38、階層移動(してない)
お待たせしました!
広い草原の中、なんの前触れ無くポツリと存在する扉のすぐ側では、一人の男と狼達が寝ていた。
「すぴー……くるるる……すぴー……くるるる──」
何処か犬の唸り声の様な寝息を立てる男に、黒い毛の中に銀の毛が一筋入った狼が近づくと、鼻で男を押し、起こし始めた。
「おい、皇。起きろ、皇」
「んあ…… 黒月か……? あと三十分……」
「いや、俺達時間分からんから。てかそろそろ行こうぜ」
「今何時だよ、オイ。………十時……約四時間しか寝てないのか……じゃあ、あと一時間で……」
「待てん!」
「いや、待てや……」
「腹減ってんだよ、肉食いに行かせろ」
「昨日作った薫製擬きの肉があるだろ。それ少し食ってろ」
東の頭改め黒月に寝転がったまま、龍牙が指差す先には、昨日のたき火跡と、狩った獲物の皮に載せられた香辛料が無く、薫製擬き呼ばわりされた肉の山があった。
「多分足りないぞ、ガキ共もかなり食うから」
「だよなぁ、そろそろこの階層を出るかぁ。よし、全員に伝えろ、伝え終わったら門の前に集合。点呼を取ってから下の階層に移るぞ」
「了解」
「じゃあ、出来たら呼んでくれ、それまで寝るわ」
そう言うや否や龍牙は羽織を掛け布団代わりにかぶり寝始めた。
「マジかよ……」
ポツリと呟く黒月。
その理由は起床の散歩と遠出している雲月及び老人(狼)だった。
………約一時間後
「ふくぁ~、揃ったか?」
「結構前からなッ!」
「ど~した黒月ぃ。カルシウム不足か?」
「お前が原因だろぉお!」
「よ~し、階層移動について説明するぞー」
「聞けや!」
「え~、本来なら君達モンスターに分類される種は階層を繋ぐ階段に入る事は出来ません。が、例外があり、使役されたモンスターなどは階段を通る事が可能です」
「オイ、無視か。オイ」
「さて、その方法ですが、野生のモンスターの魔石に人間、この世界的に言うと人種か、まあその魔力を混ぜて迷宮に人種と誤解させる事で通過が可能に成ります」
「んでもってこれがその魔力を魔石に混ぜる為に必要な紙でーす」と、何も書かれて無い魔力紙(魔石を粉末にし、正規の紙の制作方法で練り込んだ物。例によって例のごとく竜明の書斎から盗ん……借りてきた)を「テテーン!」と気の抜ける効果音(発音)と共に掲げる龍牙。
そして「「「オオォオッ!」」」と興奮する狼達(黒月もいつの間にか混ざっていた)。
しかし、
「この方法、実は無理です」
「「「えええ~」」」
現実は非道である。
クルクルと紙を丸め麻紐で縛るとスキル『アイテムボックス』を発動。魔力で構築された異空間に通じる穴に紙を投げ入れた。
無理矢理無謀、向こう見ずを体言した様な龍牙が無理と判断したのには理由があった。
その理由とは、
「まず、魔力が足りん」
ピシッと指を一つ立て周囲に座る狼達を見渡し言った。
今は一つの群れになっているが、元々は東西南北をそれぞれ治める四つの群れ。一つの群れの人数(狼数? )は四捨五入して五十匹。それが四つで約二百匹、レベルが上がればその分魔石に混ぜる魔力量も増える。
それだけでも既にスキル『体力、魔力変換』を使ってさえも足りない量の魔力が必要なのだ。
更には全員が名持ちの為、必要魔力量もさらに跳ね上がる。
そしてもう一つは、
「紙が全員分無い」
今龍牙の手の内にある魔力紙の数は二十枚。
狼達に限らず、魔物の魔力パターンは一体一体、静脈や、指紋の様に少しずつ違う。
また、魔力紙は使うと燃え尽きる為、表に魔力を混ぜる陣を一匹分書き、裏にもう一匹分を書き込むと言う事が出来ない。
