諦めた希望
なんかマナの心の中の解説が多くなってしまいました。
読みにくくてすみません!
同じことの繰り返しが嫌いなんだ。なら自分で変えればいいと何度も思う。でも問題はそんなに簡単じゃ無くて、こんな小さな小学生の力じゃ、変えられるものなんてほんの少ししかない。
せめて自分の手で人生を終わらせるのも、自分の力で人生を変えたと言えるだろう。でも、いざやろうとすると、死への恐怖と、大嫌いな人達の顔が頭に浮かんで、どうしてもできなかった。
だから、誰かに連れ出して欲しいと思ったんだ。
自分勝手なのはわかっている。それにこんな都合のいい事、起こるわけがない。だから毎日、退屈な授業の時や暴力を振るわれて辛い時などに心の中で願っているだけだった。
心の中では起こらないと思いながら、心の中で願っていた。信じていないのに信じていた。
そうでもしないと、耐えられなかったから。
暴力で叩きのめされた時、もう一度立ち上がることが出来ないから。
感情をぶつけられる毎日に、狂ってしまいそうだから。
生きる意味も、死ぬ勇気も無いから。
だから来もしない助けを信じることで、無理やりにでも生きる意味を作っていた。明日への希望を持っていた。
その希望を泣きたい時に言い聞かせて、絶対に涙なんか流さないって決めていた。大嫌いな人達のために、涙なんて絶対に流さない。
じゃないと、
大嫌いな人達に、負けちゃうから。
「あっれー?!マナがいるー。」
遠くからの耳障りな甲高い声で意識が現実に引き戻された。どうやらボーッとしてたみたいだ。目の前に未知の生物がいるというのに、私も随分のんきだな。
声は後ろから聞こえた。声の主は振り向かずともわかる。
私のクラスの中には、私が心の中で勝手に分類したグループが三つある。
少し不機嫌なだけでもすぐに私に八つ当たりをしてくる機嫌グループ。授業中にわざと粘着質な嫌がらせをしてくる粘着グループ。行動には移さないが、からかったり、バカにした言い方で悪口を言ってくる悪口グループ。悪口グループの中にはは機嫌グループと粘着グループの顔色をうかがうようにしながら私の悪口を言っている人もいるので、自分が標的になりたくなくて周りに合わせている人もいるのだろう。
さっきの声は明らかに機嫌グループの女子の一人の声だ。一緒に下品な笑い声も聞こえる。他の機嫌グループのメンバーもいるんだろうな。機嫌グループは女子が多めで声がうるさいから嫌いだ。
学校に味方なんかいない。クラスの人達は全員悪口か暴力しかしない。誰に会っても同じだ。
それよりもここは通学路だ。私は帰りの会が終わるとすぐに早足で帰るようにしているからまだ人が少なかったものの、これからたくさんの生徒がこの道を通る。この怪獣をどうしようか。
機嫌グループの人は随分遠くから歩いてきていた。土手だから遠くまで見晴らしがきくのだろう。怪獣は足元の草のおかげで見えないようだ。土手で助かった。これが他の道だったらもっと近づかないと気付かない。そうすれば近くまで来た時に怪獣まで見つかっていただろう。私はボーッとしていたから声をかけられるまで気づかないだろうし。
どうしよう、まずこの怪獣の白いような水色なような体の色では草むらの色とまったく合わない。近くまでくればすぐにバレるだろう。これでは草むらに隠してやり過ごすことは出来なさそうだ。
私が怪獣の前に盾になって隠す事も無理だろう。じっとしてくれるとは思えないし、第一尻尾がはみ出る。機嫌グループの人達も私の行動を不審に思って余計に近づいてくるだろう。
考えてる間にも機嫌グループの人達はどんどん近づいてくる。時間がない。どうしよう、どうしよう、どうしよう!
「・・・!」
ふと気づく。なんで私はこの怪獣を助ける事ばかり考えているんだ?たったいま出会ったばかりじゃないか。怪獣の事なんて、私には関係ない筈だ。そもそもこの怪獣が機嫌グループの奴らにいじめられるとも限らないし、私みたいに怖がって腰を抜かす可能性もある。もし怖がられなくて触られたりしても噛んだりするだろう。…多分。
大人に見つかるならまだしも、小学生くらいこの怪獣にはなんともないんじゃないか?
