34、落ちる最中
最初に感じたのは、脱力感と浮遊感、その後に喉の奥と沸き上がる熱く、辛く、そして不快なねばつき。
(クソッ、油断していた!)
普段の龍牙ならばあの様な不意討ちならすぐに身をかわすなり、拳を叩きつけて粉砕するなり、刀で斬り落とすなり出来たはず。なのに反応する事が出来なかった。
それはやはり、
(浮かれ過ぎ……か)
普段あまり使わない武器を使い、相手に痛手を負わせれた事による歓喜。それはとても甘美な物だった。
しかし、それはそれとして、
(いかんな、もう閉じる)
そっと自分が落ちている穴を見ると、端から逆再生の様に段々と修復され始めているのがわかる。顔を少し下げると必死な顔でこちらにかけてくる黒牙が見えた。だが、穴の修復具合から見て彼がここに走り着く頃にはこの穴は腕が一本入るか入らないか程度の大きさにまで修復する筈だ。恐らく、否、確実に離れ離れになる。
(まあ、あれ(……)は二つあるから一つ黒牙に渡しておいた方が安心だしな)
落ちる寸前、穴の外に投げた物を確認すると、龍牙はゆっくりと目を閉じる。
やがて、意識は体と同じく、深い闇の中に落ちていった。
黒牙side
「殿ォオオオオ!」
走る。治りかけた足の筋肉が、腹の傷口が、再び裂け、壊れかける事も構わず走る。全ては自身の主を助ける為に。
しかし、
「ア"ァア"ア"ァア"ア"!」
後一歩の所でその手は届かなかった。穴が埋まるにつれ修復する速度は段々と加速し、黒牙がたどり着いた時には、小指さえも入らない程に成っていた。
「クソックソックソックソックソォオオオオ!」
何度も何度も拳を石畳に叩きつける。しかし、石畳は罅が入るものの、それ以上何かが起こる気配は無かった。それどころか、今まで以上の修復速度で罅が入る度に直っていった。
「私は、私はまたっ!」
守れない。そんな言葉が頭に思い浮かんだ時、黒牙はある光景がフラッシュバックした。山の中の開けた住みかを一面覆い尽くすのは狩りの隙に襲われた一族の死体。そしてその真ん中でただただ立ち尽くす妖力も魔力も無い無力だった頃の狼だった黒牙と群れの若い狼。
「ア…ア…ア"アア"アア!」
頭を振り、再び壊れた機械の様に拳を叩きつける黒牙だが、動きが止まった。その目に映る物は何も無く、絶望と言う色一色に塗られ、空虚な瞳がそこに有るだけであった。やがてノロノロとした動きで着物を脱ぎ始めると、小太刀を抜き、
「殿、誰も何も守れぬ私は能無しでございます……」
そうぽつりと言うと一気に小太刀を突き刺そうと力を込めようとした矢先───スコーンと落ちてきた何かが黒牙の旋毛に刺さった。
「お、おおぅ…………」
予想外からの強烈な一撃に思わず小太刀を取り落とし、尻尾の毛が全て立ち上がりその太さを倍にし頭を抑える黒牙。しかし今度は取り落とした小太刀が落ちた衝撃で跳ね返り、鍔の角が眉間を直撃、のけ反った拍子に石畳で後頭部を打った。
「うぅー、何が落ちてきたんですか?」
尻尾を足の間に挟み、耳はシュンと垂らしながら後頭部と眉間を抑え、黒牙は落ちてきた物を手に取り、見た。
「これは、矢文?」
鏃に自身の血が少し付着している全てが鉄で作られた矢。
こんな非効率的な物を造るのは主しかいない。そんな気持ちに後押しされ、矢に結ばれた手紙をほどきいた。宛名の『黒牙』と書かれた癖のある字は確かに龍牙の物だった。
しかし、
「はて、何故開かない?」
ひっくり返したり、振ってみたり、かじったり、色々やっていると手紙を封している丸に鬼の文字が発光しているのがわかった。 まさかと思い魔力を流すと文字がウニョウニョと動きだし、新たに文字を作り始めた。文字の動きが止まり、黒牙がその文字を見ると、思わず笑いが漏れていた。
「殿、貴方は本当突然利口になりますね」
黒牙が握った手紙の新たに書かれた文字には、『追伸。この手紙は雪姉と春美、黒牙が同時に魔力を流さないと開かない様に設定してるから二人といっしょに読む事』と書かれていた。
「全く、あの人は本当に世話のかかる」
「はぁ」とため息をつきながらも黒牙は、口元には微笑を、その瞳には感情が戻っていた。
黒牙side終了
龍牙side
「………う"ぇくしょん! う~ちくしょうめ。さっみぃなオイ。うん? 何処だここ」
黒牙が切腹しかけ、なんとか持ち直し雪江達と合流しようと迷宮で襲い掛かるゴブリンなどを蹴り殺している同時刻、龍牙は頭を下に落ちていた。龍牙は知らないのだが、穴に落ちた後、その下にあった川に流されていたのだった。
「あれ~」と首をかしげる龍牙だが、突如腹部に痛みを感じた。顔を向けるとそこには今だ突き刺さったままの杭が。杭に付いている鎖を辿って見ると首だけのゴーレムが付いていた。
「このまま落とすともったいないしなぁ。殺すか」
龍牙は手に黒とも白ともつかない、しかし灰色でもない属性魔法を纏わせると腹部から顔を覗かせている杭を掴んだ。ジュッと言う物が焼ける様な音を立て杭が文字通り"消えた"。
