第4話 部下との関係!
お代官様に無事転職できた相沢。
ミートナ市内巡察に出かけるのだが……
準備ができましたというクーリエの言葉で俺は代官屋敷の正門前に赴いた。
そしてここに来て何度目かわからないが文字通りフリーズした。
「ちょ、ちょ……」
俺の目の前には数十名の鎧を着た連中が整列している。先日俺たちとミーツ爺さんをぶっ殺そうとした連中だ。ヤバイ、これ絶対ヤバくね?
ミーツ爺さんの権威を借りて代官になった俺にリベンジか? こんな電話もインターネッツもない世界だ。なんかの事故で異世界の人間が死んだってことにすれば完全犯罪なんていくらでもできる。
思いつく限りの陰謀論が俺の身体中を光の速さで駆け巡ったが、それはクーリエの一言で吹き飛んだ。確かな予感ではなかったようだ。
「旦那様、配下の者どもにお言葉を」
「お言葉、ねえ……」
冷静になってよく見ると、整列している兵士の表情が一様にこわばっている。なるほど、彼らは純粋に兵士だ。ボスの言うこと聞いて狼藉者をぶっ殺そうとしたら実はボスの方が悪人でした。ボスは当然処罰され、残った自分たちはどうなるんだ? って不安におびえているのだ。
そういえば、あの手の時代劇でボスの言うとおりに襲い掛かった部下のその後って一度たりともフューチャーされたことなかったよな。今俺はまさにその舞台に立っているわけか。
「旦那様、どうか、お言葉を」
再度のクーリエの促しに俺は軽く咳払いして、一応しめていたネクタイをしめ直した。
「えー、この度代官に就任した相沢だ。前任の代官は結構なクズだったみたいだが、一応ちゃんとやっていくつもりだ。いろいろ不慣れで迷惑をかけると思うがよろしく頼む」
こういうのってやっぱ苦手。
「旦那様、他には?」
「他ってなんかあるの、逆に?」
俺の言葉にクーリエは側に寄って来て耳打ちする。
「知らずとはいえ前国王陛下に剣を向けた者もおりまする。王族に剣を向けることは極刑に値します。そやつらに対する処罰も新任代官の職務ですぞ」
「なんだよそれ!」
筆頭執事は気を使って小声で言ったようだが俺はかまわず言う。
「爺さん、もとい前国王陛下のおかげでクズは排除できたけどこいつらはそんなこと知らなかったんだろ? イヤな上司だけど言うこと聞かなきゃいけなくて、上司の命令で剣を抜いたらそれが偉い人でした。んで剣向けたヤツは、はい、死刑! ってなんだよそれ、ふざけんな!」
俺は自分のことを目の前の兵士に重ね合わせていた。
俺の上司もイヤなヤツだった。あの災害でどうなったかは知らない。
ある日、クレームの電話がかかってきて対応に回った俺に対してヤツが言った一言。
「クレーマーは適当にあしらえ、責任は俺が取る」
俺はもうちょっと誠意を見せた対応をした方がいいと進言したが却下され、中途半端な対応に終始した。その結果、クレーム電話は会社がオファーした覆面調査員だったことが判明したのだ。上司は会社からの指摘に知らぬ存ぜぬの一点張りで俺に責任をなすりつけた。俺は始末書を書かされ減給処分まで食らった。
これが俺の転職を決意するに至った経緯のなのだ。
だがそんなことは知らない面々は驚きの表情を浮かべるばかりだ。
「俺はこの場にいる誰一人として処罰する気はない! 雇われは雇われでいろいろ気苦労もイヤな上司の言うこと聞かなきゃだったりいろいろあるんだよ! そんくらい俺もわかる、以上!」
俺の言葉が終わると同時に、兵士たちは一斉に俺に向けて跪いた。ちょっと身体がびくって反応したがご愛嬌だ。
「ははぁ! ありがたき幸せ! 今後は相沢様に忠義を尽くします!」
これって完全服従モードってやつだろうか。クーリエの方を向くと苦笑いして肩をすくめられた。
「旦那様のような寛大なお方はわたくしも初めてです。兵士たちは皆、旦那様に忠誠を誓っております」
そりゃそうさ。同じ雇われの身。気持ちもわかるってもんだぜ!