このままだと私は機嫌グループの人達に話しかけられて、からかわれ、機嫌が悪ければ八つ当たりしてくるだろう。
それはめんどくさいからできれば避けたいし、このままシカトして足早にすすんでいけば振り切れるはずだ。簡単じゃないか。
この怪獣を置いて行けば。
どうせ要領の悪い私の事だ。怪獣を隠してもすぐにボロが出て機嫌グループの人達にバレるだろう。なら置いて行こう。怪獣がどうなろうと、私には関係ないし、知ったことじゃない。
うずくまったままだった姿勢から立ち上がり、目の前に座る怪獣を避けるようにして歩き出す。私は噛まれたのだし、懐かれているわけでも無いだろう。じゃあ私が情けをかける必要なんてどこにもないはずだ。
後ろも見ずに歩き続ける。機嫌グループがからかってくる声が聞こえる。声はさっきよりも随分と近いが、私が早足で進むことでまた段々遠くなっていく。怪獣はどうしてるかな。さっきは私の正面に来ていたから道の真ん中に出てしまっているだろう。周りの草で見えにくいはずだが、見つかるのも時間の問題だ。
関係ないと頭の中で思いながらも、どうしても頭に浮かぶ。気がつけば無意識にさっき噛まれた首元の傷を触っていた。もうすぐ見つかる筈だ。私には関係ないことだけど。
どうせ機嫌グループの人達は勇気がない。すぐに逃げて誰かに知らせに行く筈だ。怪獣が見つかったらきっと大騒ぎになるだろう。明日の学校は全校朝会でも開くだろうか。未確認生物として捕まえられて施設ってところに入れられるのかな。それとも実験でもされるのかな。映画で見たことある展開だ。
あのまま放っておけば騒ぎになって怪獣は酷い目に合うだろう。でも羽があるし、飛んで逃げることもできるんだし、心配ない・・・と思う。
もし、あの人達に勇気があって、逃げなかったとしたら・・・。
人間は、命を簡単に壊せる。
ハエやゴキブリが出たとした時、気持ち悪いという理由で叩き潰すか殺虫剤を使うだろう。小さな子供だって、ありの巣に簡単に水を注ぐ。ありをいじめることもある。小学生は、何をするかわからない。もしかしたらあの怪獣も・・・
大丈夫だ。大丈夫。きっと放っておいて大丈夫だ。
落ち着かないのを隠すように何度も何度も頭で考え、言い聞かせながら足を早めていった。
だって怪獣なんだもの。人間よりも丈夫なんだきっと。
「ねぇ、なんかあそこに落ちてない?」
大丈夫。大丈夫。まず私には関係ない。
「え、でもなんか動いてね?」
私が心配するまでもない。大丈夫。
「ねぇ、あれ尻尾だよね?気持ち悪い・・・。」
関係ない関係ない関係ない関係ない関係ない
「もしかしてヘビじゃない?やっつけようよ。」
「っ!」
体が勝手に動いていた。勢い良く後ろに方向転換し、髪がボサボサになりながら、ランドセルで動きづらいのも無視して力の限り思い切り走る。
「ああ、もう!!!」
走りながらランドセルの蓋を開け、中の教科書やノートを掴み、怪獣の周りに群がる機嫌グループの人達に思い切りぶん投げた。
「いった・・・!」
「何!?」
相手の隙をついて怪獣を抱きかかえ、空になったランドセルの中に無理やり押し込んだ。
「フギュッ!?」
変な鳴き声がした気がするけど気にしていられない。「ごめんね」と謝りながらランドセルの蓋を閉める。
「誰だよ!ってマナ?!」
「ちょっとマナ!何すんのよ!」
「あんた調子に乗ってんでしょ!こんなことしてただで済むと思ってんの?!」
私の顔を見るなり驚いたものの、すぐに口々に言い出す。怖い。相手の顔が見れない。逆らったのは初めてじゃないけどずいぶんと久しぶりだ。多分相当不機嫌だろう。八つ当たりはいつもより酷いんだろうな。
相手にもそうだが、抵抗せずに、やられること前提で考えている自分の頭にも腹が立つ。
でも今はなるべく早く解放してもらいたい。そのためにはおとなしくするしかない・・・。
「ったく、汚いなぁ。あんたの教科書投げてこないで、よッ!!」