龍牙が使った属性魔法の属性は『虚無』。この属性は文字通りありとあらゆる存在を消す属性だ。
龍牙は背中に手を伸ばし鎖を掴むと一気に引き抜いた。残っていた返しが肉を嫌な音と共に引きちぎり、頭を出すが、その痛みを気合いでねじ伏せ、鎖を手繰り寄せる。同然、龍牙の手から逃れようとするゴーレム。
だが龍牙はそれを手と髪の毛で造り上げたカギ爪でしっかりと固定。捕食を発動させ大きく口を開け、
「いっただっきまーす」
ザクンッと砂を掘るかの様に削られるゴーレムの頭部。死ぬと言う概念の無いゴーレムでもヤバイと感じたのか、一層激しく暴れるが、手とカギ爪は離れる気配は無い。それどころか、ゴーレムの一部分を食べた事により、体力と直結している生命力が回復。先程より強く掴んでいた。ザクッザクッと連続した音が鳴り、やがてゴーレムは魔石だけになった。龍牙はそれを口の中で転がし遊ぶと、一気に噛み砕いた。ガリッとした感触と共に膨大な経験値が流れ込み、
『龍牙のレベルが50に上がりました』
急激にレベルが上がった。急激なレベル上昇にふらつく頭を抑え龍牙はアイテムボックスから白い丸薬とゲル状の液体が詰まった瓶、そして竜の翼を取り出すと、
「捕食」
竜の翼を呑み込み、髪の毛で造った双頭の竜が肩甲骨辺りの肉と皮を食い千切り、
「模造」
バッサァ! と先程呑み込んだ竜の翼が生えた。翼で風を捕らえ、円を描く様に滑空すると龍牙はちらほらと見えていた岩壁に空いていた洞穴に降り、衝撃で足場が崩れるが、翼に付いたカギ爪と自身の手足でよじ登った。
「ふぅ、やっぱり竜の翼生やして正解だったな」
そしてそのまま座り込むと今度は貫通痕の空いた腹部の治療を始めた。ゲル状の液体(携帯飲料用に少し水分を飛ばしたスライム)に粉末にした丸薬(水分を全て飛ばした加護付きの御神酒)を練り込み、腹部に詰め込む、そして黒牙も使っていた回復薬の染み込んだ包帯を巻きギプス代わりに時空間魔法で固定。
粉末にされた丸薬はスライム飲料水に解け、わずかに残ったスライムの特性が失った肉と血に変わろうとし、丸薬の欠損を治す力を後押しする。そして回復薬の染み込んだ包帯は足りない栄養を補うのだが、丸薬で意味はほとんど無いが、無いよりはましである。
腹部が完璧に戻るまでの三十分、グダグタと御神酒を飲み、アイテムボックスから肉と塩コショウを取りだし、焼いて食べていると、洞穴の奧から音が聞こえた。
「なんの音だ?」
かじっていた骨を捨て、洞穴の奧に視線を向けると、白と黒の何かが見えた。更に目を凝らして見ていると、それは鉄砲水の様に接近しているのがわかった。
「オイオイ、これちょっとヤバいんじゃ」
小さい頃から野山を駆け巡っていた龍牙の本能は真っ先に気付いた。
(恐怖に飲まれている場合じゃない!あれは本当に死ぬ)
と、本能の命じるまま、足と翼に力を込め、洞穴から飛び出す。飛び出した洞穴を見ると、つい先程まで龍牙が立っていた場所を骨と濁流が呑み込んでいた。
「あぶねぇあぶねぇ、後少しで死ぬ所だった」
「ふぅ」と、かいてない汗を拭いていると、龍牙の耳に「キィキィ」とガラスを引っ掻いた様な鳴き声が入った。嫌な予感を感じ、しかし見なくてはいけない。そんな気持ちに押され、視線を上げると
「キィ」
でかい蝙蝠の大群がいた。
「やっぱりかぁぁぁ!」
すぐさま帯から銃を抜き乱射。放たれた実弾が蝙蝠の羽を切り裂き落とす。
蝙蝠、それは龍牙が台所の黒く光る三連星どころか三十連星ぐらいの悪魔の次ぐらいに嫌う生物。因みに何故嫌うかは本人もうまく説明出来ないが、鳥の様な羽でなく、皮で飛ぶのが気持ち悪いらしい。
因みに、ドラゴンはいいのかとツッコミが入りそうだが、彼の認識では、
ドラゴン=でかいトカゲ=トカゲ=滑空する種もいる=トカゲが飛ぶのにドラゴンが飛べないわけない!
と言う物らしい。
それはともかく、騒げばそれ相応に注意を引き、蝙蝠は龍牙に狙いを変えた。
「こっちくんなぁぁぁぁ!」
いつの間にか両手に銃を構え更に激しく撃ちまくる。だがその乱射の隙を突き、一匹の蝙蝠が顔に張り付いた。
「離れろ(ふぁなへぇろ)! クソッ前が(ふそっまへが)」
あっちにフラフラこっちにフラフラと飛んだ龍牙はだんだんと高度が下がり、やっとの事で蝙蝠を引き剥がすと、
「ガボッゴボボ!?」
上から落ちてきた流水に流された。
どうも皆さん、大日です。
龍牙の意外な弱点、蝙蝠が判明しました。
因みに同じような理由でカモノハシも苦手です。
後感想とかください。
龍牙の現在のステータス
キジン リュウガ 15 人間《?》
天職 侍 忍 猟師 天魔 神《未発達》
LV50
生命力 75000
筋力 105000
耐久力 90000
敏捷性 60000
魔力 105000
魔力耐性 105000
固有スキル
略
スキル
略
魔法属性
略
特殊属性
略
称号
略