そんなこんなで兵士を掌握して市内の巡察に出かけたわけだが、これがまた仰々しい。
俺は兵士に護衛された馬車に乗せられ周囲は兵士がびっしりと張り付いている。俺、そんなに嫌われることしたかな? って思うくらいだ。
だがその理由はメインストリートに出てすぐにわかった。
「お代官様! 聞いてくださいまし!」
「お代官様! お願いがございます!」
一斉に市民たちが俺の方に向けて走ってくる。兵士が乱暴ではない程度に押し返しているが数は増える一方だ。
「いっつもこんな感じなの?」
俺は横に控えるクーリエに尋ねる。
「前任のお代官様があのような方でしたから新任の旦那様への期待からでしょうな」
あのおっさん、どんだけクズだったんだよ。
と俺はちょっとしたことを思いついた。
「クーリエ、この街の識字率はどれくらいだ?」
「はあ、半数以上は読み書きができます」
徳川幕府七代将軍の政策を思い出したのだ。
「クーリエ、代官屋敷の門にポストを設置してくれ。市民からの要望、愚痴、お願い何でもいいから放り込めって通達を出してくれ」
俺に押しかけた市民は「目安箱」設置を聞いて引き下がってくれた。これで巡察を続けることができる。
それだけではない。市民目線で直接的な声を聞く機会を持つこともできる。市民たちの識字率の高さが幸いしたようだ。
クーリエは今までそのような政策を行った代官は聞いたことがないと驚いていた。驚きながらも、なんだかうれしそうだったのが印象的だ。
街の中心にある代官屋敷周辺は兵士や富裕層の住宅地区。その外は商業地区だ。さらに外周部は一般住宅地区で城壁周辺は冒険者の宿屋や下層階級の居住区になる。
俺たちの隊列は商業地区にさしかかる。大森林からの戦利品、農産物、隣国からの交易品などが並んでいる。商業地区と言っても商店街ではなく、建物を構えた商家、露店商の多い地区と棲み分けがされている。当然、露店は価格が安いが胡散臭い品物も多く、路面店となると価格は高いがちゃんとしたものがそろっている。
「露店商は多いがいざこざはないようだな」
俺の独り言にクーリエが即座に答える。
「このあたりの露店は地獄耳のハルフという元締が取り仕切っておりますので」
「へえ……」
よくわからんが、テキ屋の親父みたいな感じなんだろうかね……。
この後は、住宅地区、冒険者と下層階級地区、城壁の外周に当たる農業地区を見て回った。このあたりの作物は小麦らしき穀物と各種根菜が多いようだ。後は大森林周辺で採取されるもの、とのことだ。なにせ、俺は農業に関しては全く疎い。ただ気になったことはある。
「コメ、ですか……」
「さすがにクーリエでもわからないかな?」
俺の言葉を命令と受け取ったようだ。筆頭執事はすぐさま探索することを約束した。
代官屋敷に戻った頃にはすっかり日が暮れていた。
横峰は相変わらずどこかで何かをやっているようで最近顔を合わせていない。別にかわいいけど何をどうすることもない間柄だが、ミーツ爺さんと面談したダイニングルームに俺一人というのはいささか寂しい気もする。
クーリエがそれなりに相手をしてくれるが立場上、サシで飲んだりはしてくれない。兵士たちと飲み会でもしようかな? そういえば商業地区によさげな酒場があったよな。でもこれって経費でいいのかな? っていうか経費と私費の区別とか聞いてないんだけどな、なんて諸々の疑問が頭をよぎったが、晩酌の安らぎの邪魔になりそうなので頭の片隅に追いやった。
一人では有り余る広さの自室に戻って執務机の引き出しを開ける。前任のおっさんが使っていたというんで当初は使うのを渋っていたのだが、クーリエが家具から寝具まで一式取り替えたのでと言うので入居することに同意した経緯がある。
執務机の引き出しにはビジネス用のバッグが入っている。ファスナーを開けてノートパソコンを取り出す。
「そろそろヤバイな」
電源を入れてバッテリー残量を確認すると、すでに半分以上バッテリーを消費している。
俺はクーリエに数日前用意させた紙束とペン、それにインク壷を机に置く。紙束にはスマートフォンがバッテリー切れになる前に書き写せるだけ書き写したアプリの辞書などの内容が要点書きされている。
「うちの会社が何でも屋でよかったぜ」
ワインをちびりとやりながらひとりごちる。KIコーポレーションは小さいながらも商社の体をなしている会社だ。営業管理となるとあらゆる情報を必要とする。その一部が俺のスマフォやノーパソに残っていたのだ。
建築の施工管理からガス関連の設計図。食品卸の価格表に取り扱い食品の原材料。為替の動きや株価の変動に各種法令関連。そして会社の組織図から財務表……。
今すぐに役に立ちそうでないものもバッテリー切れの前に要点だけはメモとして残すことにしていたのだ。
こうして俺の一日は終わる。
はずだった……。
「相沢さん! 相沢さん! 起きてください!!」
単純作業をしながらワインをしたたかに飲んで寝たためか身体が重い。
「相沢さん!」
俺を起こす声が横峰とわかるのにしばらくかかった。
「ん……、どうした?」
寝ぼけ眼の俺を横峰はベッドから引きずり出した。
「出動よ!」
「はい?」
よくわからないんですけど……。
【次回予告】いつの世にも悪は絶えない。
ミートナ郡代官所は火付盗賊改方という特別警察を設けていた(某自衛官が勝手に)。
凶悪な賊の群れを容赦なく取り締まる為である。独自の機動性を与えられたこの火付盗賊改方の長官こそ横峰真菜。人呼んで鬼の横峰である。
すいません、ウソです……