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決して剥がれぬ微笑の仮面2

     ◇


 連れて行かれたのは、三日市にある中学校の体育館だった。


 体育館の中心にパイプ椅子が置かれていて、そこに一人の少女が座っている。ステージの上の方――満月を模した校章が付けられている幕の辺りを眺めていた彼女は、私達の足音を聞いて顔を振り向かせた。


「おそ――……ちょっと、甲斐崎かいざき。なにその女」


 かいざき。多分、この男の人の名前なのだろう。自己紹介をするのを忘れていた。互いに無言のまま今に至る。


 高い位置で二つに結った髪を揺らして、少女はパイプ椅子から立ち上がった。視線で甲斐崎さんに説明を促している。


「こいつ、最近ここに招かれたばっかみたいだ。能力すら知らねえって言うから、協力者にするつもりで連れて来た」


「ふうん……それ、信用出来るわけ?」


 疑いの色を宿した瞳が私を映す。彼女の身長は私より低いし、中学生だろうに、冷たい目つきは私を容易く怯えさせた。


 きっと、彼女の能力で殺されるかもしれないと恐れているせいだ。でなければ、睨まれているわけでもないのにここまで怖がるなんておかしい。


「ちゃんと心の声も聞いた上での判断だ。こいつは『ウサギ』じゃねえ」


「えっと、かい、ざきさん? は、心の声が読めるのですか?」


 私の問いかけに甲斐崎さんは「あ」の形に口を開けてしばし固まった。そんな彼を煽るように少女がくすくす笑う。


「えっ、なにあんた、既に名前忘れられてんの?」


「ちっげえよ名乗り忘れてたんだよ! あー……俺は甲斐崎朽葉(くちば)だ。朽葉でいい」


 そう言われてもいきなり下の名前で呼び捨てだなんて難易度が高すぎる。私は彼の言葉に従うべきかどうか悩んで、首を横に振った。


「いえ。甲斐崎さん、多分年上でしょうから。甲斐崎さんと呼ばせていただきます」


 敬意を込めて言ったつもりだったのだが、気に食わなかったのか、甲斐崎さんは面白くなさそうに口元を歪めていた。少女は彼の背後に近寄ってニヤニヤしている。


「朽葉でいいっつってんだろ……」


「ふられてやんのー。だっさ! 甲斐崎だっさ!」


蘇芳すおうテメェ殴られてえか?」


「やれるもんならやってみてくださーい。あんたじゃあたしに勝てないわよ」


 握った手を震わせている甲斐崎さんから、ステップを踏むように可憐な動作で離れていく。そうして少女は、くるくると回りながら私の目の前で止まった。


「甲斐崎のこと、信じてあげるわ。あたしは河内こうち蘇芳。中学二年生よ。甲斐崎は高校三年。あんたは?」


「あっ、申し遅れました。宮下浅葱、高校一年です。えっと、よろしくね。蘇芳ちゃん」


「ふうん。まあ制服からして高校生だと思ったけど、なんか天然バカっぽそうだから敬語じゃなくていいわよね」


 流石に年下に天然バカなどと言われては顔が引き攣る。それでも私は堪えてにこっと笑った。甲斐崎さんだって蘇芳ちゃんに敬語を使われていないし、彼女は誰に対してもこうなのだろう。なら仕方がない。


「中学生だからって馬鹿にしないでよね。あたしはあんたよりもそこのバカ斐崎よりも能力が強いんだから」


「は、はぁ」


 そもそも私は自分の能力が分からない。というよりも、使えない。ここまで言われると、早く能力を使えるようになってこの子を見返してやりたい気分になってくる。


 蘇芳ちゃんは平らな胸を得意げに張ってみせた。


「あたしのはね、そこの馬鹿みたいに心の声が聞こえるとか戦闘に全く向いてない雑魚能力とは違うのよ」


「お前な、馬鹿にすんのもほどほどにしろよ。この能力、きっと頭良い奴が使えば強ぇんだよ」


「あんたが馬鹿なので雑魚能力でーす。まあそんなくっそどうでもいいことはおいといてー、あたしの能力はなんと! この髪の毛を自由自在に伸ばしたり動かしたり出来るのよ!」