ガン、と足のすねを蹴られる。思わずバランスを崩してよろけてしまう。
「ほんっと最悪。調子乗ってんじゃないわよ、バーカ!」
よろけたところに今度はお腹を蹴られる。
大丈夫。どうせ大人しくしていれば気が済む。怪獣は、この人達が教科書に気を取られているうちにランドセルにいれたんだもの。見られてないからきっと逃げたんだと思うはず。
あーあ、やっぱり放って置けなかったな。何度も大丈夫だって言い聞かせたのに。あとはいつも通り、このまましたを向いて、大人しくしていればおさまるだろう。私は心の中だけで反抗する臆病者で、言い返すことすらできない。そんな自分に一番イライラする。でも、言い返そうとしても子供のような根拠のない言葉しか浮かばない。それはこの人達と同じ、ただうるさいだけの私が嫌っている事だと思うので結局言い返す事はない。それにこの人達は一度機嫌を損ねるとめんどくさい。一番早くおさまらせるには大人しくしていることが一番だ。この人達の機嫌、当分治らないかな。怪獣はそれまでおとなしくしてくれるだろうか。
「せっかくヘビいたのにマナのせいで逃げちゃったじゃん!」
「だいたいさっき呼んだのに無視してただろ。」
「なんで無視したくせに戻って来たわけ?それで物投げてくるとか、サイテー。」
口々に文句を言ってくる機嫌グループの人達。ついでに足とか踏んでくるし。本当に当たることしか脳がないのか、この人達は。
まあ、別にそこまで気にしてない。暴力も口々の文句ももう慣れた事だ。
「てゆーか、謝りもしないの?」
「あんたのせいですごい痛いんだけど、早く謝ってよ!!」
段々と目に涙が滲んでくる。暴力を振るわれる度に、毎回痛みでつい涙が滲んでくるのだ。絶対にこぼすもんかと唇を噛み締め、拳を強く握る。こうしていれば絶対おさまる。これのおかげでこんな人達のために涙を流したことなんて一度も無い。
深くうつむき、絶対に顔が見られないようにする。これもいつものことだ。すっかりくせになってしまい、周りからはより一層地味で暗い奴だと思われているだろう。
「いつまで下向いてんの?」
「おいおい、謝る時は人の目を見て言えって教えてもらわなかったの?」
「あはは、親の顔が見てみたーい!」
「っは、どうせこいつににて地味なブスなんでしょ。」
そんなに見たけりゃ会ってみればいい。どうせあんた達と同じ暴力が好きな人種だよ良かったね。
心の中で悪態をつき、聞こえないようにため息を漏らす。まだ小学生だというのに、口調がもはやギャルだ。まあ、私もそこまでギャルに詳しくないけど。
「返事もできないの?もしかしてこのまま黙ってるつもり?」
「ちゃんと謝れよ。そうしたら許してあげる。・・・多分ね!」
私は何も喋らなかった。段々とランドセルが動き出す。まだ背負っている私にしかわからない程度だけど。多分少し音を立てて動いても聞こえないだろう。周りがうるさいから。怪獣はそろそろ限界なのかも。あの変な声で鳴かれたらすぐにバレてしまう。
私はランドセルを背負いなおすフリをして少し揺らし、我慢して欲しいと合図する。どうせ伝わってないけど。
「おい、なんか言えよ。自分からケンカふっかけてきたんでしょ。」
「そういう態度、まじしらけるんだけど。」
「もしかして、目も合わせられないほど怯えてるとか?」
私は何も言わない。言い返したら負けだ。
「図星でしょ?」
「そういえばさっきの変なヘビ、マナが歩いたところにいたよねー!」
「もしかしてお仲間?類は友を呼ぶ、みたいな。」
きっと誰かが連れ出してくれる。それまでずっと耐え続けるんだ。
「きっもー!さっきのヘビ、変な色だったじゃん。毒持ってるんじゃない?」
「えー、じゃあやっぱり退治しとけば良かったじゃん。」
「ほんとだよね、マナのせいで。」
叶いもしない希望だけど、願っているだけでもいくらか救われる。少し強くなれる。耐えられる。
「あのヘビが毒持ってるならさ、マナも毒持ってるってことだよね?」
自分が言われるくらい、なんともない。