そこで龍牙が考え出した方法は、
「これで全員一気に運ぶ」
アイテムボックスから取りだしたのは落ちてくる前に使っていた時空間魔法の鍵となる錫杖。鉄輪がシャン! と音を鳴らし、空間をねじ曲げ、違う空間と繋げる。
ただ、この前と違うのはその繋がった空間に広がる色は漆黒ではなく、青々とした緑。
そこから覗くだけでも何匹か鹿や牛などの草食性の動物が見えた。
「異次元三番倉庫及び牧場兼農場、通称『食卓』開錠」
ちなみに、落ちてくる前にゴブリンを撃ち殺す為使った一番倉庫及び武装置き場は『兵士所』、今だに出ては無いが、二番倉庫及び車両置き場を『駐車場』四番倉庫及び宝物庫(龍牙が土魔法などの特訓で作ったものの、いらないと判断した貴金属や宝石など)『財布』など、様々な用途に合わせた倉庫があり、必要に応じ、新たに作り出されたり、潰されたりされている(もっとも、中には彼にあまり必要の無い場所もあるが,例、薬品保管庫)。
そして龍牙は、ぽかーんと口を開けた狼達を尻目に開いた空間をくぐり、
「へぶッ?! 」
縁に下駄の歯を引っ掻けて向こう側に落っこちた。
「「「皇!?」」」
しかし、龍牙の受難はまだまだ続く。地面に手をつき起き上がろうと力を込めた瞬間後ろからダッダダッダとこちらに何かが走ってくる音がする。ぎょっとした顔で振り向くとそこには鹿の大群。
慌てて起き上がろうとした龍牙の頭を先頭を走る一匹の前足が地面に叩きつけ、後ろ足が容赦なく体をかち上げた。
「のあああぁぁあ!」
「「「皇ぅ!」」」
宙を舞い、絶叫する龍牙。そしてそれを見て慌てて安否を問う為叫ぶ狼達。だがしかし、二度あることは三度あると言うべくか、龍牙はその後、体が地面に着く前に追従していた鹿の角で弾き飛ばされたり、何故か走りながらタックルしあっている鹿の間に落ち、潰されたりと散々な目に合った。
(もう、寝よう……)
持ち前の頑丈性でたいした怪我も無いが、精神的に疲れた龍牙は体中にひづめの跡をつけたまま、意識を手放した。
二時間後……
「流しますよ~、局長」
「お~う」
ザバザバと音を立て木製のタンクから水が流れ落ちる。その下で龍牙は褌一丁になり、汚れを洗い流していた。
「にしても珍しいっすね局長が定期以外でここに来んのは」
「まぁな。ちと頼みたい事があってな」
「あの狼達ですか」
「おう、階層を繋ぐ階段を使う間だけだがな、その間だけでも手伝わせてやれ」
「了解しました。そろそろこちらも番犬か何かが欲しいと思っていた頃なんですよ」
「ならちょうどよかったか」
「ええ、グ、グッドタイミング? ってやつですね」
「「アッハッハッハ」」と笑い会う龍牙とつなぎを着た骸骨。
場所は三番倉庫『食卓』の中心にある貯蔵庫。蹴り飛ばされ、気絶した龍牙は、その後、狼達に引き摺られ、ここまで連れてこられ、介抱されたのであった。
龍牙の目的は狼達と骸骨達の顔合わせ。鹿の衝突でかなり予定は変わったものの、最終的に目的は果たせた為、
「じゃあ、俺はそろそろ動くは」
「わかりました。次は二週間後ですね?」
「おう、旨い鹿肉とかは頼んだぜ」
「了解しました、局長」
そう言うと龍牙は来た時と同じ様に空間をねじ曲げて通路を作り、出ていった。
ズルッ!
「へぶっ!」
「大丈夫ですか、局長!」
ただし、最後まで締まらないが。
どうも皆様、大日です。
さて、一部の読者様は感ずいているかも知れませんが、この作品、鬼狼の刃を、定期投稿から、不定期投稿に変更させていただきます。
まことに勝手ですが、御了承ください。
後、作品の感想などをいただくと、励みになるので、お願いします。