 漫画だったなら、バーン! という文字が書かれそうなくらいの勢いで蘇芳ちゃんは言い切った。どのくらいすごいものなのかいまいち分からないが、私は小さく拍手をする。


 私が拍手を終えても胸を張ったままの姿勢で停止している蘇芳ちゃんをなんとなく見続けていると、ぽんと肩を叩かれた。甲斐崎さんだ。


 彼は携帯電話を手にしていた。


「せっかく協力者になったんだ。連絡先くらい交換しておこうぜ」


「あっ、そうですよねっ!」


 甲斐崎さんの言う通りだ。せっかく仲間になったのだから連絡を取れるようにしておいた方が良い。


 ポケットから携帯電話を取り出して開いた直後、耳元で蘇芳ちゃんが大声を上げた。私はびっくり箱を開けた時のように大きく肩を震わせた。手から携帯電話が滑り落ちる。


 蘇芳ちゃんが私の携帯電話をすかさず拾い、私のために取ってくれたのかと思いきやそれを持って歩き出した。


 私と甲斐崎さんから少し離れて、再び元の場所へ戻ってくる。蘇芳ちゃんは、見ろと言うように携帯電話を私に突きつけた。


「ねえ、あんたさ」


「は、はい」


「これ彼氏?」


「は、はい」


 何を言っているのだろう彼女は。紫苑先輩が私の彼氏なはずがない。


 ……あ、れ?


 いや、待った。私は今どう答えた? 思い出してみよう。『は、はい』?


「へえー」


「まっ、待って蘇芳ちゃん! ちがっ、今のはつい!」


「ふうーん、彼氏なんだーへぇー。甲斐崎ー、宮下センパイ彼氏いるんだって」


「なんで俺に言うんだよ?」


 違うと言っているのに聞いてくれない。こういうタイプの女子は正直苦手だった。いじめっ子気質というか、なんというか。とにかくあまり関わりたくない。


 どうしたらいいのか分からなくて困っていると、蘇芳ちゃんが再び私の鼻先に携帯を近付けた。相変わらず、見せられるのは待ち受け画像の紫苑先輩だ。


「宮下センパイ」


 じっとこちらを窺う顔は、なぜか真剣だった。方今、悪戯っ子みたいな顔をしていたのに、問いかけてくる語調さえも真剣そのもの。


「この人、名前は?」


「え……呉羽、紫苑先輩」


「そう。――あたし、あんたに会ってようやくこの世界にいる八人全員を知れた。『ウサギ』が高校生だっていう情報もある人からもらってる。あたしの記憶が正しければ、この世界で高校生は甲斐崎とあんたと、この人。呉羽紫苑」


