第7話 軍制改革着手!
相沢は今後のこともあり、軍制改革に着手する。
しかしこの世界の軍事はとんでもないレベルだったのだ・・・
ミートナ郡に駐留する王立騎士団は総勢四百。主任務は国境警備。だが常に国境に貼りついているわけではなく、国境に何らかの異変があれば対応する。部隊規模からしても初期対応、あるいは時間稼ぎ程度の部隊でしかないことは明白だ。
後は俺の統率する代官所の兵士が約百名。それに各地に散って駐在みたいな役目を果たしている兵士を合わせても百五十名に満たない。
「国境警備としては隣国とは陸続きですから非常に脆弱としか言えませんね」
代官所のダイニングルームで横峰は言い放った。ここのところ夕食は俺たちの会議を兼ねている。
「しかし国境にあまりに大きな兵力を集めると隣国を刺激します」
サイラスも続く。最近は兵士のまとめ役である彼も積極的にこの場に加わってくれている。壮年に手が届きそうな忠実な男の存在は俺たちにとって非常にありがたい。
「国としての方針はどうなんだ?」
俺はサイラスとクーリエに尋ねる。二人とも顔を見合わせて肩をすくめた。要するにあまり考えてないってことか。
「いざとなれば中部にありますセントロアナに駐留する王立騎士団主力が動くことになっています。部隊の展開に数週間はかかるでしょうが」
ふむ、辺境が敵の初動で最悪占領されてる間に主力を結集して決戦兵力を集めるわけか。
と、考えるとこの世界の軍事の機動性はいかに効率がよくないか推測できる。
「サイラス、この世界の戦いを俺たちはまだ見ていない。教えてくれないか?」
俺の問いかけに珍しく隊長が口ごもる。
「その…、あさって駐留する王立騎士団と模擬演習が、その、ありますので……」
模擬演習当日、大森林に近い王立騎士団駐屯地に俺たちはいた。
「へえ……」
広っぱに面した観覧席に俺と横峰、そして王立騎士団駐屯地の幹部連中が座っている。原っぱでは王立騎士団百名。代官所の兵士百名が対峙している。
「すんません、これってこのまま戦うんですか?」
俺は王立騎士団の幹部に問いかけた。というのも、双方とも騎馬の兵士は騎乗したまま。耳長族の魔法使いはその隊列の前面で横に適当に散開して突っ立っているだけなのだ。
「魔法使いが攻撃魔法を発動し、騎馬の騎士がそれに突入する。古来よりの戦の作法でございます」
「じゃあ攻撃魔法で敵が動じなかったらノーガードの殴り合いになるの?」
「はい、その際は双方の騎士が名誉にかけて剣で決着をつけます」
要するに戦術も戦略もないってことかよ……。
「敵と味方の数が違いすぎたらどうすんの?」
俺の質問に少々うざくなってきたのか、王立騎士団の幹部はぞんざいに答える。
「ノルドライド神聖王国の兵士は敵の数に恐れを抱くことはありませぬゆえ」
やっぱり何にも考えてないってことじゃねえか!
模擬戦の結果は散々だった。代官所側の完敗だ。サイラスが何だか言いにくそうな感じだったのもわかる気がする。
「昨日の醜態、申し訳ございません!」
模擬演習の翌日、そのサイラスが中庭でランチを食う俺に跪いて謝っている。かなり凹んでいるようだったので、思わず隣のイスを勧めてワインを注いでやった。
「面目次第もございませぬ、盗賊相手にはどうにかなっても我々では正規軍相手にはあのザマでございます……」
「まあまあ、サイラスのせいじゃないんだからさ」
俺は生真面目な隊長に酒を勧めてなだめる。横峰はそんな俺たちを横目で見ながらしれっとしている。なんつっても本業だからな。いろいろ言いたいことはあるけど、サイラスの凹みっぷりを見て言うに言えない感じなのだろう。
「こいつは考える必要があるな」
俺もサイラスの雰囲気に飲まれて腕を組んで考え込んでしまう。
翌日、横峰がノートパソコンを持って俺の執務室にやって来た。先日大森林で発見した装甲車のエンジンを始動させて、USB充電器で充電したとのことだ。
「相沢さん、見て。この前の模擬戦闘だけど」
さすが横峰さん。こっそりと動画に撮っていたんだな。俺が感じた機動性と効率の悪い戦闘が繰り返され、早々と代官所側の戦列が崩壊した様子が収められている。
「戦闘の形式は十五世紀前後の水準ですね。弓矢や鉄砲がない代わりに魔法がそれを補っている。飛び道具、この場合魔法ですね。で、戦列を脅してすかして騎士団が突入。戦術も戦略もなしってとこかしら」
