第5話 ミートナ郡捜査網!
寝入りばなを横峰に叩き起こされた相沢。
わけがわからないうちに、とんでもない現場に連れて行かれることとなる…
寝入りばなを横峰に叩き起こされ、わけがわからないまま俺は代官屋敷正門前にいた。
松明の光で昼間よりも多くの兵士が集まっているのがわかる。
「ではこれより、商業地区第三区クラクス邸に出動する!」
「おう!」
横峰の号令で一斉に動き出す兵士たち。一体全体なんなんだ?
「さ、相沢さんもこれを着て!」
渡されたのは横峰がトラックから持ち出した自衛隊装備一式――ただし銃器を除く――だ。
「おい、俺に何させるつもりだよ?」
装備品の付け方がわからない俺を手伝いながら彼女が淡々と答える。
「治安維持がわたしの役目でしょ? それを実行するの」
と、一人の兵士が俺たちのところに駆け寄ってくる。
「準備万端整いました! 皆には明かりは最小限、音も極力出さずにと通達しております」
「よし、準備ができた部隊から出動して」
「はっ!」
何がなんだかわからないまま、総勢百名近い部隊が深夜の市街に出動していく。
商業地区第三区は比較的冒険者地区に近い場所にある。その中でクラクス邸は大森林の戦利品を買い取り、首都方面に卸す大手仲介業者であった。だがこんな夜更け。代官屋敷ほどではないが塀に囲まれた邸宅は静まり返っている。
俺たちはクラクス邸を取り囲むように四隊に分かれてひそかに布陣した。
「で、今から何をしようってんだ……」
この時点でやっと目が覚めてきた俺は横峰に問いかけた。完全武装の女性自衛官はいつもより顔を近づけて小声で言う。あ、ちょっといい匂いがする。
「今夜このクラクス邸に冒険者崩れの盗賊団が押し入るって情報が入ったんです。押し込みの直前を押さえて一網打尽ってわけ!」
「それはいいんだが、なんでそんな情報がダイレクトに君に入ってくるわけなのよ?」
横峰はフフンと笑うとドヤ顔で俺に答えた。
「わたしがこの何日かずっと出かけてたのはこのためよ!」
「ほお」
「まずは情報網を作って、敵の情報を探る。情報が確かなことを確認して手配をする。簡単だったわ」
本業が本業だからさぞや簡単だったでしょうね。
「しっ! 来たわ」
横峰が周囲の兵士に手で合図する。兵士たちは街路の暗闇で、隣家の塀の影で気配を殺す。
この地区は一軒一軒の商家が塀で区切られている。街灯はほとんどないので深夜になると屋敷の明かり以外はほぼ真っ暗だ。その闇の中を十数名の集団がクラクス邸に向けて小走りに向かってるのがわかった。
集団はクラクス邸の正門に到着すると数名を周辺の警戒に散開させ、正門脇にある通用門をノックし始めた。最初に二回。間を置いて三回。
すると通用門は内側から開かれた。これが「引き込み」ってやつか。あらかじめ盗賊団に通じた者を屋敷に使用人などとして潜入させておくのだ。
ここまでの流れを確認して横峰が動いた。俺たちはクラクス邸の正門前にある邸宅の影に隠れている。
「動くな!!」
女性らしい横峰の透き通った声が暗い街路に響く。と同時に邸宅周辺が鈍い明かりに包まれた。四方に展開している兵士たちが動いたのだ。
「うわぁ……」
俺はその光景に思わずうなった。
先ほどまで真っ暗だった界隈は横峰の合図で兵士たちが掲げた三メートルはあろう棒に吊るされた数十の提灯で照らし出されているのだ。しかも、その横峰特製であろう提灯にはヘタクソな毛筆、しかもみんなにはわからんだろうが、ご丁寧に漢字で
「火盗」
って書かれている。やりすぎだ。
「ミートナ郡代官所所属、火付盗賊改方である! 神妙にしなさい!」
横峰さん、いつの間にそんな組織作ったんですか? 聞いてないですよ。
俺の脳内での突っ込みは女性自衛官には通じない。俺の背中を強い力で押して、呆然とする盗賊団の方へ押し出す。
「相沢さん、ボスなんだから決めセリフのアレ言って!」
「決めセリフってなんだよ!」
「アレよ、アレ!」
究極の無茶振りだぞ、これは。
「え、えっと……」
呆然から警戒に変わりつつある盗賊団を前に俺は必死で考える。ヒントになりそうなものを探して周囲を見回して、自分が着せられている迷彩服に目が行く。これだ!
「おう! おう! おう! 悪党ども! こ、この肩の桜吹雪、見忘れたとは言わせねえぜ!」
無理やり着せられた服に貼り付けてある自衛隊の階級章を見せつけてみたが、盗賊団からのリアクションは皆無だった。それ以上に横峰はじめ、兵士たちからもノーリアクションだったのが悲しい。
「相沢さん、もういいです……」
横峰が俺の一歩前に出て右手を上げた。その手にはぶっとい拳銃みたいなものが握られている。
ぱっひゅん!