「やっぱり害虫ってことかー。」
「いるだけで迷惑ってやつだよね。」
「害虫には害虫が寄ってくるってことだね!」
「ねえ、さっきのヘビ、紹介してよ。あんたの仲間なんでしょ?」
「毒は危ないからさぁ、退治しなきゃじゃん?」
「かわいそうだけどさぁ、害があるから仕方ないよねー。」
「あは、かわいそうとか思ってないでしょーが。」
「あ、ばれた?」
「あははははは、バレバレだっつーの。」
『あははははははははははははは』
「・・・うるさい。」
「・・・は?」
しん、とあたりが静まり返った。
「あんた今、なんて言った?」
言ってしまった。頭ではそう思っているものの、止めることができない。フルフルと震えながらも、口は勝手に動いていく。
「・・・うるさいっていったの。毒蛇だって、確かめてもいないくせに、勝手に決めつけないでよ!よく知りもしないでギャーギャー騒いでるそっちの方がよっぽど害虫だよッ!!」
相手の目を強く睨みつけるように強く見つめて、力強く言い返した。無意識に口が動いていた。さっきもそうだ。大丈夫だと言い聞かせていたのに。さっきから我慢できない。いつもはいう勇気すらないのに。
さっき会ったばっかりで、あのドラゴンみたいな見た目をヘビと間違えるくらいよく見てもいないくせに、毒があるだの、害虫だの、勝手に決めつけないでほしい。証拠に、私は噛まれたのに死なずに生きている。そう言ってやりたかった。
「なっ!!」
機嫌グループの人達の顔が、みるみる赤くなって行く。怒りは最高潮なんだろう。ぶちキレたようだ。その中で、一人だけ怯えた目でこちらを見ている子がいた。
どうしたのだろう。私の顔に何かついているのだろうか。
「ほんっとムカつくッ!!痛い目見なきゃわかんないのッ?!」
グループのリーダーみたいな人が腕を思い切り振り上げ、それに続いて周りの人達も振り上げるのが見えた。
私は痛みに備えてとっさに目をふせた、その時ーーーーー
「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
突然、耳が割れるような声が、地響きでも起こすかのようにビリビリと、私の耳元で、正確にはランドセルから鳴り響いた。
それと同時に、ーーーさっき急いで入れたから鍵をかけ忘れていたのだろう。ーーーランドセルの蓋が勢い良く開き、中から怪獣が飛び出した。そして羽を動かして飛び、すぐに私を叩こうとしていたリーダーのような子の振り上げていた拳に噛み付いた。
「痛っ!!!」
怪獣はすぐに離れ、私の頭上を飛び回る。
私を含め、その場にいた全員が驚いて上を見上げる。すると、その怪獣の目が真っ赤に光りだし、ーーーしたから見上げることで初めて気づいたがーーーお腹の謎の模様も赤く光りだした。その光はどんどん強くなっていく。驚いたことに、それに合わせて怪獣の体がみるみる大きくなっていった。
私はその様を呆然と眺めていたが、途中で目が熱くなり、両目をそれぞれ両手で抑えながらよろめいた。
「なに、あれ・・・?!」
「ねぇ、逃げようよ!た、食べられちゃうよ!!」
恐怖に染まった声がする。そういえば私もそんな反応だったな。
でもそれよりも、目が熱い。痛い。焼けるようだ。
「ねぇ、どうしたの?!大丈夫?!」
誰かの必死な声に、思わず顔をあげて声のした方を見る。
するとそこには今にも倒れそうにガクガクと震える髪の長い少女を、短い髪を一つ結びにした少女が横から肩をささえ、心配しているところだった。
震えている方の子はさっき私のことを怯えた目で見ていた子だ。その子はおそるおそる私のことを指差し、
「あ、・・・め、めめ、目が、目が!」
とだけしか言わなかった。
すると全員が私の目を見てくる。途端に驚きや恐怖の表情がさらに濃くなり、私を避けるように後ずさりしていく。
「マ、マナ、目、変だよ!き、気持ち悪いッ!!」
