エピローグ
おそらく、ここ数日で一番平和な一日の始まりだ。そう思ったんだ。ホット
ケーキの姿を見たときは。
「パパ おぱにょう」
くりくりお目々だ!
小さな尻尾だ!
ぱたぱた翼だ!
これぞ、ホットケーキだ。
感動する僕。その僕まで歩いてくるホットケーキ。ん? ……歩いて? 違
和感を覚える。
「ちぇいちょう ほうこく」
ふむふむ。
「ホットケーキは ななちゃい わかがえっちゃ いっぴゃい ちっちゃちゅ
なっちゃおわにぃ」
頭を下げる。うむ、素晴らしい。で、何してるんだ。覗き込む。
「パパ ばきゃぁ~!」
そのまま、跳ね上がる。あごにクリーンヒット。ホットケーキの頭が。いだ
だ……。へろへろと体が揺れる。
「だいきらいにゃ~」
その言葉とともに倒れる僕。昨日のことまだ引きずっていたのね……。
今日が動き出す。わずか二歳児にのされたところから。みっともないこと、
この上ないな。その上、僕の頭の上に居座っている。話しかけても返ってこな
い。しかたなしに鏡を覗く。まさにふぐ。そんな顔をしていた。機嫌直せよ、
ホットケーキ。
昼下がり。ミルクの泣き声が聞こえる。重い頭を上げ窓から顔を出す。
「おはよう」
しゃがんでいる水姫さん。頭を抱えた姿勢で。まさか、二日酔いとはいわな
いよね。
「……頭ガンガンするから、大声出さないでね……お願い」
マジですか……。
「昨日は迷惑かけたみたい、ごめんね。何も覚えて無くって……」
話すこともできない。大声出すなといわれるとね。しかたない。……やれや
れだ。今後禁酒決定……。
良いことを考え付いた。
「水姫さん!」
窓越しに声をかける。見上げたところをパシリ。うむ、我ながら良い出来だ。
「……何? 大声出さないでって……」
「ごめんね、被写体に頭かぶっていたからさ」
「何よ、それ……」
撮ったのをメールに添付と。
三十分後。来た来た、返信が。
『この人、誰? 美人だね。で、何がいいたいの? それより、何でメアド
知っているの? ストーカーはだめだよ』
……ふぅ。中央の猫は無視ですかい。かわいそうだな、ミルク。存在くらい
知らしめてやるからな……。
『僕はミルク。メス、一歳くらい。趣味は石川の追っかけ。この牛乳うまぁ
~』
送信と……。ちゃんと報告してやったぞ、ミルク。……て、もう返信か、早
いな。
『……自首してね、ちゃんと』
昨日の仕返しか! もう何も送るまい……。
他にやること見つけるか。そういえば、ホットケーキの公園デビューがまだ
だったな。近所の主婦と井戸端会議でもするか……。想像するだけで、嫌気が
差してきた。止めよう……。
買い物も洗濯も、まだする気にならんし。勉強なんかなおさらだしな。折角
の休日なんだから。いつやるんだって突っ込みは無しだ。テスト前に決まって
いるだろ。
いいよな、子供は。暇なとき、寝ればいいだけだから。これで出かけようも
のなら、起き出して来るだろう。半径五百メートルからは離れられないってつ
らいな。起こされたら機嫌悪くなること請け合い。これ以上嫌われたくないし、
外出はできないな。まぁ、良しとするか。頭から降りてくれたから。
全くもって暇だ。石川から電話でもかかってこないかね……。ありえないか。
っと、携帯が鳴る。
「もしもし」
「なんで、出るのよ!」
そんなこといったって、鳴れば出るだろ。
「間違えたのよ。登録の最中に。電話代かかったでしょ」
「……悪かったなぁ、すまん」
一つ思い当たった。悪いのは、僕だ。間違いない。金かけさせてすまんな…
…。
「……そこまで素直に謝られても、拍子抜けするじゃない。こっちこそ悪かっ
たわ。単に操作ミスだから……」
「気にすんな、暇してたからな。それより、間違い電話なら早くきった方が良
いぞ。料金取られる」
「そうする。今度またどっか行こう、んじゃ」
そのときは、さらりと聞き流してしまった。この言葉のありがたさに気付か
ず。もったいない……。気がかりなことさえ無ければ。
「こら、ホットケーキ。起きてるのか?」
ほっぺをぷにぷに押す。
「むにょぉ~。くにゅ~」
寝ている。熟睡かよ……。となると、あれだ。
自動なのだな。望みかなえるのは……。寝てても
考えてみりゃ、オフにしてなかった。『望みを』機能。ダイヤも、夏姫さん
の両親も、今の電話も。思っただけだからな。恐ろしいもんだ。
こんなもの使っていたら、きりが無い。いくら若返らせても。早くオフに
しないと。かわいそうだが、起きてもらうか。今度は、ほっぺを左右に引っ張
る。
「んにょ……んにょ……」
しぶといな……。こうなったら……。わきの下に手を伸ばし、ぽにゅぽにゅ。
「……きゃふぅ むにょぉ~」
目を、ごしごし。よだれもふく。両手を突いて立ち上がった。寝ぼけ眼のま
ま。
「んにょ~」
眼が完全に開いた。その瞳に、僕の顔が映った。不機嫌なのは収まっていた。
僕の胸に飛び込んできた。羽をぱたつかせて。
「パパ おぱにょぅ~」
完




