1 まさか誰かが妖怪の子に意地悪をしているのか?
今の俺の抱えている事件は、三年三組の上田学級で、変なことが起こっている件だ。初めは、小さな物が無くなった。
「私の消しゴム知らない? まだ新しいのに……」
小豆洗いの豆花ちゃんは、いつもキチンと持ち物を整理整頓している。だから、消しゴムが無くなったのにもすぐに気づいた。
「豆花ちゃん、どこかに落としたんちゃう?」
可愛い雪女の小雪ちゃんが、一緒に教室の中を探したが、見つからなかった。
「おかしいなぁ」
豆花ちゃんは首をかしげたが、隣の席の小雪ちゃんに消しゴムを借りて、その日は過ごした。
「まさか、誰かが意地悪をしたのかな?」
豆花ちゃんや小雪ちゃんは妖怪の子どもだけど、他のクラスメイトとも仲良くしている。でも、普通の人間とは違うのだ! 俺の警察官志望のカンがピクリとした。
月見ヶ丘小学校は人間社会に溶け込んで生きていく事を選んだ妖怪や、妖怪と人間との間に生まれた生徒達が通っている。訳ありの生徒は、一年生は特別教室で学んだが、二年生からは混同教室だ。
三年三組の上田先生はベテランのおばちゃん先生だし、ぽんぽこ狸の山田校長の理念に賛成して月見ヶ丘小学校に転任してきたぐらいなので、訳ありの生徒と人間の生徒が問題を起こさないように心配りもしている。良い先生だと思う。
しかし、俺は二年生の頃とは違いを感じている。例えば、一組の級長の猫娘である珠子ちゃんに対しても、二年生までは運動神経の良さを心から褒めていた生徒の中にも『猫娘だから、人間とは違うんやもんな』などと陰口を言う生徒も出てきた。
『俺が守ってあげなきゃ!』
色白で黒いストレートな黒髪がきれいな雪女の小雪ちゃんや、真面目で融通がきかない豆花ちゃん、髪切り婆の孫のノノコちゃん、おしゃれなろくろ首の緑ちゃん。
一年一組で一緒だった訳ありの女の子達が、イジメられたり、変な事に巻き込まれたりしないように注意しなくちゃ。
「まぁ、今回の事件は、様子を見ておこう! 消しゴムは落ちたら、思いもよらない所へはねてしまう場合もあるから」
俺は警察手帳ならぬ『三年三組事件簿』に『四月二十日二時間目の休憩時間に橘豆花の消しゴムが紛失!』と書き込んで、胸のポケットにしまった。
次の日、また事件が起こった。
「なぁ、私のリボンしらへん? 体育の時間は赤白帽子をかぶらなきゃいけないから、リボンは外して机の中にしまっておいたんやけど……」
おしゃれなろくろ首の緑ちゃんは、学校に付けてくるには派手に思われるリボンをつけていたのだ。豆花ちゃんと小雪ちゃんが、もしかしてと顔を曇らせる。
「どこかに起き忘れてない?」
真面目でしっかり者の豆花ちゃんと違い、緑ちゃんは少しおっちょこちょいだ。小雪ちゃんは嫌な感じを振り切るように、机やランドセルの中、そして後ろの道具置場、体操服を入れる袋も一緒に探している。
「無いなぁ……そう言えば、昨日……」
ろくろ首の緑ちゃんは『もしかしたら、妖怪の自分達に嫌がらせ?』と思っただけで、首が伸びかける。
「緑ちゃん! 何処かに落としたんかもしれへんで!」
首が伸びかけているのに気づいた小雪ちゃんが、肩を軽く叩いて注意している。一年の時は、みんな失敗を繰り返したが、三年生になってからは落ち着いている。なのに首が伸びそうになる程、緑ちゃんは怯えているのだ。
「上田先生に言った方がええかもしれんな。昨日はうちの消しゴムが無くなったし……」
気の小さい豆花ちゃんも、証拠もないのに誰かが嫌がらせをしたのだと青ざめている。
「何かあったの?」