横峰の意見は俺と同じだ。ノルドライド神聖王国の正規軍である王立騎士団の戦い方がそうだということは近隣諸国も同じような水準なのだろう。
「でも兵士全員に小銃を支給するわけにはいかんだろ、弾薬も限りがあるんだし」
っていうか俺はまだ自衛隊の銃器を「正式には」触らせてもらってないんだからな。
先日の装甲車から回収した機関銃はミートナ市の城門に配備された。横峰が自ら取り扱い訓練をした出自も勤務態度もしっかりした兵士によってだ。
「逆に相沢さん、王立騎士団に勝てるためにどうしたらいいと思います?」
戦闘のプロである横峰に頼られた。フフフ、腹案があるのだよ。
翌日、俺は中庭に全兵士を集めた。
兵士たちとは反対側に、クーメとその手下を十数名待機させている。
「よし! サイラス、今から模擬戦を始める。五十名の兵士でクーメとその一派を鎮圧せよ!」
俺の命令にサイラス以下、兵士たちはきょとんとしている。むしろむかついているかもしれない。そりゃそうだ。盗賊あがりを模擬戦で捕まえろって言うんだから彼らにとっては屈辱だろう。だがそれも想定内だ。
「お代官様。身内になったクーメとはいえ容赦しませんぞ!」
サイラスが宣言する。兵士たちも隊長の言葉で臨戦態勢になる。隊列を組んで抜刀して前面に魔法使いが数名歩み出る。
「横峰、始めるぞ」
俺はクーメ一派といる横峰に声をかけた。女性自衛官は笛を咥えて一回大きく鳴らした。
クーメ一派はその笛の音で機敏に横隊を組んだ。隊列の隙間にクーメ側へ割り当てた魔法使いが入り込む。
兵士側の魔法使いが魔法を発動し始めた。要は火の玉やら氷やらを敵の隊列に飛ばすのだ。防御側はそれを魔法で中和するらしい。
クーメ側の魔法使いにはあらかじめ役目を振ってある。攻撃専門と防御専門だ。攻撃専門の連中には魔法の種類も指定してある。
「前進!」
サイラスが兵士に号令した。代官所側の兵士の列が動き出す。
「撃ち方はじめ!」
すかさず横峰がクーメ一派に号令する。クーメ一派の攻撃担当魔法使いが特定の魔法を連発し始める。
「うっ!」
「がっ!」
代官所の兵士が数名撃ち倒される。俺が指定したのは土魔法で石を高速で飛ばす魔法だった。近代戦で言うと、突撃阻止銃火だ。攻撃と敵魔法中和に分化したクーメ一派の魔法使いと違い、攻守兼任の代官所側の魔法使いは対応できない。
もちろん殺傷力は低めてあるが、敵を行動不能にするには十分だ。
「パイク隊、用意!」
横峰の号令。それでもどうにか近寄ってきた代官所兵士を迎え撃つ。
「そーりゃ!」
クーメ一派は用意していた長槍を一斉に掲げた。捕り物で提灯を結んでいたあの長い棒だ。槍先は当然だがつけていない。それでも剣が武器の代官所側は一方的に叩かれるだけだ。
「くそ、何をしている! 押せ!」
サイラスは兵士を鼓舞して自らも前に出ようとする。それを見た横峰が合図を送る。
「な、何だと!」
騎馬に乗った頭目のクーメと数人の手下が、行く手を阻む槍ふすまをしゃにむに突破しようとしたサイラスたちの後方に躍り出たのだ。騎兵の蹂躙突撃が成立したところで模擬戦闘はストップとなった。
サイラスが自殺しそうって意見がクーリエから出されたので、その日のミーティング兼反省会と懇親会は急遽、兵士全員を交えた飲み会形式に変更した。
「お代官様、このサイラスをどうか罰してください!」
案の定、サイラスが俺のところにやってきた。俺たちの入れ知恵があったとはいえ、クーメ一派に負けたのが相当堪えたらしい。
「もういいよ、その代わり軍制改革に協力してほしいんだけど、大丈夫?」
俺の申し出に隊長は涙を流し始めた。
「はい! わたしのような者に再び兵士を指揮する権限を与えてくださるなら何でもいたします!」
俺に平伏するサイラスがさすがにかわいそうになってきたんで、彼の手を取って抱き起こして俺の隣に座らせる。
「隣国とのこともあるから、今後とも頼むよ隊長!」
恐縮するサイラスに俺はワインを注いで頭を下げた。
「お代官様、いえ、旦那様……、もったいのうございます!!」
壮年のベテラン兵士は感激なのか泣き上戸なのかひたすら泣き続けていた。
ミートナの改革後、近現代戦術を会得したサイラスはノルドライド神聖王国で「無敗のサイラス」と呼ばれることになる。だがそれはもっと先の話なんだけどね。
この辺から内政、外政、軍事、中央政府との兼ね合いが徐々に入りだします