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お代官様になろう!  作者: 元ガス屋
OJT編
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序章 転移

 

 陰鬱な空の下、俺を乗せて走るトラックの荷台もまた陰鬱な雰囲気に包まれている。

「ごほっ! ごほっ!」

 その荷台の傍らで、まだ若い自衛官が咳き込む。俺は思わず、すでに茶色く変色したN95マスクの位置を押し上げる。誰のせいでもない。この陰鬱な空気が悪いのだ。

 たった一週間前、しかしついさっきのことみたいに思い出せる……。



 一週間前、俺はJR有楽町駅前にいた。転職活動も佳境に迫ったこの日、俺は緊張の面持ちで一番高いスーツを身に着けてそこにいたのだ。

 不意に、何か強烈なモノに押し飛ばされた。俺は一張羅のスーツが汚れることを気にする間もなく、有楽町地下街の階段を転げ落ちていた。地下街の広場にいた人々は突然舞い降りた煙と俺のように転げ落ちてきた人間に戸惑っている。

 後頭部をしたたか床にぶつけ、心地いいような気持ち悪いような感覚に襲われた俺が覚えているのは、地下街に繰り返し流れているフランク永井の名曲「有楽町で逢いましょう」のオルゴールだけだった……。



「すいません、そろそろ休憩しましょうか……」


 先ほど咳き込んでいた自衛官が荷台にいる面々に声をかける。とはいっても、いるのは俺、ホコリまみれの制服を着た女子高生だけだ。つまり、民間人は俺たちだけ。

 後は声をかけた自衛官以下二名の隊員と運転している隊員だけだ。

 俺はすすけたワイシャツの胸ポケットに入っているタバコを取り出して火をつける。誰も咎める者はいない。


「う、うわっ!!」

 と、不意にトラックが上下左右に揺れ始めた。

「落ち着け! どうした?」

 荷台にいたベテランらしい自衛官が運転席に声をかける。

「バ、バーストです!」

「なに??」

 そのやり取りを聞いた直後、俺の世界は文字通り前後左右に揺れた。死の恐怖を感じる激しい衝撃と共に……。



 次に目を覚ました時、俺は汚れたスーツ姿のまま森の中に倒れていた。

「いてて……」

 そう言いながら立ち上がれるってことはたいした怪我はしていないってことだ。一応、目視で自分の全身を調べてみる。確かに怪我はない、が、一張羅のスーツの左ひざが擦り切れている。


「ちっくしょう……」

 つぶやいてから周囲を見回す。すぐそばに俺たちが乗っていたトラックが見えた。斜面を転がって横転しながら大木にぶつかったということは一目でわかる。

 運転手が「バーストした」と言ってた。制御不能になって斜面を急降下ってことだろう。放り出された俺は奇跡に分類されるくらいラッキーだろうな。


「うっ! くぅ!!」

 と、俺の耳にトラックから聞こえてくる声。思わず残骸へと走っていた。

 そこには、咳き込みながらも俺たちを案内していた自衛官がいた。トラックの幌を形成していた残骸と思しき何かにはさまれて動けないようだ。自分の腹の上に倒れこんだ諸々から這い出そうと必死だ。


「待ってろ!」

 俺はその辺に転がっていた鉄パイプを使い、そいつを押さえ込む幌の残骸を梃子の要領で持ち上げる。たいして怪我をしていないであろうその自衛官はすっとそこから這い出した。俺も思わずそいつに手を貸す形になり、両脇を抱える……。

「ん?」

 俺の両手を通じて違和感が伝えられる。こいつが装備しているのはおそらく自衛隊の新式防弾チョッキだが、それでも隠せない独特の感触があるのだ。そう、それは決して不快ではない。