彼女の手に握られたものから花火みたいな光が上空に打ち上げられ、周囲はさらに明るくなった。照明弾だ。
「者ども! 盗賊どもを一網打尽にしろ! 逆らうヤツはかまわぬ、斬り捨てろ!」
若干芝居がかった彼女の言葉でやっと状況を理解した盗賊団は逃げようとする者、兵士に斬りかかろうとする者、照明弾にへたり込む者、すべてあっという間にお縄になった。
翌朝、寝ぼけ眼の俺は再び代官屋敷正門前に呼び出された。
今度は横峰と数人の兵士、彼らの真ん中に跪いた一人の男がいた。未明の捕り物で捕まえた盗賊団の一員みたいだが。
「相沢さん、捕まえたヤツはみんな口を割ったのにこいつだけは名前も言わないの。どうしたらいいと思います?」
横峰の言葉で男は俺に視線を向ける。見たところドワーフ族だろうか。中年どころか壮年を過ぎた年齢。堀の深い顔立ちには苦労の人生がうかがえる。
俺は兵士にイスを持ってこさせて男の前に座った。
「おっさん、年はいくつだい?」
俺の問いかけにも無言。
「この無礼者っ!」
兵士の一人が男を殴ろうとするのを俺は手で止めた。代わりに俺は自分の分とおっさんの分の酒を持って来るように言った。酒っていってもここいらではワインみたいなのしかないけどな。
「ま、飲めよ、おっさん。お互い大変な夜だったしな」
俺は穏やかに酒を勧める。KIコーポレーションでは派遣社員も扱っていた。中にはこのおっさんみたいな海千山千もどきも多かった。こういうのには年下の強権は通用しないことは肌でわかっている。
「い、いただきます……」
戸惑うようにグラスのワインを両手で飲むおっさん。グラス半分ほどでため息をついた。
「ありがとうございます……」
「盗賊家業って結構長いの?」
思い切ってストレートに聞いてみる。盗賊のおっさんは俺に目線を再び向けた。
「大森林は一攫千金の場ですがその分リスクはでかい。このあたりの盗賊はほとんど現役の冒険者ですよ。投資した分の損益を埋めるために盗賊をやってんですわ」
なんじゃそりゃ。本末転倒じゃん。
「それもこれも大商人が利益を独占しようと露店商に圧力をかけて大森林の戦利品を買い取らないように仕向けてるからです。一部の露店商は親分がしっかりしてるんでそうでもないですが、買い取れる品物は限られますからほとんどは大商人に原価割れでも売らないと立ち行かないのが現状なんです」
そいつはひどい。中間マージンどころか競合を押さえつけて安く買い叩き悪利をむさぼるなんてひどすぎる。
これまたKIコーポレーションでの話だが、「使ってやってんだ」の一点張りで原価割れを承知で競合他社との相見積もりを出すことを強要していた商社のイヤなおっさんを思い出す。
「わかった! よくしゃべってくれた! おっさん……、これからはあんたのこと、なんて呼べばいい?」
俺の言葉に盗賊は今まで向けていた鋭い目線を一瞬緩めた。そして俺の言葉を理解したのか、地面にひれ伏した。
「クーメ、クーメでございます!」
こうしてクーメは自分の一味がクラクス邸に押し入ろうとしたことを素直に認めたのだ。
「ちょっと納得いかないんですけど……」
別室で俺と横峰、クーリエ、それに兵士達の指揮官であるサイラスで盗賊団の刑罰を検討している最中に女性自衛官が言った。
「こういう時って盗賊の頭は打ち首獄門、手下は終生遠島って相場が決まってるでしょ!」
時代劇マニアにしては、あまりにステレオタイプすぎる横峰の意見。ミートナ郡は内陸だ。そもそも遠島しようにも島なんてないんだけどな。
「横峰、俺たちは日本人だ。日本人的なやり方を忘れちゃいけない」
「市中引き回しもオプションでつけるってこと?」
いかん。こいつ完全に時代劇モードに入っている。
そろそろ俺の得意分野も役に立ちそうだな。そう思い、俺はあえてテーブルをバンと叩きながら立ち上がった。
「子曰く、罪を憎んで人を憎まず!」
初めて聴く言葉にクーリエとサイラスはきょとんとしている。
「犯した罪は許されないし憎むべきものだが、犯した人そのものを憎んではいかん!」
俺の言葉に横峰はそれ以上何も言わなかった。彼女もわかっているのだ。そしてクーリエは先日のようなうれしそうな顔をし、サイラスは黙って一礼した。
この日、ミートナ郡代官である相沢弘樹、最初の布告がミートナ市内に出された。
「子曰く、罪を憎んで人を憎まず」
なんだか難易度の低いRPGみたいな展開になってしまってます……
申し訳ないです