表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の中の月を抱きしめて  作者: 魔胡
1/2

光太郎

申し訳ありませんが、感想等は拒否しています。

母さんが、室内を横切り庭に出てゆく。ダイニングテーブルのテーブルクロスを、両手で持ち、日向でパタパタと払っている。


光でテーブルクロスの一部が反射して、ゴールデンレトリバーの光太郎がじゃれついているみたいに見える。と思ったら、光太郎がやって来た。

光太郎は母方の爺さんの名前だ。光太郎を飼う事になった時、母さんが光太郎を抱きしめて「光太郎にする!」と、泣きながら連呼して決めた名前だ。

母さんに言わせると、光太郎の顔は爺さんに似ているらしい。家に来る前は、処分場にいた。今は庭で寝ている。石をのっけて。


母さんは洗濯物を干し始めた。母さんの周りを光太郎が嬉しそうに、ピョンピョン跳ねながら吠えている。

でも、大丈夫だ。俺以外の他の人には聞こえない。元気のいい奴だったからな、生前は静かにするよう、よく説得したっけ。


母さんは今度はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けながら、ちゃんと料理して食事するのよ、と言う。母さんの足元で、光太郎が、自分の皿にジャーキーを入れてくれと吠えるが、母さんには聞こえないらしい。

昔も食事時間外なのに、何度もおやつが欲しいと、せっつきに来てたっけ。オヤジは、母さんの声にスルーしている。


大丈夫だよ母さん。

ちゃんと料理して、写真を撮り、入院していた母さんに写メ送っていただろ。

その他にもネットにアップしているし。

オヤジはダイニングテーブルの椅子に座り、新聞を読んでいる。新聞を読み始めたら、声を掛けても聞こえない。

新聞に夢中だ。ま、いつもの事だ。


母さん今度は、庭に面した窓際で窓を全開にして、日向ぼっこがてらアイロン掛けを始めた。

光太郎は体を庭に下ろし前足だけ部屋の中にいれ、アイロン掛けしている母さんを嬉しそうに見上げている。

光太郎は母さんが大好きだったからな。

尻尾をパタパタと思いっきり振っている。

庭で寝ている身だから、土煙は上がらないが、なんだか溜め息が出そうになる。

そんなに、母さんが好きだったんだ。

まあ、そうだったかもな。何もかも母さん任せだったからな。


弟の大志はバイ トにはまっていて、情報誌を食い入るように見ている。

あれは、はまっているとは言わないかもしれない、狂っていると言える域に達しそうだ。

なにが、そうさせるんだろうか。

入院費なら、オヤジと俺の給料で大丈夫なのに。

母さんの入院中は、3人で交代で食事を作り、母さんが大事にしてる花には、早朝オヤジが水をあげてるし、風呂と部屋の掃除は、俺と大志の交代制だ。心配するなって。

いつの間にか母さんがいない。


「母さんが来ていたのに、消えちゃった。」と言うと、オヤジがガタンと急に立ち上がった為、椅子が倒れた。

大志を見ると、目が飛び出そうなくらい見開き、口を開けている。

ああ、そうだっけ、見えるのは、俺だけだった。

大志は「バイトに行く。」と言って、うつむきながら出かけてしまった。

悪い事をした。


オヤジはというと、隣の和室にある仏壇の前に行き、正座してチンと鳴らしてから

「大丈夫だよ。母さん。」と言って、写真を眺めてる。

俺は傍にいき、おずおずと伺うように「どんな風だったか聞く?」と声を掛けると

「いや、大丈夫だ。きっと母さんのことだ、洗濯物を干したり、アイロン掛けをしてるんだろ。」

さすがオヤジ、合ってます。

少し安心して

「母さんが来たから嬉しくて、光太郎まで庭から出て来た。母さんの周りを嬉しそうに付いて回ってたよ。ジャーキーが欲しいとせっついていたよ。」

すると「ははは、あいつはおやつ好きだったからな。」

言えそうだなと、感じたから

「母さん冷蔵庫を開けて、ちゃんと料理して食事しろって言ってた。」

オヤジが呆れたように

「なんだ、それは。やってるよなあ。輪番制で頑張ってやってるって言っておいてくれよ。」

「俺、見えて、聞こえるだけだから…。」

「そうか。…元気そうだったか?」

「うん、昔と全然かわらない。賑やかそうで、忙しそうだった。」

「母さん気が向いたら、向こうからやってくるみたいだな、まだ居るみたいな気分になるな。」

「大志には、悪い事をした。つい、ポロッと出ちゃって。」

「大丈夫だ。あいつもわかっている。その内に、見えなくても聞こえなくても、居るって気がつく。……将来お前達の彼女が挨拶で家に来る事になった時、母さんきっと来るぞ。

前日からなぜその洋服なんだとか、どうしてその色の靴下を選んだんだとか言うぞ。」

「ははは、言いそう。俺だけが聞いちゃうんだ。……なんかちょっとやだな。」

「俺にはわからないから、好きなのにする。ふむ、良かったかもしれないな。…また来るか?」

「うん、たま~~~にだけど。」

「なら、いい。うん、うん、うん。」

「オヤジ、俺…この家…壊さないでずっーと使い続けるから、ずっーと住み続けるから。」

「そうか、そうか、ありがとうな。」

「庭で光太郎も待ってるし、…光太郎スッゴく嬉しそうで、尻尾を土煙が上がりそうな位パタパタさせてた。」

そして2人でいつまでも、庭で寝ている光太郎の石を見ていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