 甲斐崎さんがごくりと唾を呑んだような気がした。蘇芳ちゃんは瞳の奥を光らせて私をじっと見つめている。逃がさないと言わんばかりに、視線は私を捉え続ける。


 話がなにもかも急すぎる。つまりどういうことだろう。落ち着かせて欲しい。


「宮下センパイ、あんたさ。『ウサギ』の彼女ってことは、『ウサギ』の協りょ――」


「ちょっと待って!」


 自分で叫んでおいて、その声の甲高さと大きさに驚いた。自分はこんな声を出せたのか、と驚愕する。叫んだ側にもかかわらず、叱られた時のように心臓が激しく動いていた。


 蘇芳ちゃんは、ただ静かに私を見ていた。甲斐崎さんは今どんな顔をしているのだろう。そちらに顔を向けるのが怖い。


 まず一つ確実なのは、私が敵かもしれないと思われていることだ。


「少し、整理させて」


 そして、紫苑先輩がこちら側にいる人で、『ウサギ』だと思われていること。


「……蘇芳ちゃんの、見間違いってことはない? 本当に、紫苑先輩がここに?」


「あんな美人がいたらあたしじゃなくても見間違えないと思うんだけど?」


 その通りだ。確かに、この世界には紫苑先輩がいるのかもしれない。でもだからといって、紫苑先輩が『ウサギ』だなんて思えないし思いたくなかった。


 紫苑先輩が『ウサギ』だったなら、甲斐崎さんや他の能力者達は彼を殺そうとする、ということになる。


「――で、宮下。お前本当に『ウサギ』の味方じゃねえんだな?」


 甲斐崎さんの声は思ったよりも柔らかくて優しいものだった。


 今、私は『ウサギ』の仲間であることを否定すべきなのだろう。けれど上手く言葉を紡げないのは、『ウサギ』が紫苑先輩かもしれないから。


『ウサギ』なんて知らない。しかし紫苑先輩は、私の友達であり大切な先輩だ。


「はい。味方じゃありません。紫苑先輩が『ウサギ』かどうかも、私は知りません」


 ですが、私は紫苑先輩の味方です――その言葉はぐっと堪えた。言うべきではないと判断したためだ。


「んじゃ、宮下。お前その椅子に座って俺らに捕まって眠ってる感じになってくれ」


「はい?」


 んじゃ、って。いったいどこからどう話が繋がってそういうことになるのか。ぽかんとしていると、私は蘇芳ちゃんにぐいと押されてパイプ椅子に座らせられる。


 その傍にあった鞄から彼女が取り出したのはロープだ。


「え、ちょっ、蘇芳ちゃん?」


「まあつまり甲斐崎は、あんたを使って呉羽紫苑を脅そうって言ってんの」


 何の説明もなしにそこまで理解出来るのは、蘇芳ちゃんと甲斐崎さんがもともと協力者だからだろうか。相棒のようで素敵だ。


 ――なんて思っている場合ではない。私は自分に巻かれ始めたロープを掴んで抵抗する。


「待って下さい! 私で紫苑先輩を脅してどうするって言うんですか!?」


「だーかーらぁ。宮下センパイの命が惜しかったらこうしろーって呉羽紫苑に言って、呉羽紫苑があんたを見捨てることを選んだらあんたを信じてやるって話」


「なに、それ……! 紫苑先輩はきっと素直じゃないだけで優しい人だから、協力者じゃなくても私を助けようとするに決まってるじゃないですか!」


「すごい自信ね、あんた」


 私はつい蘇芳ちゃんから目を逸らした。確かに、自信過剰かもしれない。紫苑先輩が私を助けるかどうかなんて分からないけど、助けてくれる確率が高い自信はある。


 だって先輩は、私を死なせたくないと思っているはずだから。――これを口に出せば自意識過剰と言われてしまいそうだ。


 蘇芳ちゃんが椅子と私にロープをぐるぐる巻いていく。私はもう抵抗しなかった。したところで恐らく意味は無い。


 それから私が黙り込んでいると、蘇芳ちゃんがようやくロープを巻き終えたようだった。


「ま、とにかくあんたはあたし達が戻ってくるまでずっとここにいて。あ、ちょっと寝たふりしてくれる?」


「え、あ、うん」


 言われた通り瞼を閉じた。ずっとここで待っているのなら、待っている間本当に眠っていてもいいような気がしてくる。


 けれどもすぐに不安に駆られ、シャッター音を聞いた直後、蘇芳ちゃんに詰め寄ろうとして危なく椅子ごと倒れるところだった。


「あっ、あの、もし待っている間に人兎が来たら、どうすれば……!」


「んー、頑張って逃げて。付いてこられて呉羽紫苑に見つかったら意味ないし」


 逃げてと言われても、私は体力がないし運動も苦手だ。本当に困った。


 写真を撮ったからもういいのか、蘇芳ちゃんはロープを解いてくれる。そのロープとスクールバッグを置いたまま、彼女と甲斐崎さんは体育館を出ようと歩き出した。少しでも不安を和らげたくて、確認するように二人を引き止める。


「こ、ここで待っていればいいんだよね?」


「そ。あー……何かあったらこの番号に電話しなさい。じゃ」


 蘇芳ちゃんは小さな手帳のようなものを投げ捨てて甲斐崎さんと行ってしまった。私はその手帳を拾い上げる。


 生徒手帳だった。開くと、そこには彼女の名前と住所、電話番号とメールアドレスが書かれている。


 メモのようなものが挟まっていたのでそれを開くと、甲斐崎さんの連絡先が書かれていた。


 人兎が来た時に連絡をしたら、助けに戻ってきてくれるのかもしれない。そんな淡い期待と一緒に、小さな生徒手帳をそっと抱いた。


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