何のことだかわからない。今は目がとても熱い。そのことと関係があるのだろうか。心当たりはそれしかない。とても熱いし痛い。血でも出ているのだろうか。
ちょうど見上げた時、よろけて地面に座り込む私の目線の高さに機嫌グループの人達のランドセルがあった。
それに、遊園地のお土産でよく見かける、鏡付きのストラップがつけてあるのを見つける。
そのストラップが揺れて、ちょうど私の顔が見え、私はとても驚いた。
私の目に、あの怪獣のお腹にあるのと同じような変な模様ができていて、あの怪獣の目と同じように、赤く光っていたのだ。
「え、・・・え?」
そんな声しか出なかった。
しかしそんな暇もなく、再び上を見上げると、怪獣は随分大きな姿になっていた。
先ほどまではランドセルに入るような大きさだったのに、今では建物と一緒か、もしかしたらそれよりも大きい。
サイズだけでなく、羽の大きさも随分と大きくなり、尻尾もとても太く大きくなっていた。牙も足の爪もひっかかれたらひとたまりもないような、とんでもなくするどい禍々しいものに変わっていた。
大きくなった後にもう一度地響きの起こるようなビリビリとした鳴き声をあげた後、その怪獣が真っ先に私の方を見て、口を開きながら近づいてきた。
私は逃げようとしたが、恐怖で足に力が入らなかった。
今度こそ本当に食べられる・・・!怖い!こんなところで、こんな大嫌いな人達に囲まれて・・・!
痛みを覚悟した直後、牙は私の目前に迫り、通り抜け、私の視界は怪獣の口内で埋め尽くされた。
その時見えたたくさんの鋭い牙が怖くてギュッと目を瞑る。ああ、私は死ぬのか。大嫌いな人を見返してやることも、復讐することもできないままで。
そのまま牙が私の体に触れる。
次の瞬間、怪獣は牙で私を軽く噛んでつまみあげ、宙へと放り投げた。
私の体が中に浮く。
突然の浮遊感に驚いて目を見開き、あまりの高さに声も出なかった。
「〜〜〜〜ッ!!」
このまま一気に落下する、というところで怪獣が首を私の目の前に差し出し、私は怪獣の首に受け止められた。
「フギュッ?!」
さっき私が怪獣をランドセルに押し込んだ時のようなことが逆の立場で起こっていた。
怪獣の背中は柔らかくもなければ硬くもなかった。マットの上のような、最低限の柔らかさという感じだ。
肌はひんやりと冷たい。でも、何か温かいような気もする。
怪獣の首にしがみつきながら下を見ると、機嫌グループの人達が腰を抜かして動けないのだろう。恐怖に染まった顔で座り込み、こちらを見上げていた。
遠くを見れば、怪獣の声を聞いて、何の騒ぎだと人がこちらに何人か向かってくる。私の学校の生徒もいる。いろいろあって忘れていたが、今は下校時間だった。これからどんどん人が来る。でも、土手で助かった。まだ駆けつけるのに時間がかかるはずだ。
怪獣は身体を少しねじって助走をつけ、尻尾を勢い良くコンパスで円を描くように周し、辺りを蹴散らした。もちろん、さっきのいじめっ子達も含まれ、勢い良く飛ばされた。
私が呆然とするなか、怪獣は次に翼を大きく広げ、思い切り羽ばたかせた。
すると強烈な突風が巻き起こり、私を乗せた怪獣の身体は宙に浮く。そのまま私を乗せて空へ空へと舞い上がっていく。
え?これ、飛んでる?!夢?現実?
私にはわけがわからなかった。夢か現実か疑うほどに。
もしかして、助けてくれたの?
怪獣は上昇し続け、近くの山の方ーーー私の暮らす街は山に囲まれて、割と田舎である。ーーーへと飛んでいく。
気がつけば目の痛みと熱さはおさまっていた。でも、なぜか涙が滲んでいた。
どうして涙が滲んでいるのか私にはわからない。でも、全く悲しくなんてなかった。
なんだか・・・かっこいいな。
少し嬉しかったのかもしれない。私を守るようにしてくれたことが。今まで、みんな加害者で、助けてくれる人なんていなかったから。
そして、ずっと誰かに連れ出して欲しいという願望が。
叶うことないと思っていた私の希望。それが叶えられそうな気がした。
この怪獣は、私を連れ出してくれるだろうか