二年生の時に転校してきた犬飼守が、三人が固まって話しているのに参加した。守は、普通の人間だ。でも、小学校に入る前に犬神を拾ってしまい犬神憑きになってしまい、前の小学校ではイジメにあった経験がある。しっかりしている守は、三組の学級委員だ。
『守かぁ……あいつに任せた方が良いのかな? 学級委員だし、人間だから。なのに犬神憑きなんだよなぁ』
本来は、犬神は俺みたいな犬系の妖怪に憑くものなので、少し俺は複雑な思いを持っている。なんだか持つ必要もない劣等感が、小花ちゃん達の事件を解決しようと考えていた出鼻をくじく。今しばらくは様子を見ておこう。
「何? 何?」
落ち着きのない黒丞が口を挟んで、女の子達は顔を見合わせる。
守くんが転校しなくてはいけなくなった原因は、ここにいる犬神の黒丞くんだ。犬神憑きになった守くんを前の学校の生徒は敏感に感じ取った。二年生になった途端、守くんがイジメられているのに怒って黒丞くんが暴れたからだ。
大きな黒犬の姿だった犬神も、今では人間になる技を覚えて、守と一緒に月見ヶ丘小学校に通っているが、まだ慣れていない。いや、あいつは守の側に居たいだけで、人間社会に慣れる気は無いのではないかと俺は疑っている。
女の子は、イジメにあったことがある守くんには相談にのって貰いたいが、引っ掻き回す黒丞くんにはかかわって欲しくないので、口ごもった。俺も黒丞くんは苦手だから、理解できる。
『どうする? ここで引っ込んでいたら、ヒーローじゃないぞ!』
何となく苦手な犬飼守と犬飼黒丞が先に関わっているが、俺はこの事件を解決することにした。
「小雪ちゃん、何があったのですか?」
俺は大好きな小雪ちゃんに話しかける時は、ほんの少し気どった話し方になってしまう。
「あんなぁ、昨日は小花ちゃんの消しゴムが無くなってん。それで、今日は緑ちゃんのリボンが無くなったんよ。謙一くんなら、なぜ無くなったのか分かる?」
俺は一年一組、二年一組の時も小雪ちゃんと同じクラスだった。一年、二年の時は珠子ちゃんが学級委員で、俺はそれを影から支える副委員をしていたのだ。
『珠子ちゃんの親友である小雪ちゃんは、俺の働きに気づいてくれていたのだ! 小雪ちゃんは可愛いだけじゃなくて、賢くて、しっかりしているなぁ……あかん! 私情をはさんでいては、事件は解決できないぞ!』
黒目がちの小雪ちゃんに見上げられて、くらくらしている自分の弱さにカツを入れる。
「まだ消しゴムと髪飾りの紛失が関係あるとは決まっていません。だから、むやみに心配しないようにしましょう」
お父さんの口調を真似て、安心させる。でも、あんまり納得していないみたいだ。まだまだ修行が足りないな。
「上田先生に消しゴムと髪飾りの件を言った方が良いかもね。二つの件が関係無くても、持ち物が無くなったのだから、落し物で届いているかもしれないから」
守の意見に女の子達は頷く。
「そうやね!」
俺は、自分の気どった言い方と、守の標準語の違いにもほんの少しコンプレックスを持っている。本来は俺に憑いてもおかしくない犬神の黒丞が、嬉しそうに『守は偉い!』と抱きついているのは勘弁してほしいが……
終りの会で上田先生が「橘さんの消しゴムと伊藤さんのリボンを見つけたら教えて下さい」とクラスの生徒に伝えた。俺はクラスの生徒の反応をチェックしていたが、誰も後ろめたそうな顔をしていない。
『このクラスに犯人はいないのか? 単なる落し物なのか?』
このまま、この事件は解決されないまま忘れさられる『宮入り』になるのかと思っていたが、新たな事件が起こった。