく《いつもの》同級生は心配そうに《一瞥する》だけで、俺を一人置いていく。


 ーーそうか。この時はまだ、俺、認識されてたんだ……。


 その時の東間ーーが取り憑いていた体でーーは、周囲を射殺しそうな眼差しだったと同級生は後に語る。


 荒れた気持ちを止められそうになかった俺は、登校して直ぐ保健室に行った。


 さすがに朝だったこともあり保健医は在中していた。

 そこまでは良かったのだが、調子を聞かれそうな表情をされて、声に出して答えるのが面倒で、たぶん青ざめているだろう顔を上げて、相手に見せつけてやったのだ。


 だから、保健医がそれ以上《追求してこなかった》ことも、ちゃんと認識されているからだと思ってた。


 ーー生徒として。ーー高校生として。


 何より、人としてーーーー。





 俺の記憶逆行は、ついに1日前を脳内に映し出す。



 昨日の俺は、一体どんな感じだったのだろう?

 自分の言った言葉だけが、やけに曖昧で良く分からなかった。


 だからこそ、周囲の音と摩擦だけは良く拾っていたのかも知れない。



 これまで見慣れた道の途中。


「よお、おっはよー」


 半分聞き慣れた同級生の煩い声に、思わず俺は振り返っていた。だけどーー。


《サァ……》


 大きな声で挨拶をする彼は昨日までと違い、こちらに一瞥もくれず横風だけを俺に与えて、そのまま前を行く他の連中と一緒に行ってしまう。


 この時から既に、俺は周囲に見えなくなっていたのだろう。


 思い出す光景に自己解釈を加えていくと、次第に頭の混乱も落ち着いてきたらしい。


 後になってから、自分がどういうものか気付く。


 そしてーー。

 何の自覚もなかった俺は、絶不調の心身を休める為に保健室へ足を向ける。

 今日も、保健医が在中していた。

 ガラッと音を立てて開いたドアから覗けば、《遅れて》振り返ってくる。


 しかし、俺を《無視》したその保健医は、備品管理のチェックシートに向かって眉間の皺を深めていた。


 反応は諦めていたが、自分が勢い良くカーテンを引いた音が、保健医の声と重なる。


《何か言った》ようだけれど、聞きなおそうともしなかった俺に、彼女が実は悲鳴を上げていようとも、それを責める理由など与えられていないのだ。


 向こうには決して悪意などなかった。

 ただ、俺が『そういう』存在だったから、仕方なかった。


 見えなくても、聞こえなくても、触れられなくても。全てのことに関して、俺にも彼らにも悪意はない。


 在ったのは、ーーーー【理不尽】だけだ。



 ***



 気付くと、俺は床に背を預けていた。何故か体の軸が軋むように痛む。


 先に天井が見えて、次はやけに明るい光を窓の向こうから感じる。その所為か目の奥が痛み、強めに瞼を閉じた。


 視界を塞ぐと、他の感覚が鋭くなる。近くで縋るように荒げた息遣いが聞こえ、顔の向きをずらして存在を確認した。


 視線の先には、一人の青白くて可愛らしい女の子。彼女は前のめりで少し苦しそうにしているが、すぐそばにいる保健医はそれに気付いていない。


 察した。彼女も生きていないのだ。



 ーーーーどうして死んだのか分からない。知らない。覚えていない。

 けれど、未練だけが残された。未練だけで動いていた。未練だけが価値だった。


 今、考えたら辻褄が合うのに。


 どうして……未来にきた今ではなく、過去になってしまった今その瞬間に気付くことが出来なかったんだろう?


 もし、その瞬間に気付いていたら、俺はどうなっていたのだろうか?


 たぶん、俺は暴走する一歩手前だったのだ。


 だから、目の前の女の子はとても辛そうな顔をしている。


 電車で見た女の子とは全然輝き方が違うけれど、この女の子は俺を見ている。


 俺を認識している。"今"いる俺を視ている。

 そして、たぶん知っているんだ。


 これから、俺がどうなってしまうのかをーーーー。



 今にも泣き出しそうな顔の白い女の子に向けて、俺は挨拶以外の第一声を発した。



試しに読んでくださった方も、ブクマしてくださってる方も、ツイートから飛んできてくださった方も、読了ありがとうございます。

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