01.舞姫は一人
1940年朱夏9日。
私は31歳になり、一人旅を続けている。
紗有沙を失い、嶐漸様を危険な目に合わせた私は、人とかかわることをやめた。
あの日、私はあの後を知らない。
いつの間にか町はずれに倒れていて、目を開けたら夕暮れだった。
情報を集めたところによるとここはアヴェル王国の西の守護都市、シルーフィ。
リディアーラ王国から北に約50000kmほど進んだ場所にある。
離れているようで離れていないのはなぜか知らないがとりあえずそこにいた。
嶐漸様がどうなったのかも、あの男がどうなったのかも知らない。
最後のお客様を連れてきたあの男は壊れている。
あの目は狂っていた。
きっと、あそこで死んでいなければまだ私を追いかける。
今度こそ、私は人を巻き込んではならない。
もう、私のせいで死にゆく人を見たくない。
だから、私は人と深くかかわることをやめた―――――。
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ワアアアァァ!!
いつの間にかできていた人だかりから歓声が起きる。
人々が見ていたのはひとりの少女によるその舞。
白く細い手の先の指に紅と金の美しい扇が握られ開き、閉じを繰り返す。
少し濃いめの紫を基調とした華やかな大輪の花が描かれた衣服は少女の美しさを際立たせる。
足首につけられた金と青のアンクレットがシャラリと涼やかな音を立てる。
一挙一動目が離せない舞だった。
美しい少女だった。
だが、それ以上にその舞は美しく、人の目を奪わずにはいられなかった。
一つにまとめられているようで少し降ろされている風に揺られる濃紺の髪。
濃紺のまつ毛が少し伏せられるその中で輝く白銀の瞳。
何もかもが綺麗だった。
消える音と止まる舞。
少女は一礼する。
歓声は鳴りやまない。
たくさんの金銭が少女に渡される。
少女は、最近アヴェル王国で有名な舞姫である。
数か月に一度現れ、舞を舞う幻の舞姫とまで言われる。
その美貌と美しき舞から少女は『儚の舞姫』と呼ばれている。
だが、少女の正体を知る者はいない。
分かるのは外見だけ。
だが、その外見の者は少ないにもかかわらず誰も少女の正体がわからない。
少女を招待しようにも少女は人気で、毎回取り囲まれ、気づくと消えている。
アヴェルの貴族は今、この少女を躍起になって招待しようと競っている。
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「ちょっと、やりすぎたかな……。」
あの男が生きているのなら私を探すはずだと考え、私はわざと有名になった。
私の容姿を知っているあの男は私を探し出せるはずだ。
まずはアヴェル王国でこの容姿を印象付ける。
そこから少しずつ大陸に広める。
今私がどこにいるのか。
それをあの男が確実につかめるようになるまでは旅を続け、私の容姿を知らしめる。
これは旅をして知ったこと。
あの男が私の居場所を突き止められたのは、様々な人間を脅し、殺したせいだと。
リディアーラ王国で起きた大量殺人事件。
その犯人があの男であることはすぐわかった。
あの男が殺したのは少しでも私を知っていたもの。
私を保護した、あの人たちの中でも何人か死亡していた。
否、死亡したほとんどが彼らだった。
ここでも、私は人を殺したのだ。
間接的にではあっても、私はこの人たちを殺した。
私があの人たちに見つけてもらわなければあの人たちは死ななかっただろう。
でも、あの人たちがいなければ私は紗有沙の死を知ることはなかった。
知らないまま鈹柴に利用されたのだろう。
だから、私は自分が助かって、あの人たちが助けてくれたよかったと思う。
そのかわり、私は彼らの命を背負ってこの道を生きていく。
だから、どうか私をまだ恨み、黄泉へ引きずり込まないでほしい。
「来なさい、私の最後の依頼人。」
私は嶐漸様に剣を向けたお前を許さない。
紗有沙を殺した鈹柴利刀は罪に問われた。
脱獄しない限り手を出す気はない。
だが、お前は罪に問われていない。
死んでもいないだろう。
お前が死に、鈹柴利刀が死に、それから私はようやく罪を償おう。
「―――――――このことを思いつくのに4年かけたわ。」
ここまでお膳立てしてやってるのに引っかからないことはないだろう。
どうしても私に恋人を蘇生させたいのなら追ってくるだろう。罠と知っていても。
後は実行するだけ。
まずはこの国で頑張ろうか。