「あんた……女?」

「ふんっ!」


 俺が言おうとするその言葉をさえぎるように、自衛官はため息といえない強い息を吐いて俺の前に立った。

濃緑色の迷彩服に各種装備、小柄だが一般人の俺から見ると「まあ普通の自衛官」だ。普通の自衛官の定義はわからないけど。


横峰真菜よこみね まな三等陸曹!」

 その言葉が自己紹介ということを理解するのに数秒を要した。俺はすすけたスーツの内ポケットから名刺ケースを出し、中身を一枚彼女に手渡す。

相沢弘樹あいざわ ひろきです。KIコーポレーションで営業管理やってます、よろしくお願いします」


 転職活動中とはいえ、サラリーマンの脊髄反射。思わず名刺を渡してしまった。数時間、トラックの荷台で揺られてる間はそんなことをする気は全然なかったのだが……。これもある意味生存本能なのだろうか? なんて思ってみたりもする。



 有楽町の地下街に吹き飛ばされた後、俺が知ったのは「古富士の噴火」だった。常々ニュースやバラエティで富士山噴火は取り上げられていたが、古富士の噴火に関しては皆無だった。山体崩壊を含む破滅的噴火。地震火山予知連などが宝永噴火を基準に研究していたので誰も古代の噴火には気を止めなかったらしい。

 そして古富士を基点として中部山系から北関東にいたる休火山が一斉に火を噴いた。これが何を意味するのか? 日本の人口の四割を占める首都圏から東海地方の壊滅的打撃だ。

 首都直下型地震や宝永噴火、あるいは東海南海、東南海地震なら政府も想定していたかもしれない。だが、厄災はその想定を超えていた。



「で、どうしましょうか?」


 滑落したトラックに乗っていた生存者が俺と彼女だけとわかった時、横峰三曹はしごく落ち着いた声で俺に問いかけた。この深い森で俺にどうしろと?


「答えは決まっていますが、一応、ね?」


 問いかけに答える猶予も与えられないまま、彼女は言う。そう言いながらトラックからいろんな物資をひっぱり出している。弾薬――どうも治安出動だったようだ、糧食、医薬品、その他事務用品など使えそうなものは片っ端から。死んでいる運転手やおそらく上官だったであろう死体からも……。


「あ、私普通科教程は修了してますんでご安心を!」

 普通科ってのがすでに俺にはわからんのだが、そんなことおかまいなしに彼女は言ってくる。たぶん、俺を安心させるためなのだろうが。


「相沢さんはお気づきになられてないでしょうけど、森の気配が変わってます。私、ホコリとかハウスダストに弱いんですけど事故が起こってから咳も鼻水も出てないんですよね」

 そう言われて彼女の顔を見る。トラックの荷台にいた時は咳き込むは鼻水をすするわでせわしなかった。今は彼女本来の端正な顔立ちが十分以上に映えるくらい緊張感に満ちた感じだ。


「確かに……」

 俺も彼女の言葉で改めて空気を吸って気がついた。火山灰に満ちたあのザラザラした空気ではない。正直、「うまい」と思う。


「ここがくぼ地で火山灰が到達しない地形なのかな?」

 俺の言葉に彼女は明確な答えを返さない。

「わかりません。とりあえず上に行きましょう。はい、これ相沢さん持って下さい」


 ドスっと重さが伝わるバックパックを渡された。食料やら医薬品が入っているという。さすがに武器弾薬の類は民間人の俺には渡さないつもりのようだ。それはそれでありがたい。



 トラックが滑り落ちたと思しき斜面を登りきる。普通に考えてさっきまで走っていた道路に出るはずだ。

 東京を脱出した俺たちは印西市、土浦市経由でひたちなか市を目指していたのだ。海上に待機する護衛艦に救助してもらうためだ。その途中で事故にあった。被災しているとはいえ、人里離れた山奥というわけではない。


「って何これ?」

 俺は眼前の光景を見てやっとのことでこれだけ言うのが精一杯だった。横峰とかいう三曹も同様だ。

「っていうか、ここどこ?」

 俺たちの眼前には見渡しのいい世界が広がっていた。火山灰で数キロ先も見えなかったさっきまでの状況とは一変して遠くまでよく見渡せる。

 ただし、俺たちが見ているのは数キロ先に見える、現代日本に絶対に存在しないであろう、城壁に囲まれた街だった。


8年ぶりくらいに思いつくままに書いてしまいました。

お目汚しすいません……

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